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2008年9月 2日 (火)

フロイト全集8から『機知』(10)

 前回の記事を書いた後、もうすこし前から見直そうと思い、少し戻って読んでみました。そうすると、私の理解があやしい箇所がありましたので紹介させていただきます。

『言葉を使って遊ぶことは、右にあげた認識などの諸要因のために明らかな快をもたらし、したがって抑え込まれるとしてもわずかな程度にすぎない。』(岩波版166頁注、下線は引用者)

 これは原注の途中にある一文ですので、「右にあげた認識」っていうのは原注の冒頭かせいぜい直前の本文内を踏まえた表現かと思って該当箇所を探したんですが、なかなかわかりません。原文では「der oben aufgezaehlten Momente des Erkennens usw.」です。横書きの原文で「oben上に」とされているので、縦書きの訳文で「右に」としたのでしょうが、この語には「前述の」といった訳語が辞書に載っていますし、けっこう離れたところまで探さないといけないのかもしれません。

 私が探した範囲では、岩波版144頁から146頁まで「認識行為」「認識すること」「認識」といった語に訳されている「Erkennen」を指すと考えるとすっきりしそうです。

フロイト全集 (8)

フロイト(著), 新宮一成(編さん)

出版社: 岩波書店 (2008/03) 

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