フロイト全集4の『夢解釈Ⅰ』2
次の箇所は、翻訳には特に問題ないにもかかわらず、なかなか腑に落ちなかった箇所です。
一見しただけでは欲望成就理論にとっての特別な困難となるだろうと思えるような夢を、ある医師(アウグスト・シュテルケ)が見て、それを解釈している。
「左の人差し指の先端の指節に、梅毒の初期硬結[プリメール・アフェクト]ができていて、自分はそれを見ている。」
この夢は、夢を見た人にとっては望ましくない内容だけれども、それ自体では明白でまとまっていると思われるから、別に分析する必要を感じさせないかもしれない。しかしながら、分析の労を厭わなければ、「初期硬結」は「≪初恋[プリマ・アフェクティオ]≫」と等置できるし、嫌な潰瘍は、シュテルケの言葉に従えば、「多大な情動[アフェクト]を帯びた欲望成就の代理」であることが判明する。(岩波版211-2頁)
上記の説明だけでは、そこに「初恋」や「欲望成就」を代入したときに夢全体がどう解釈されるかわからないのです。普段なら、フロイトが夢や機知を説明するとき、その説明はいわば種明かしとなっていて、読者であるわれわれには、謎が解けて腑に落ちたという感覚を与えてくれるのですが、ここはなぜこのような中途半端な説明で終わっているのでしょうか。
その理由のひとつとして、この夢の出典であるシュテルケの論文が文献として示されていることがあるのかもしれません。つまり、この論文にあたればすぐわかることなのでしょう。しかしさしあたり私にはこれを入手する術がない以上、なんとかフロイトの説明のみを手がかりに考えてみなければなりません。
この夢は、1911年の論文からの引用ですから、『夢解釈』が刊行されたあと、フロイト自身によって加筆・挿入されているもののようです。他ならぬここに挿入されている以上、前後の文脈には、この夢の解釈のヒントが隠されているはずです。この前後には、一見すると欲望成就に見えない夢が集められているのですが、210頁に、別の夢に関して以下のような記載があります。
結婚してほしいというこの娘の望みはあまりに活発だったので、結婚後に心配される辛さをも、彼女は甘んじて引き受け、さらにそれを自分の欲望にまで高めてしまったのである。(岩波版210頁)
これを参考にすると、シュテルケの夢は、「[少年期における]初恋へのシュテルケの望みはあまりに活発だったので、その後に心配される[梅毒感染の]辛さをも、シュテルケは甘んじて引き受け、さらにそれを自分の欲望にまで高めてしまったのである」ということになります。私個人としては、こう解釈すれば、シュテルケの夢がだいぶ腑に落ちるように思います。
さらに、シュテルケの夢の挿入箇所の直前には、フロイトの夢理論を知っている患者が見た夢を例に挙げて、「フロイトの夢理論が間違っていてくれればよいが」という欲望に触れられています。よって、シュテルケの夢の形成にはこの欲望も一役買っていると考えてよいのかもしれません。というのは、「多大な情動[アフェクト]を帯びた欲望成就の代理」の箇所で「欲望成就」はなぜか複数形ですので、初恋の成就のみを指しているとは考えがたく、むしろ欲望成就一般を指しているように思えるのです。シュテルケが夢理論一般に対して抱いたネガティブな考えが、初恋にまつわる夢思想に折り重なって夢を形成していると思われます。
このように考えてきましたが、もしもシュテルケの原論文ではまったく異なる説明がなされていたりしたら、私としては恥ずかしい限りです。
なお、「潰瘍」と訳されている語は、私の辞書では「膿瘍」としか載っていませんけど、辞書によって違うのかもしれません。
新宮 一成 (翻訳)
岩波書店 (2007/03)
≪初恋≫といえば、水曜日の夜にテレビをつけたらNHKで久々に渡邊あゆみアナウンサーの美しいお姿を拝見できました。私が中学生の頃から、いつ見ても本当にお綺麗な方です。フリートークでおっしゃる冗談がちょっとキツめなのもまた魅力なんですよね。いずれはラジオ「古典講読」で古文を朗読するお声も拝聴してみたい。





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