« フロイト全集8から『機知』(10) | トップページ | フロイト全集8から『機知』(12) »

2008年9月 8日 (月)

フロイト全集8から『機知』(11)

 この論文の翻訳について気になる点の続きです。

『第三に、これはもう機知過程の条件というより促進要因であるが、放散に至る量の増大をむねとし、かくして機知の効果を高める技法上の補助手段をあげる。こういった補助手段がたいてい機知に向けられた注意をも高めるのは確かだが、同時に注意をつなぎ止め、その活発さを制止することで、注意の影響を再び中和する。』(岩波版184頁、下線は引用者)

 「活発さ」と訳されているのは、「Beweglichkeit」ですが、これは辞書的意味からして「可動性」です。直前に、「注意をつなぎ止める」、と述べていますから、こちらの意味の方がつながりもわかりやすいでしょう。次に岩波版の「中和する」は、原文で「unschaedlich machen」でして、辞書によれば「(害を及ぼさないよう)封じ込める」です。ここらへんは、注意を一箇所から動かなくすることを一貫して述べていることになります。「中和」されるわけではありません。

 つぎは二箇所並べて考えてみます。

『これに対して、私が示したのは、それほど奇妙で異質な「顕在的」夢内容であっても、つねに、ある正確な心的形象化を切り刻み、改訂した結果できた書き換えとして理解できるということであった。その心的形象化は、「潜在的夢思考」と呼ぶのがふさわしい。』(岩波版189頁、下線は引用者)

『・・・それを私は夢工作の「退行」と名づけた。それは思想から知覚像への道程であり、まだ未知の -解剖学的に理解されるべきでない- 心の装置の局所論に関係づけて語ろうとするならば、思考形成の部位から感覚的知覚の部位への道程である。この道程は、心の複雑化という発達方向に反しているが、それを歩むことで夢思考は具象性を獲得し、最終的には、顕在的な「夢の像」の確信として、ある可塑的な状況が現出する。そのような感覚的な呈示可能性を達成するまでには、夢思考は、その表現の決定的な形態変容をこうむらざるをえないのである。』(岩波版192頁、下線は引用者)

 ひとつ目の引用箇所(189頁)で「心的形象化」と訳されているのは「psychische Bildungen」、ふたつ目の引用箇所(192頁)で「思考形成」と訳されているのは「Denkbildungen」ですけれども、これらの「Bildungen」は、いずれの箇所でも複数形ですし、「形成物」という訳で統一したほうがよいと思います。つまり前者は「心的形成物」、後者は「思考形成物」としておきます。

 ふたつ目の引用箇所では、次に「可塑的な」とありますけれど、原語「plastisch」を辞書で引くと、「具体的な」「具象的な」「ありありとした」といった意味が真っ先に出てきますし、意味的にもこの文脈には適切と思います。さらに、次の「呈示可能性」は原語で単に「Darstellung」でして、「可能性」に当たる語はありません。先の「可塑性」に引っ張られた訳かもしれません。

フロイト全集 (8)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2008/03) 

« フロイト全集8から『機知』(10) | トップページ | フロイト全集8から『機知』(12) »

フロイト」カテゴリの記事

フロイト全集(岩波書店)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フロイト全集8から『機知』(11):

« フロイト全集8から『機知』(10) | トップページ | フロイト全集8から『機知』(12) »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ