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2008年11月

2008年11月29日 (土)

「病的体験」

 医療観察法では、対象患者の問題点について、裁判官ら非専門家にもわかりやすいよう共通評価項目という評価基準リストに点数をつけていくことになっています。

 そこには、例えば「破局妄想」「影響妄想」といった言葉が並んでいます。これらは、われわれ精神科医の普段の用語では「世界没落体験」「被影響体験」などと呼ばれているもののようです。すなわち、我々はそれらを普通、患者が受動的に体験する事態であり、精神疾患のせいで否応なく陥る状態であると考えています。ところが、医療観察法の共通評価項目では、患者の捉え方が間違っているだけであるから、認知療法により考え方を変えれば克服できるはずのものという考え方に誘導されているように思えるのです。

 これは私には統合失調症観に関わる重大な問題と思えます。患者は病的体験に支配されるのであり、そうした体験の強度や頻度が低ければ患者自身が注意を逸らしたり無視したりすることで対処することもできるでしょうが、重症化すると患者自身の認知療法的対処ではどうにもならなくなると考えますし、さらには、そうした事態を認めないならば統合失調症と妄想性障害の区別も、ひいては心神喪失という概念も、無効になるだろうと思います。ですからそうした共通評価項目が、精神科医、他職種、裁判官らのあいだに流通することにも危機感を覚えます。

 といったことを考えながら、『病的体験』なる用語の重要性を改めて感じ、これを辞典で探してみたのですが、この言葉は弘文堂や講談社の精神医学事典、今年配布された精神神経学会の用語集や、濱田の『精神症候学』といった辞書的書物には載っておらず、さらに精神科の教科書類の巻末索引でも探せません。病院にあった看護系の教科書の巻末索引にもこの言葉は載っておらず、臨床上非常に使用頻度の多いこの語が、重要語ではないのかそもそも精神医学の専門用語ではないのか、書物で意味を調べられないことに驚きました。

 病院にあった本で、唯一定義が載っていたのは、メジカルフレンド社『精神科看護用語辞典』で、次のように書かれています。

病的体験 pathological perceptions

幻覚や妄想など、精神病的現実によって生じ、患者が主観的に体験していること。患者は自己本位の立場を変えることができなくなる状態になる。したがって、患者は自己の精神病的変化を病的とは思えなくなる。

 私は普段、病的体験とは、幻聴、させられ体験や筒抜け体験、電波体験やテレパシー体験などを指すと考えているので、上の説明の「幻覚や妄想など」という部分を、はじめ「患者が主観的に体験していること」に掛かると思ったのですが、先入観を廃してこの文をじっくり考えてみると、「精神病的現実」に掛かるように思えます。つまりこの説明の筆者は病的体験を、精神病症状から二次的に生じる事態と考えているようです。

 しかし私はこれまで、患者はまず幻覚や筒抜け体験などを体験し、それらを説明するために妄想を構築すると考えてきたので、上の辞書的説明をみるとかえって混乱してしまいます。私が働いている精神科の文化圏が特殊なんでしょうか。

 ところでこの語の英訳がこの辞書の通りperceptionだとすると、普通の訳は『知覚』となるはずで、上に引用した語釈とはぴったりこない気がします。なのでこの辞書自体が今ひとつ信用ならならない気がするんですけれども、どこかにきちんとした説明がないものでしょうか。

精神科看護用語辞典 

日本精神科看護技術協会「精神科看護用語辞典」編集委員会

メヂカルフレンド社; 新訂版 (2000/01)

2008年11月22日 (土)

フロイト著作集2『夢判断』から、1851年の請求書の夢(2)

 前回の続きです。前回取り上げた、フロイト著作集第二巻356頁(新潮文庫現行版で下巻212頁)に紹介されている夢は、368頁(同じく新潮文庫現行版下巻237頁)でもう一度取り上げられていますので、今回は後者の部分の翻訳問題に触れましょう。

『この同じ夢はその最初の部分に、推論の性格を否定することのできない若干の文章を含んでいる。そしてこの推論は決して荒唐無稽とはいわれない。覚醒時のものと見ても一向におかしくはない。《私は夢の中で、市参事会から送りつけられたその書状を滑稽に思った。なぜなら、第一に私は一八五一年にはまだ生まれていなかったのだし、第二にこの書状に関係を持つ私の父はその時分にはもう死んでいたからだ》 この二事実はすでにそれだけで正確なものであるばかりか、かりに私がそういう通知状を受けとったとしたら、やはりそういっただろうと思われる現実の推論とも完全に合致している。以前の分析からして(三六九頁参照)。われわれは、この夢が憤慨と嘲罵とを持った夢思想の地盤から生い育ってきたものであることを知っている。そのうえもしわれわれが検閲の諸動機はきわめて強烈なものであったと仮定していいとしたら、夢の作業は、夢思想の中に含まれているお手本に従って、無意味な推測に対する非の打ちどころなき論駁を行うべき十分の理由を持っていることがわかる。』(著作集369頁、下線は引用者)

 ここで『推論』と訳されているのは『Argument』ですが、独語や仏語でこの語の主たる辞書的意味は『論拠』です。実際、上の引用部分で《 》内に紹介されている夢本文に挙げられた二つの事実は、推論というよりは論拠と言えるものです。

 一方で、『無意味な推測』と訳されているのは、『unsinnigen Zumutung』ですから、『ばかげた言いがかり』ぐらいの意味です。この表現は以下のような事情に対応しています。『この夢は、尊敬すべき一先輩の私に対する批評の言葉を又聞きにきいたのちに見た夢であった。この人は、私の患者のひとりがもう足掛け五年も私に精神分析治療を受けているのにまだ埒があかないのはおかしい、といって私を非難しているというのであった。・・・いったい彼は私よりもてきぱきとやれる医者を知っているのか。この種の病状は普通ならば不治で、死ぬまでそのままであることを彼は知らないのか。なにしろ私の治療を受けているあいだは、この患者の毎日の生活はよほど楽になっているのだから、それを考えてみたって、一生涯の長さに較べたら四年や五年がどうしたというのだ』(著作集357頁)。

 上の引用箇所には他にも、参照先とされている『三六九頁』が、まさにこの文章が載っている頁のことであったり、私が生まれる前に父親が死んだなどという奇妙な内容になっているという問題があるので、以下のように改訳を提案します。

『この同じ夢はその最初の部分に、論拠の性格を否定することのできない若干の文章を含んでいる。そしてこの論拠は決して荒唐無稽とはいわれない。覚醒時のものと見ても一向におかしくはない。《私は夢の中で、市参事会から送りつけられたその書状を滑稽に思った。なぜなら、第一に私は一八五一年にはまだ生まれていなかったのだし、第二にこの書状に関係を持つ私の父は[いま]もう死んでいるからだ》 この二事実はすでにそれだけで正確なものであるばかりか、かりに私がそういう通知状を受けとったとしたら、やはりそういっただろうと思われる現実の論拠とも完全に合致している。以前の分析からして(三五六頁参照)。われわれは、この夢が憤慨と嘲罵とを持った夢思想の地盤から生い育ってきたものであることを知っている。そのうえもしわれわれが検閲の諸動機はきわめて強烈なものであったと仮定していいとしたら、夢の作業は、夢思想の中に含まれているお手本に従って、ばかげた言いがかりに対する非の打ちどころなき論駁を行うべき十分の理由を持っていることがわかる。』(代案)

 さらにもう一箇所、『Argument』という語が以下の箇所に出てきますが、ここも『論拠』とすべきです。

『あの二つの推論はこれを次のような材料に還元することができる。』(著作集370頁)

 上に触れた以外の箇所に出てくる『推論』という語は、原文では『Schluss』に対応しており、上のように置き換える必要はありません。

 参照すべき頁に関しての誤りは、以下の箇所にもあります。

『私の想像するところでは、婦人患者においても彼女らのもっとも早い性的諸衝動中において父親が果たす役割、意想外な役割の発見も同じような態度で迎えられるだろうと思う(三六六頁の解説を参照)。』(著作集370頁、下線は引用者)

 参照すべき頁は、正しくは著作集215頁であり、エディプスコンプレックスという概念の紹介・説明への導入に当たる重要箇所です。これは新潮文庫の現行版でも誤って『233頁』とされていますが、正しくは『上巻の440頁』です 

 以上でだいたい終わりですが、次の箇所について疑問が残ります。

『この先生には学生の講義登録のときに詳しい身もと調べをやる癖があった。生まれたのは? 一八五六年。 -お父さん(訳注 ここはpatreとラテン語になっている)は? これに対して学生は自分の父親の名を、ラテン語の語尾をつけて答えた。そしてわれわれ大学生たちは、この宮中顧問官たる先生は学生たちの父親の呼び名から、学生の呼び名がつねに必ずしも許しそうもないような、なんらかの推定(訳注 その学生がユダヤ系であるかどうかの推定?)を下そうとしているのだと想像した。』(著作集368-9頁、下線は引用者)

 原文を読んだ限りでは、下線部の主語は『先生』のようにも思えます。そうであればこの部分の訳は、『これに付け加えて先生は学生の父親の名に、ラテン語の語尾をつけて述べた』が正しいように思えます(『答えた』とは書かれていない)。しかしここは原文も曖昧に思え、著作集のように解してもよさそうに思えます。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)

2008年11月14日 (金)

フロイト著作集2『夢判断』から、1851年の請求書の夢

 今回も『夢判断』から一つの夢を(フロイト著作集第二巻356頁)取り上げて、主に翻訳について検討します。これもまたフロイト自身の夢とされています。

 夢の本文の冒頭は、著作集では以下のように翻訳されています。

《私は一八五一年、ある発作のために生まれ故郷の病院に入院しなければならなかった。ところが故郷の市参事会からの入院料に関する一通の書状を受け取る。・・・》(以下略)

 この部分が私には話の流れがわかりづらく感じるので、私なりにここを改訳したうえで、夢の全文を紹介します。角括弧内は私なりの補足です。

《私は、一八五一年に、ある発作のために生まれ故郷の病院に入院[Unterbringung im Spital]しなければならなかった際の支払い[Zahlungskosten]に関する一通の書状を、故郷の市参事会から受け取る。私はそれを面白がる。なぜなら第一に、私は一八五一年にはまだ生まれていなかったし、第二にこのことに関係を持ちうる私の父親はもう死んでいたからだ。私は隣室の、ベッドに寝ている父のところへいって、そのことを父に話した。すると驚いたことに、父は[、父自身が]一八五一年に一度酔って、検束ないしは保護を受けたことのあったのを思い出した。それは父がT家のためにはたらいている時分のことだった。私は「ではお父さんもやはり酔っ払ったのですね。その後すぐに結婚なさったのですか」ときいた。私は計算してみると、なるほど一八五六年生まれだということになる。それが、その事件のすぐ後のことだったように思われる。》(フロイト著作集第二巻356頁)

 なお、この中で、『T家』(原文で『Haus T』)とは、王家・王室のようです。これが後の考察(『私は夢の中で自分の父を宮中顧問官にし大学教授にする』著作集358頁)に関連を持ちます。

 さて、フロイトによる考察によれば、この夢では、父親は別のある人物、『尊敬すべき一先輩』の代理となっています。

『夢の序論的部分は隠蔽されてはいるけれども明瞭に、この人が一時は父親がもはや果たすことのできなかった数々の義務(費用支弁、入院)を引き受けていたことを示している。』(著作集357頁)

 ここで、『費用支弁、入院』(Zaglungskosten, Unterbringung im Spitale)の部分は、同じ語が夢の本文に出てきているところが味噌ですから、同じ訳語を選んで『支払い、病院に入院』としたいところです。

 さらに父は、『かつて酒に酔って検束された』という部分でも、もうひとり別の人物の身代わりになっています。つまりそれはマイネルトのことであって、次のような出来事が背景にあったようです。

『この夢は私に彼が話してくれたことを思い出させる。それによると、彼は若いころ、クロロフォルムで自分を麻酔させる習慣に馴染んでしまって、そのために治療所通いをしなければならなかったという。』(著作集358頁)

 ここでの『自分を麻酔させる』(sich berauschen)という部分には、夢の本文で『酔っぱらって』とあった箇所(betrunken)とは別の語が用いられていますが、いずれも『酔う』という意味で共通しており、訳も『自ら酔う』ぐらいにしたいところです。また、『治療所通い』の箇所の原文は『Anstalt aufsuchen』となっており、診療所のほか刑務所など様々な公的施設に入ることを意味しうる表現となっています。すなわち、実際にマイネルトが病院に入ったという事実が、夢では改変されて、『検束された』ことになっているということのようです。ちなみに、これら二箇所には訳文では傍点が抜けていますが本来はフロイト自身によって強調された重要箇所です。

 今回はさらに以下の二箇所を単なる誤訳として訂正しておきます。ひとつめ。

『しかし私がこの夢のこの場面で、私の父にマイネルトの代理をつとめさせることができたのは、父とマイネルトとのあいだに類似点があるからではなくて、夢思想中にある一条件文章の、簡潔だがその意を十分に尽くしている表現があったからである。』(著作集358頁)

『しかし私がこの夢のこの場面で、私の父にマイネルトの代理をつとめさせることができたのは、父とマイネルトとのあいだに類似点があるからではなくて、夢思想中に、ある一条件文章が、簡潔だが十分に表現されているからである。(代案)』

 もうひとつ。

『私が今自分のもっとも信頼している患者の完全な治療を待たせている年月でもある。』(著作集358頁)

『私が今自分のもっとも熟知している患者の完全な治療を待たせている年月でもある。』(代案)

 この夢は368頁でも再び取り上げられていますが、その箇所についてはまた次回取り上げましょう。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)  

2008年11月 3日 (月)

フロイト著作集2『夢判断』から『Non vixitの夢』(2)

 前回に引き続きこのフロイト自身の夢を取り上げます。前回は主に著作集345頁から348頁まで(新潮文庫の現行版では下巻188頁から195頁まで)の内容を取り上げましたが、今回は395頁から401頁まで(同じく新潮文庫下巻293頁から305頁まで)にわたって再検討された箇所を取り上げます。

 前回、この夢に登場する『Revenant』という語が、「亡霊」と「しばらく間をおいて再び来た人」という二つの意味を持っているという両義性が、夢の顕在内容と潜在思考とを結ぶ手がかりになっていることを示唆しておきました。さらに今回の検討箇所では、『beseitigen』という語が、「わきへのける」という意味と「除去する=亡き者にする」という二つの意味を持っているという両義性も重要な役割を担っています。これらは、夢の本文では次の部分に登場します。

『エルンスト・フライシュルも亡霊にすぎず、幻[Revenant]にすぎないとわかって、「こういう人間はひとがその存在を欲しているあいだだけ生存するものであり、こういう人間を他人の願望がこの世から消し去ってしまう[beseitigen]ことも決して不可能ではない」と悟った』(著作集345頁)

 夢のこの部分は、今回取り上げる箇所でも、以下のようにもう一度紹介されています。

『夢の終わりで私は非常に喜んでいて、覚醒時では不可能と思われるひとつの可能性、つまりただ願いさえすれば追い払う[beseitigen]ことのできる亡霊[Revenant]があるという可能性ももっともなことだと考えている。』(著作集395頁)

 ここですでにお分かりでしょうが、著作集の訳文は、原語の両義性が示されていないというだけでなく、同一の語が再登場する際に訳語が統一されていないという点で、フロイトの意図が伝わりにくいものとなっています。

 さて、この夢では、故人である友人Pが登場し、フロイト自身によって睨み付けられて消えてしまいます。以下はこの友人についての記述です。

『二人の助手のどちらもその地位を動かなかったので、若い人たちはいらいらしていた。私の友人ヨーゼフは自分の命が限られていることを知っていたから、時々そういう焦燥の気持ちを口に出して私に告げた。彼は自分の上にいる男と格別に親しい関係を持ってはいなかったし、その男は重病人であったから、その男がどいてくれたら[beseitigt werden]いいがという願望は、「そうなれば自分は昇進する」という意味 のほかに、ある不道徳な副次的な意味をも持っていた。』(398頁)

 ここで『どいてくれたらいいが』は、『片付いてくれたら』すなわち『死んでくれたら』という『不道徳な副次的な意味』を含んでいるということになります。夢では、友人がこの『悪い願望を懐いていたがゆえに私は彼を殺す』(著作集347頁)のであり、かつ、フロイト自身もかつて同じ願望を懐いたことがあったにもかかわらず、『この不届きな願望の罰を、私にではなく、彼に加えている』(著作集398頁)ということのようです。

 そしてこの夢から連想された、幼少期の甥との友人関係について述べられた箇所にも、こうした語の両義性が繰り返し登場します。

『私の友人という友人は、じつは私の最初の友人であったこの甥の化身、「昔我が濁れる目にはやく浮かびし」(『ファウスト』)ことある第一の友人、すなわちあの甥の亡霊[Revenant]たちなのである。』(著作集397頁)

『だから私は、幽霊[Revenant]はひとがそれを必要とするあいだしか存在しないということ、また、幽霊[Revenant]は、都合次第で退場させる[beseitigen]ことができるということはまことにもっともだと思う。つまりこれが、そのために私の友人のヨーゼフが罰せられているところのものなのである。しかしそれらの幽霊[Revenant]は、私の幼年時代の友人(甥)の順繰りに登場してきた化身なのである』(著作集399頁)

『補うべからざる人間などというものはありはしない。見たまえ、どれもこれも幽霊[Revenant]じゃないか。われわれが失ってしまったものは全て、また戻ってくるのだ』(著作集400頁)

『自分の子供たらの名というものは、その時代の流行によって定められるべきではなく、私たちにとって大切な人々を記念するために選ばれるべきだというのが私の意見だった。子供らの名前は子供らを幽霊[Revenant]にする。』(著作集401頁)

 付け加えると、399頁の引用文中、『都合次第で』という箇所は、直訳して『願望によって』とした方が、夢の本文との関連が見えやすいと思います。

 これ以外の問題点に移りましょう。著作集の訳文では、『友』と『敵』という語が曖昧に訳されている箇所がいくつかあります。

『敵対的な、および苦痛的な気持ちの動きが、私が友人の敵を二語でやっつけるあの箇所には重なり合っている。』(著作集395頁、下線は引用者)

 やっつけた相手は友人Pでした。下線部は「私が敵視する友人を」に変更したいところです。次の箇所も同じく曖昧で、とくに一文目の『友人』と二文目の『友人』では意味が変わってしまいます。

『親しい友人と憎むべき敵とは、私にとっていつも私の感情生活の必然的な欲求であった。私はいつも新たにこういう二種類の友人を作った。ごく幼い自分には、たぶんそうだったろうと想像されるように、ひとり二役の友人を作ったり、あるいはまたあるときは友、別の時には敵という役割が幾度か同一人物の上に繰り返されたりするようなことはもはや起こらなかったけれども、同一人物が友人と敵とを兼ねるような友人を見つけ出して、幼年時代の理想に接近しえたことも決して稀ではなかったのである。』(著作集397頁)

 ここはかなりわかりにくいので、全体を改訳しておきます。

『親しい友人と憎むべき敵とは、私にとっていつも私の感情生活の必然的な欲求であった。私はいつも新たにこういう二種類の相手を作った。同一人物が友人と敵とを兼ねるという幼年時代の理想を復元することも決して稀ではなかった。もちろん、ひとりで同時に二役となるとか、友と敵という役割が幾度も同一人物の上に繰り返されたりするようなことは -ごく幼い自分にはありえただろうが- もはや起こらなかったけれども。』

 あとは細かい点ですが、396頁の注で『高飛車な』は原語で『gebieterisch』で、これは副詞として使われているかもしれないのですが、いずれにせよ辞書的意味にも文脈にもそぐわない気がします。『断固たる』(あるいは『断固として』)ぐらいがよいのではないでしょうか。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)  

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