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2008年2月 5日 (火)

フロイト全集18から『夢解釈の理論と実践についての見解』(3)

 この論文についての続きです。次の部分は、訳文だけでは私には意味が取れませんでした。

「右に述べた前意識的な夢思考の関与部分を別とすれば、まともな夢はいずれも、みずからを形成するに足るだけの、抑圧された欲望の蠢きへの示唆を含んでいる。これを疑う人はいうであろう、欲望の蠢きが夢のなかにあらわれるのは、夢をみた人が、そういう蠢きを提示しないといけない、つまり精神分析家がそれを待ち望んでいると承知しているからにほかならない、と。」(岩波版181頁、下線は引用者)

 「関与部分」というのは変な日本語ですが、原書では「Anteil」なので、「因子」「成分」とか、単に「部分」ぐらいの意味です。それはいいとしても、「みずからを形成するに足るだけの」は「みずからを形成させてくれるだけの」に変えたいですし、「欲望の蠢きへの示唆」は、「Hinweise auf die verdraengten Wunschregungen」ですので、「欲望の蠢きについての(われわれへの)示唆・ヒント」です。それと、次の文の主語は、三人称複数代名詞「sie」ですが、これは上記の「示唆・ヒント」を示していると思います。よって以下のように修正します。

「右に述べた前意識的な夢思考という因子[=関与部分]を別とすれば、まともな夢はいずれも、みずからを形成させてくれる抑圧された欲望の蠢きについての示唆を含んでいる。これを疑う人はいうであろう、そうした示唆が夢のなかにあらわれるのは、夢をみた人が、そういう示唆を提示しないといけない、つまり精神分析家がそれを待ち望んでいると承知しているからにほかならない、と。」(代案)

 ここらへんは、無意識的な因子の付加について説明しているというふうに読んで意味が通るようになったと思います。

フロイト全集 18 1922-24年 (18)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/08)

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