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2008年9月24日 (水)

フロイト全集8から『機知』(13)

 この論文の岩波版邦訳への疑問を取り上げるシリーズの続きです。今回は長い部分なのでこの一箇所だけを扱いたいと思います。

『・・・だが、滑稽の障害となる条件のなかでも最大のものは情動の発生であり、情動の発生のその意味ではそれを見誤る人はいない。それゆえ、滑稽感は、感情や関心がそれほど強く関与しないいくらか無関心な状況で最も現れやすいといわれるのである。ところが、ひときわ激しい心的消費の差分から放散の自動作用が惹き起こされるのは、ほかでもなく情動が迸出される場合なのである。ブトラー連隊長が、オクタヴィオの警告に「苦々しく笑いながら」、

「何がオーストリア王家からの感謝の気持ちだ」

と怒鳴って答えるとき、彼の苦々しい恨みの念は、彼がかつて味わったと思っている失望を想起してこみ上げてくる笑いを阻むものではない。また他方で、詩人がこの失望の大きさを描き出すのに、奔放な情動の嵐のただ中でも無理につくり笑いすることができると示す以上に、印象に残る描写はないだろう。』(岩波版264-5頁、下線は引用者)

 はじめの下線部で、「それを見誤る」の「それ」が何を指すのかわかりにくいんで、ここは原文「Die Affektentwicklung...wird in dieser Bedeutung von keiner Seite verkannt.」の訳として、「情動の発生のこの意味は、どこから見ても明白である」を提案したいです。

 ふたつ目の下線部もわかりにくいのですが、それは原文の「Doch kann man...sehen」というニュアンスが抜けてしまっているからなので、「情動が迸出される場合にはまさに、ひときわ激しい心的消費の差分から放散の自動作用が惹き起こされるさまを見ることができる。」 と変更しておきます。

 みっつ目ですが、「失望Enttaeuschungを想起してこみ上げてくる笑い」というのは私にとっては変な感じなんで、「失望」のところを「幻滅」としたいのと、原文の時制が現在完了であることを考慮して以下のようにします。「彼の苦々しい恨みの念は、彼がかつて味わったと思っている幻滅の想起に対応した笑いを、阻まなかったのである」。ここで「苦々しい恨みの念」と訳されているのは「Erbitterung」ですが、なぜ辞書的意味を離れてそのように訳されているのか一瞬不審に思いましたけど、数行前の「苦々しく笑いながらbitter lachend」の「bitter」と対応させているようですね。

 これらを踏まえて次のように提案します。

『・・・だが、滑稽の障害となる条件のなかでも最大のものは情動の発生であり、情動の発生のこの意味は、どこから見ても明白である。それゆえ、滑稽感は、感情や関心がそれほど強く関与しないいくらか無関心な状況で最も現れやすいといわれるのである。ところが、情動が迸出される場合にはまさに、ひときわ激しい心的消費の差分から放散の自動作用が惹き起こされるさまを見ることができる。。ブトラー連隊長が、オクタヴィオの警告に「苦々しく笑いながらbitter lachend」、

「何がオーストリア王家からの感謝の気持ちだ」

と怒鳴って答えるとき、彼の苦々しさErbitterungは、彼がかつて味わったと思っている幻滅の想起に対応した笑いを、阻まなかったのである。また他方で、詩人がこの幻滅の大きさを描き出すのに、奔放な情動の嵐のただ中でも無理につくり笑いすることができると示す以上に、印象に残る描写はないだろう。』(代案)

フロイト全集 (8)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2008/03) 

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