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2008年5月20日 (火)

フロイト全集9より『W.イェンゼン著「グラディーヴァ」における妄想と夢』

 今回読みかえしてみて、フロイトが取り上げた小説とフロイトが言いたいこととが、非常に緊密に関係し合っていることに改めて驚きました。私はふだん、現代の精神科医が文学作品を論じているのを読んでもほとんどの場合に納得できないのですが、さすがはフロイトです。

 翻訳については、まずは次の箇所が気になりました。

「この若い考古学者の妄想に関して、ツォーエ嬢自身われわれと見解をわかちあっているように思われる。なぜなら、彼女の『情容赦なく、詳細で、ためになるお説教』の終わりに彼女が表現した満悦の気持ちは、彼女がグラディーヴァに対する彼の関心を、そもそもの初めからよろこんで我が身に結びつけようと考えていたからという以外、ほかにはほとんど説明のつけようがないからである。ほかでもない、彼女は、彼にそんな気持ちなんかあるはずがない、とずっと思っていたのであり、どんなに妄想の偽装を凝らしていても、やっぱりそうだったんだと彼女にはわかったのである。さて一方彼に関しては、彼女の側からの心的治療がその良い効果を存分にもたらしていた。今や妄想が現物そのものによって代替されてしまったので、彼は自由の身になったと感じた。妄想はやはり単にそれの歪曲された不十分な模造でしかあり得なかったのである。彼は今やためらいもせず想い出し、そして彼女がおおもとでは昔とまったく変わっていない善良、快活で、聡明な幼馴染だと躊躇なく認めた。」(岩波版40-41頁、下線は引用者)

 はじめの「そんな気持ち」の箇所は、原文では代名詞です。岩波訳では、少し前の「満悦の気持ち」のことだとも読めてしまいそうですが、意味からしてちょっとありえなさそうです。直前の中性名詞「グラディーヴァへの関心」を指すとも考えられますが、漠然と「そんなもの」としておきます。さらに、次の二つの下線部は時制についての疑問点でして、前者は過去完了、後者は過去です。ですのでこの部分は次のようにしたいです。

「ほかでもない、彼女は、彼にそんなもの[グラディーヴァへの関心]があるなどとは信じてこなかったのであり、それが、彼女には、どんなに妄想の偽装を凝らしていても、やはりそれそのものとして認識されたのである。」(代案)

 つづいて「現物そのもの」ですが、これにあたる語は原文にありません。次の文、「妄想はやはり単にそれの歪曲された不十分な模造でしかあり得なかったのである」の「それ」に相当する関係代名詞があるだけです。この関係代名詞構文は非常に訳しにくいので、「その歪曲された不十分な模造が妄想となるような何か」とでも訳すしかありませんが、私としては、構文を少しいじって、不要な語は補わずに、次のように訳したいと思います。

「今や妄想が、そのもととなるものによって代替されてしまったので、彼は自由の身になったと感じた。妄想はやはり単に何かの歪曲された不十分な模造でしかあり得なかったのである。」(代案)

 周囲の文脈も考慮すると、ここで言われている妄想のもととなるものとは、岩波版にあるような「現物そのもの」よりはむしろ、「幼少期の彼女との想い出」であろうと思われます。

フロイト全集 9 1906-09年 (9)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2007/11)

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