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2008年1月 7日 (月)

フロイト全集17から『女性同性愛の一事例の心的成因について』

 この論文で紹介されている症例は、ラカンがあちこちで引用し、自らの論を説明するための例として使用しています。しかしこの論文そのものの症例記載はかなり簡潔であって、フロイトの論旨にとって必要な概略のみが語られています。なので、この論文からフロイトが述べた以上の帰結を引き出すというのは、かなり無理があるんじゃないだろうかというのが正直な感想です。

 この論文もやはり読みやすく良い訳と思いましたが、次の点を挙げておきます。

「・・・それ以前、彼女のリビードは母性に向けられていたのだが、これ以後、彼女は自分より成熟した女性に恋着する同性愛者になり、以来そのままであり続けている。」(p249)

 「リビードは母性に向けられていた」という部分は、母性を性的志向の対象としていた、という意味に読めてしまいます。ここは原文では「auf Muetterlichkeit eingestellt gewesen sein」ですが、この「auf...eingestellt sein」を辞書で引くと、「・・・に対する(心の)準備ができている」という意味のようです。すなわち上の引用箇所はむしろ以下のように読むべきでしょう。

「・・・それ以前、彼女のリビードは母性という態度をとる準備ができていたのだが、これ以後、彼女は自分より成熟した女性に恋着する同性愛者になり、以来そのままであり続けている。」

 これはすぐ前の段落、「当時彼女は、自らも母になりたい、子供を持ちたいという強い欲望にとらわれていたのだ」という部分と突き合わせてみても整合的に思えます。彼女は、16歳頃に母親が妊娠するまでは、むしろ自ら母になるべき準備状態にあったのでした。

フロイト全集〈17〉1919‐1922―不気味なもの、快原理の彼岸、集団心理学

須藤 訓任 (翻訳), 藤野 寛 (翻訳)

出版社: 岩波書店 (2006/11)

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