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2008年3月19日 (水)

フロイト全集9より『舞台上の精神病質的人物』(3)

 岩波から初訳が公刊されたこの論文について、拙訳(HPで公開中)との比較の続きです。構文の取り方に違いがなければ細部をいちいち取り上げずに進んでいるのですが、文章表現の上手さでは拙訳はかなり見劣りがしますので、そうした細かな相違点ではほとんど岩波版に軍配が上がりそうです。

 さて気になる箇所ですが、ややこしいので独文も提示してみます。

しかし、問題となるこの苦しみは、やがて心の苦しみにのみ限定されてくる。というのも、身体的な苦しみを欲する者など誰一人いないからだし、いかなる心の悦びも、身体的苦しみを見せつけられることによって変容した身体感覚によって、すぐに終わってしまうことは、誰しもよく知っているからである。病気を患っている者が抱く欲望は、唯一、健康になりたい、この病の状態をおしまいにしたいということである。(岩波版p175-6、下線は引用者)

さらにこの苦悩は、ほとんど精神的苦悩に限定される。というのも、身体的苦悩の際に変化する身体的感情があらゆる精神的享楽を直ちに終結させてしまうということを知っている者は、誰も身体的に苦悩しようとはしないのである。患っている者は、健康になりたい、病態から脱したいという願望だけを持っており・・・(拙訳)

Doch schraenkt sich dieses Leiden bald auf seeliches Leiden ein, denn koerperlich leiden will niemand, der weiss, wie bald das dabei veraenderte Koerpergefuehl allem seelichen Geniessen en Ende macht.

 相違点はまず、「niemand, der weiss...」のところを、拙訳では限定的用法の関係代名詞と取って「・・・である者は誰も・・・ない」としている一方で、岩波版では何の限定もなく「誰も・・・ない」としたあとに付加説明としていることです。私が持っている辞書3種では、「Niemand」(英語のno oneに相当)が関係詞の先行詞になる例文が載っていませんが、限定的用法がないわけはないと思います(英語の「nothing」に相当する「Nichts」についてなら、「Ich glaube Nichts, was ich nicht mit eigenem Augen gesehen habe.私は自分の目で見たものでなければ[何も]信じない」が載ってますし)。引用箇所を意味から考えてみても、少なくともフロイトの精神分析の立場からは、「身体的な苦しみを欲する者など誰一人いない」というのは自明ではないと思いますので、やはり限定が必要ではないかと思います。

 次に、「dabei」という副詞を、岩波版は「身体的苦しみを見せつけられることによって」、拙訳は単に「身体的苦悩の際に」としている点です。もちろん岩波版は直訳ではなく言葉を補った結果なのですが、ここでは「見せつけられる」立場にたった観客について述べているとの解釈のようです。しかし、その直後の文での補足説明は、観客ではなく病人一般について述べられています。引用した箇所よりも二つ後ろの文ではじめて観客の苦悩について述べられていますが、岩波訳ではその内容を先取りしてしまっているという印象を受けます。

 今回はいつもよりさらに細かい内容になってしまいました。

フロイト全集 9 1906-09年 (9)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/11) 

 カシオの電子辞書に、小学館ロベール大仏和を収録したものや、小学館独和大辞典を収録したものが登場していたことを知り、前者をさっそく注文しました。とくにロベールは書籍の場合かなりかさばりますから電子辞書の登場は大助かりです。喫茶店や出張先でラカンを読むにはクラウン仏和では(エクリはもちろんセミネールにも)力不足でしたが今後は大幅にはかどるのではないでしょうか。ワインの選び方事典も収録されているらしく、これも読書会中にちょっと飽きたときなどに開いてみる楽しみのひとつになりそうです。

 これまで使っていたのはクラウン仏和の他にリーダーズ/リーダーズプラス英和が入っていたので、リーダーズプラスで英米のヒット曲の解説を読むのもけっこう楽しいものでした。たとえば「Maneater」の項を引くと、「マンイーター(Hall & Oatesの1982年のヒット曲;この曲のベースギターによる前奏は‘You Can't Hurry Love’の前奏をそのまま使いMotownサウンド風になっている)」。

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