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2009年3月 1日 (日)

フロイト全集17から『集団心理学と自我分析』(3)

 集団心理の論文の翻訳については、やりかけのまま10月からずっと放ってあったのですが続きを取り上げます。

『対象のそのような取り込みについて、もう一つ別の例をわれわれに示しているのが、メランコリーの分析である。この情感は、愛する対象を実際に、あるいは情動の上で失うことをもっとも顕著なきっかけの一つとする。』(岩波版178頁)

 下線部『情感』ですが、原文で『Affektion』です。文脈からしても『病気』『疾患』が正しいと思われます。まあ、訳者はあえてメランコリーは病気ではないと考えたのかもしれませんが。

 つぎ。

『一連の様々な事例からすると、恋着とは、性欲動が直接の性的充足を目的として対象備給することに他ならず、この目的が達成されれば消え失せる。これは、ありふれた感性的な愛と呼ばれているものである。』(岩波版180頁、下線は引用者)

 このあとも『感性的』という訳語はたくさん出てきますが、『sinnlich』には『感性的』ともうひとつ『官能的』という意味があって、この論文では『官能的』という意味に用いられていると思います。

フロイト全集〈17〉1919‐1922―不気味なもの、快原理の彼岸、集団心理学

須藤 訓任 (翻訳), 藤野 寛 (翻訳)

出版社: 岩波書店 (2006/11)

 映画『おくりびと』が話題になっていて、ニュースなどでは死生観を扱ってどうこうと言われていますけど、私にとっては、主人公が納棺師という職業を周囲から反対されていた様子が、私も精神科医になることを周囲から反対された体験と重なって、むしろ職業選択についての映画という印象が強いです。私の実家も東北なのでかなり感情移入して観ることができ、仕事というものは心を込め誇りを持って行わなければならないと改めて思わせてくれた映画でした。

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