フロイト全集18から『神経症と精神病』
これ以外の論文、たとえば『精神分析入門』では、精神病とメランコリーはいずれも自己愛神経症としてまとめられていましたが、この論文では後者のみがナルシス的精神神経症と呼ばれるようになっているところが目を引きます。そして前者は自我と外界の、後者は自我と超自我との葛藤に由来するとされています。この論文で精神病の例としては幻覚性錯乱(ほぼ非定形精神病に相当するでしょう)と統合失調症が挙げられています。
『ナルシシズム入門』では、パラノイアの注察妄想・追跡妄想において外部から監視する審級が、自我理想に由来するものとして説明されていました。まさかこの『神経症と精神病』を書いた時点でのフロイトが、パラノイアを精神病から除外してナルシス的精神神経症の方に分類しているなんてことはなさそうに思いますけど(パラノイアではこの審級が外部へ投影されますし)、でもこの論文でちょっとパラノイアについても触れてほしかった気がしました。
この論文での翻訳上の問題として次の一文を挙げておきたいと思います。
「・・・つまり自我は、エスの要求分に対して抑圧を行使する力、抵抗への対抗備給によって確固なものとなる力である。」(p240)
ここで「抵抗への対抗備給」とあるのは、独語では単に「die Gegenbesetzung des Widerstandes」でして、素直に「抵抗の対抗備給」または「抵抗という対抗備給」と訳すのが正しいでしょう。
エスの無意識的なものが意識に浮上しようとするのに対して、それを抑えつけようという「抵抗」として役立つのが「対抗備給」です。たとえば『制止・症状・不安』の11章『補足 A(a)』には、まさに『抵抗と対抗備給』と題してこのあたりの事情が説明されている箇所があります。人文書院版フロイト著作集6巻では「対抗備給」ではなく「反対充当」と訳されているあたりを少々改変して下に引用しておきます。
「・・・そこで欲動の持続性のために、自我も消費をつづけて、その防衛行動を確かにせざるをえなくなる。抑圧をまもろうとするこの行動は、われわれが治療につとめるときに抵抗として感ずるものである。抵抗は、私が対抗備給とよんだものをその前提とする。・・・
われわれが分析にあたって克服せねばならぬ抵抗が、対抗備給を固執する自我から起こっていることを以前に明らかにした。・・・」(人文書院版フロイト著作集6巻p366-7)
なお対抗備給については、おなじく人文書院版著作集6巻の『無意識について』第4章、『抑圧の局所性と力動性』にも詳しく説明されています。
フロイト(著), 新宮一成(編さん)
出版社: 岩波書店 (2007/08)
書店・文具店・雑貨屋に行くと手帳・ダイアリーが山ほど売れ残っていて、売れた数より多いんじゃないかと思うほどですが、あれで商売が成りたつということになると原価はいったいどれほど安いんでしょう。





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