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2007年12月 6日 (木)

フロイト全集18から『マゾヒズムの経済論的問題』

 この論文は、タイトルにある「経済論」なる言葉が、冒頭の一文にしか登場せず、しかもこの語についてなんの説明もなされないという、非常に不親切な論文です。内容的にも、すでに『快原理の彼岸』『自我とエス』を読んで(しかもある程度納得して)くれた読者じゃないとなかなか理解できないでしょう。タイトルにある「経済論的問題」とは、この論文では、興奮量の問題、すなわち快原理や涅槃原理に関わる問題、という意味のようです。なお、先行する二論文の岩波版から続けざまに読んだおかげで、私は今回この論文もこれまでになくすっきりと読むことができました。

 ところで、この論文の翻訳には非常に気になる箇所があります。同じ箇所は人文書院版の著作集でも同様に訳されていて、私としては誤訳であろうと思っていた部分で、しかもかなり印象的な箇所だったこともあり、今回岩波版を読む際にも注目していた箇所でした。今回そこが同じように訳されていて、しかも岩波版の訳者は独文を専門とされている方のようだし、私も自信が無くなってきましたので、原文も含めてここで検討したいと思います。

 「こうしてわれわれは、僅かではあるが興味深い一連の関係を手にした。すなわち、涅槃原理は死の欲動の傾向を表現し、快原理はリビードの要求とその変様を代表し、現実原理は外界の影響を代行する。」(岩波版p289) 

 "Wir erhalten so eine kleine, aber interessante Beziehungsreihe: das Nirwanaprinzip drueckt die Tendenz des Todestriebes aus, das Lustprinzip vertritt den Anspruch der Libido und dessen Modifikation, das Realitaetsprinzip, den Einfluss der Aussenwelt."

 以前教わったのですが、独語では、文法的に等価なものを並べる際にはコンマを間に挟むらしいです。その法則をここにあてはめれば、岩波版の訳文のように「den Anspruch der Libidoリビードの要求」と「dessen Modifikationその変様」とが等価なのではなく、コンマで繋がれている「dessen Modifikationその変様」と「das Realitaetsprinzip現実原理」とが文法的に等価だということになります。よってこの箇所の訳は、「快原理はリビードの要求を代表し、その変様である現実原理は外界の影響を代行する。」が正しいのではないかと思うのです。意味的にもこう解した方が明解だと思いますし。

 ちなみに、かつて私が上記の法則を教わったのは、以下の箇所を読んでいたときでした。

 「無意識の過程では現実検討が少しも通用せず、考えの上での現実が外の現実とおなじになり、充足を願う願望がすでに行われた実現とおなじに見られるのであって、古い快感原則の支配のままになっているのである。」(著作集6巻41頁)

 "...bei ihnen (=unbewussten Vorgaenge) die Realitaetspruefung nichts gilt, die Denkrealitaet gleichgesetzt wird der aeusseren Wirklichkeit, der Wunsch der Erfuellung, dem Ereignis, wie es sich aus der Herrschaft des alten Lustprinzips ohneweiteres ableitet."

 これは『精神現象の二原則に関する定式』の一節です。「der Wunsch der Erfuellung, dem Ereignis」のところで名詞が並んでいるだけの文になっているのは、前の節と同じ動詞が挿入されるべきところなので繰り返しを避けて省かれているからです。ここで「der Erfuellung」は直前の名詞にくっついているので、一見すると 二格のように見え、その場合翻訳は、「der Erfuellung」のあとに動詞を補って、「成就の願望は、出来事と同列視される」となります。著作集もこの解釈ですが、かなり言葉を補って意味が通るようにしてあります。しかし、ここで「der Erfuellung」と「dem Ereignis」はコンマで繋がれているので文法的に同資格であるはず、つまり「der Erfuellung」は「dem Ereignis」と同じく三格だと教えてもらったのです。よって翻訳は、「der Erfuellung」の前に動詞を補って、「願望は、成就すなわち出来事と同列視される」となります。

フロイト全集 18 1922-24年 (18)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/08)

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コメント

英訳は

( 1) The Nirvana principle expresses the trend of the death instinct;

( 2) the pleasure principle represents the demands of the libido;

( 3) and the modification of the latter principle, the reality principle,
represents the influence of the external world.

で [(1)、(2)、(3)は、便宜上、わたしが、つけました。英訳の本文にはありません。英訳の本文は一続きです]管理人さんの邦訳の通りにしか訳せません。日本語の著作集および全集の邦訳が誤訳の可能性が高いと思われます。

補足しますと

the modification of the latter principle (=the reality principle) represents the influence of the external world.

みたいな感じ、ですね。

その後、中山元さんの邦訳を確かめてみたところ、管理人さんと同じ構文の取り方でした。ですので、管理人さんの構文の取り方は、SEおよび中山元さんとは、同じですね。

 英訳情報をありがとうございます。
 まあ、この箇所については、意味からいっても自分の解釈に自信を持っています。
 教文社の選集では独文学者の高橋義孝訳ですが、どうなってますかねえ。

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 S.フロイト(著) 竹田青嗣・中山元(訳)「自我論集」ちくま文芸文庫 1996年に収められている1924年の論文「マゾヒズムの経済論的問題」について、とある研究会で発表した要約です。... [続きを読む]

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