フロイト全集9から『性格と肛門性愛』2
以前の人文書院版のころから、この論文の長い原注の意味がよくわかりませんでしたが、今回ちょっとよくわかった気がします。
「いやはや、目の前のココアを見ていて、子供のころにいつも考えていたことを思い出しました。あのころ私はいつもこんな想像をしていました。私はココアメーカーのヴァン・ホーテン(彼はこの名前をヴァン・ハウテンと発音していました)でして、この美味しいココアをつくるためのすばらしい秘密を握っているのですが、世界中を幸せにするこの秘密を奪い取ろうと、皆がよってたかって躍起になっているため、私は細心の注意を旗ってこの秘密を守り通している、という想像です。」(岩波版283頁)
ここで、『ココア』には訳注が付されていて、「ドイツ語では糞のことをKackeとも言い、そこから幼児語では糞はKakaと発音されることも多く、ココアは糞と言語音声上の連想でつながっている」と説明されています。勘の鈍い私には、これだけの補足説明では原注全体の意味がよくわからなかったので、必然的にこの訳注についてもどのぐらい信頼してよいか迷っていたのですが・・・。
まず、私の電子辞書のクラウン独和で引いてみたところ、『ココア』にあたる独語『Kakao』の3番目の意味として『(話)糞便』が載っています(大辞典2冊にはいずれも載ってませんでしたが)。これでまず『ココア=糞便』という等値に納得がいきました。それを踏まえて、次の『ココアメーカー』ですが、原文で『Kakaofabrikant』なので、文字通り読むだけで『ココアメーカー=糞便製造者』という意味にとれます。私はこれに今回初めて気づくことができたことをきっかけに、原注全体に納得することができました。『私』は、たとえば手作業によってココアをつくるのではなく、自らの体そのものが『糞便製造者』だというイメージが掴めたからでした。
フロイト(著), 新宮一成(編さん)
出版社: 岩波書店 (2007/11)
それにしても、世界最高の現役サッカー選手の一人の名前がドイツ語では糞便そのものを表すんですねえ。





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