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2008年3月

2008年3月25日 (火)

フロイト全集9より『舞台上の精神病質的人物』(4)

 この論文の岩波版での翻訳について、拙訳(HPにて公開)との比較の続きです。

 それは、葛藤という 筋立てでなければならず、そこには、意志の努力とそれに対する抵抗がはらまれていなければならない。(岩波版p176)

 すなわちそれは葛藤からくるストーリーでなくてはならず、意思と抵抗との苦闘を含まねばならない。(拙訳)

 意志と抵抗うんぬんの部分ですが、岩波版は「努力」と「抵抗」が同格と捉えているのに対して、拙訳では「意思」と「抵抗」とを同格としています。原書では「Anstrengung des Willens und Widerstand」となっています。「Willens」が2格である一方で、「Widerstand」は2格ではなさそうですから、拙訳は間違いでして岩波の訳が正しいです。拙訳の訳語をそのまま用いるなら、「意思の苦闘と[それへの]抵抗」となります。

 この性格悲劇は、アゴーンに付き物のあらゆる興奮を利用するもので、人間的諸規則の縛りを捨て去った際立った登場人物たちによって演じられると成果があがるゆえ、本来は一人以上の主人公をもたねばならない。(岩波版p177)

 これは競争[Agon,葛藤]のあらゆる興奮を伴い、人間制度の諸々の制限から自由な傑出した人物たちの間で、利得の獲得を目指して演じられるものであって、本来、二名以上の主人公がいなければならない。(拙訳)

 「効果が上がる」「利得の獲得を目指して」という全く違った訳のもととなったのは、原文では単に「mit Gewinn」という副詞句です。これも辞書をひいて考え直してみると、やはり岩波版が正しいように思われます。

 同じ引用箇所でもうひとつ、「mehr als einen Helden」は「一人より多い主人公」ですから、日本語では「二人以上」が正しいと思ったのですが、ここは拙訳のほうが良さそうです。

 今回は私の間違いが目立ちました。岩波版を読むと「ああそうか」って感じですぐに拙訳の間違いに気づくんですけども、一人でミスなく翻訳することは難しいですねえ。

フロイト全集 9 1906-09年 (9)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/11) 

 最近変な事件や変な鑑定結果のニュースが多いですねえ。しかし報道内容と事実がだいぶ違うことが多いこともあるんで、何ともわからないというのが正直なところ。

2008年3月19日 (水)

フロイト全集9より『舞台上の精神病質的人物』(3)

 岩波から初訳が公刊されたこの論文について、拙訳(HPで公開中)との比較の続きです。構文の取り方に違いがなければ細部をいちいち取り上げずに進んでいるのですが、文章表現の上手さでは拙訳はかなり見劣りがしますので、そうした細かな相違点ではほとんど岩波版に軍配が上がりそうです。

 さて気になる箇所ですが、ややこしいので独文も提示してみます。

しかし、問題となるこの苦しみは、やがて心の苦しみにのみ限定されてくる。というのも、身体的な苦しみを欲する者など誰一人いないからだし、いかなる心の悦びも、身体的苦しみを見せつけられることによって変容した身体感覚によって、すぐに終わってしまうことは、誰しもよく知っているからである。病気を患っている者が抱く欲望は、唯一、健康になりたい、この病の状態をおしまいにしたいということである。(岩波版p175-6、下線は引用者)

さらにこの苦悩は、ほとんど精神的苦悩に限定される。というのも、身体的苦悩の際に変化する身体的感情があらゆる精神的享楽を直ちに終結させてしまうということを知っている者は、誰も身体的に苦悩しようとはしないのである。患っている者は、健康になりたい、病態から脱したいという願望だけを持っており・・・(拙訳)

Doch schraenkt sich dieses Leiden bald auf seeliches Leiden ein, denn koerperlich leiden will niemand, der weiss, wie bald das dabei veraenderte Koerpergefuehl allem seelichen Geniessen en Ende macht.

 相違点はまず、「niemand, der weiss...」のところを、拙訳では限定的用法の関係代名詞と取って「・・・である者は誰も・・・ない」としている一方で、岩波版では何の限定もなく「誰も・・・ない」としたあとに付加説明としていることです。私が持っている辞書3種では、「Niemand」(英語のno oneに相当)が関係詞の先行詞になる例文が載っていませんが、限定的用法がないわけはないと思います(英語の「nothing」に相当する「Nichts」についてなら、「Ich glaube Nichts, was ich nicht mit eigenem Augen gesehen habe.私は自分の目で見たものでなければ[何も]信じない」が載ってますし)。引用箇所を意味から考えてみても、少なくともフロイトの精神分析の立場からは、「身体的な苦しみを欲する者など誰一人いない」というのは自明ではないと思いますので、やはり限定が必要ではないかと思います。

 次に、「dabei」という副詞を、岩波版は「身体的苦しみを見せつけられることによって」、拙訳は単に「身体的苦悩の際に」としている点です。もちろん岩波版は直訳ではなく言葉を補った結果なのですが、ここでは「見せつけられる」立場にたった観客について述べているとの解釈のようです。しかし、その直後の文での補足説明は、観客ではなく病人一般について述べられています。引用した箇所よりも二つ後ろの文ではじめて観客の苦悩について述べられていますが、岩波訳ではその内容を先取りしてしまっているという印象を受けます。

 今回はいつもよりさらに細かい内容になってしまいました。

フロイト全集 9 1906-09年 (9)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/11) 

 カシオの電子辞書に、小学館ロベール大仏和を収録したものや、小学館独和大辞典を収録したものが登場していたことを知り、前者をさっそく注文しました。とくにロベールは書籍の場合かなりかさばりますから電子辞書の登場は大助かりです。喫茶店や出張先でラカンを読むにはクラウン仏和では(エクリはもちろんセミネールにも)力不足でしたが今後は大幅にはかどるのではないでしょうか。ワインの選び方事典も収録されているらしく、これも読書会中にちょっと飽きたときなどに開いてみる楽しみのひとつになりそうです。

 これまで使っていたのはクラウン仏和の他にリーダーズ/リーダーズプラス英和が入っていたので、リーダーズプラスで英米のヒット曲の解説を読むのもけっこう楽しいものでした。たとえば「Maneater」の項を引くと、「マンイーター(Hall & Oatesの1982年のヒット曲;この曲のベースギターによる前奏は‘You Can't Hurry Love’の前奏をそのまま使いMotownサウンド風になっている)」。

2008年3月 7日 (金)

フロイト全集9より『舞台上の精神病質的人物』(2)

 岩波から初訳が出たこの論文について、かねてからHPに公開している拙訳との相違点の検討を続けます。

「観客は、世界の賑わいの中心に確たる我として立ちたいという功名心の炎も、すでにとっくの昔に鎮火させ、いやむしろ、どこか他のものへと置き換えざるをえなかったのであり、そのため自ら感じ、活動し、すべてを自分の思うがままに切り盛りしたいと望んでいる。つまり主人公[英雄]になりたいと望んでいるのである。」(岩波版173-4頁、下線は引用者)

「観客は・・・世界の激動の中心にわれとして立ちたいという野望をずっと前から抑え、あるいはせいぜい延期せねばならなかった。彼は、すべてが思い通りに作られていると感じたい、そのように力を振るいたいのであり、つまりは主人公でありたいのである。」(拙訳)

 ひとつ目の下線部は原語では「verschieben」であり、これは「移動する、置き換える」といった意味のほか「延期する」という意味もあります。原文には、「・・・を・・・と置き換える」という訳の「・・・と」にあたる部分がありませんし、「延期する」で良かったのではないかと今も考えています。

 次の下線部は、拙訳は完全に間違っています。「er will fuehlen, wirken, alles so gestalten, wie er moechte, kurz Held sein,」ですが、「gestalten」は「fuehlen, wirken」とともに助動詞「will」の支配下にあります。いま読むとどうして間違ったかわからないほど明瞭なミスです。「彼は、感じとり、作用を及ぼし、すべてを思い通りに作りたいのであり」としておきます。

フロイト全集 9 1906-09年 (9)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/11) 

 フロイト全集8巻の『機知』も届きました。この論文で扱われるドイツ語の機知とくに言葉遊びについて、人文書院の著作集の訳ではほとんどおもしろみが伝わってきませんでしたので、かつて私は(ドイツ語は全く話せない程度の力しかもちあわせないながらも)辞書と見比べながらなんとか面白さを見出そうと努力し、著作集の訳の誤りを発見した場合にはHP上に公開していましたが、今回の岩波版の訳には自分が考えたのと同様の解釈が幾つもあって、大変うれしく思います。

2008年3月 4日 (火)

医療観察法の共通評価項目

 このブログが滞りがちなのが気になってはいるのですが、このところ普段の仕事に加えて医療観察法関係の仕事が舞い込んできて私に心理的・時間的余裕がなくなっているのが滞る主な理由です。

 医療観察法とは、簡単に言えば、重大事件を起こした精神障害者に強制治療を行うための制度を定めた法律ですが、そこでは、裁判官など精神医学の非専門家にもわかりやすい尺度として、「共通評価項目」なる項目を設定してあり、これに従って鑑定時から入院、通院の期間中まで定期的に点数をつけていくことになっています。今回、そのいちばんはじめの項目が非常に奇妙に感じられるようになり、気になって仕方がありません。

「精神病症状 1) 通常でない思考内容:普通でない、怪奇な、あるいは奇妙な考えを表明する。重要でないことに強度にこだわる。明らかに異質なものを、同質とみなす。これはおろかさや悪ふざけによるものを含まない。(BPRS15.思考内容の異常に準ずる:通常では見られない、奇妙、奇怪な思考内容、すなわち思考狭窄、風変わりな確信や理論、妄想性の曲解、すべての妄想。この項では内容の非通常性についてのみ評価し、思考過程の解体の程度は評価しない。本面接中の非指示的部分および指示的部分で得られた通常では見られないような思考内容は、たとえ他の項(例、心気的訴え、罪責感、誇大性、疑惑等)ですでに評価されていてもここで再び評価する。またここでは病的嫉妬、妊娠妄想、性的妄想、空想的妄想、破局妄想、影響妄想、思考吹入等の内容も評価する。特定の対象への被害感、暴力的空想は特に他害行為に関連の強いものとして重要視される。1=ごく軽度。思考狭窄もしくは通常では見られない信念。稀な強迫観念。2=患者にとって相当に重大な意味を持つ奇怪な理論や確信。)」

 ここでいう『通常でない思考内容』とは、ひとまずは直後の4つの文で示されるものを指している(括弧内はそれらに対する付加的な説明)と思われます。それらのうち、妄想について述べられているのは、はじめの一文のみと思われます。すなわち、この項では、『普通でない、怪奇な、あるいは奇妙な考え』に該当する妄想のみを評価しなければいけないように読めます。(二つ目の文は主に強迫を指すでしょう。三つ目の文が言わんとしていることは難しいですが、「人形を子供だと言って抱いている」「がらくたを宝物として飾る」「1000円と書いたメモ用紙を、小遣いと言って周囲に配る」みたいな症状のことでしょうか。いずれにせよ、妄想について記載されているのはやはり主に第一文でしょう)

 一方で、ふつう妄想と呼ばれるものには、かなり奇異で不可能な内容のもの(例えば「自分の思考は神に伝わったのち天体の運行に影響を与えている」のようなもの)から、「隣近所で自分のことが噂されている」「自分は特定の人々から嫌われている、笑われている」「(存命中の知人について)誰々は死んでいる」といった、場合によってはその通りの事態も起こりうるような内容のものまで、さまざまなものがあります。後者のような思考内容の場合、正常者でも一瞬そのような疑念を持ち表明することもあり得ますから、内容的にはむしろ普通であるともいえ、これらが妄想であると言えるのは、事実と合致しないことや、その信念の持続や強さによってでしかありません。

 共通評価項目の説明には、『普通でない思考内容』、『この項では内容の非通常性についてのみ評価し、思考過程の解体の程度は評価しない』といった表現が含まれ、これらに従うなら、奇異な内容の妄想のみを評価せよ、と私には読めます(すなわち統合失調症の妄想のみを評価し、パラノイアの妄想は評価しないことになります。ちなみにパラノイア的な妄想には別に項目が用意されています)。点数についての説明でも、『1=ごく軽度。思考狭窄もしくは通常では見られない信念。稀な強迫観念。2=患者にとって相当に重大な意味を持つ奇怪な理論や確信』と、やはり奇異な妄想のみに注目して採点するよう指示しています。

 ところが括弧の中に『すべての妄想』という表現も含まれているので、私としてはどうしても困惑せざるをえないのです。さらに、その後ろには、『またここでは病的嫉妬、妊娠妄想、性的妄想、空想的妄想、破局妄想、影響妄想、思考吹入等の内容も評価する』と付け足されていますが、これらのうちいくつかは『すべての妄想』に含まれるもののように思われ、どうしてわざわざ付言されたのか、やはりよく分からないのです。

 上に引用した箇所から私は、フーコーの『言葉と物』に紹介されていた、『中国の事典』による動物の分類を思い出しました。「A.皇帝に属するもの B.芳香を放つもの C.飼い馴らされたもの D.乳呑み豚 E.人魚 F.お話にでてくるもの G.放し飼いの犬 H.この分類自体に含まれるもの I.気違いのように騒ぐもの J.数え切れぬもの K.らくだの毛の極細の筆で描かれたもの L.その他 M.今しがた壺を壊したもの N.遠くから蠅のように見えるもの」だそうです。

 いずれにせよ、共通評価項目の採点の際には、『思考内容の非通常性』に着目する採点者と、『すべての妄想』に着目する採点者とでは、おのずと点数が異なってきます。精神障害者・被害者の人生を左右する審判に用いられる評価項目が、これほどの内的矛盾を抱えたものであってはいけないと思えてなりません。

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