フロイト全集9より『舞台上の精神病質的人物』2
岩波から初訳が出たこの論文について、かねてからHPに公開している拙訳との相違点の検討を続けます。
「観客は、世界の賑わいの中心に確たる我として立ちたいという功名心の炎も、すでにとっくの昔に鎮火させ、いやむしろ、どこか他のものへと置き換えざるをえなかったのであり、そのため自ら感じ、活動し、すべてを自分の思うがままに切り盛りしたいと望んでいる。つまり主人公[英雄]になりたいと望んでいるのである。」(岩波版173-4頁)
「観客は・・・世界の激動の中心にわれとして立ちたいという野望をずっと前から抑え、あるいはせいぜい延期せねばならなかった。彼は、すべてが思い通りに作られていると感じたい、そのように力を振るいたいのであり、つまりは主人公でありたいのである。」(拙訳)
ひとつ目の下線部は原語では「verschieben」であり、これは「移動する、置き換える」といった意味のほか「延期する」という意味もあります。原文には、「・・・を・・・と置き換える」という訳の「・・・と」にあたる部分がありませんし、「延期する」で良かったのではないかと今も考えています。
次の下線部は、拙訳は完全に間違っています。「er will fuehlen, wirken, alles so gestalten, wie er moechte, kurz Held sein,」ですが、「gestalten」は「fuehlen, wirken」とともに助動詞「will」の支配下にあります。いま読むとどうして間違ったかわからないほど明瞭なミスです。「彼は、感じとり、作用を及ぼし、すべてを思い通りに作りたいのであり」としておきます。
フロイト(著), 新宮一成(編さん)
出版社: 岩波書店 (2007/11)
フロイト全集8巻の『機知』も届きました。この論文で扱われるドイツ語の機知とくに言葉遊びについて、人文書院の著作集の訳ではほとんどおもしろみが伝わってきませんでしたので、かつて私は(ドイツ語は全く話せない程度の力しかもちあわせないながらも)辞書と見比べながらなんとか面白さを見出そうと努力し、著作集の訳の誤りを発見した場合にはHP上に公開していましたが、今回の岩波版の訳には自分が考えたのと同様の解釈が幾つもあって、大変うれしく思います。






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