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2009年6月 2日 (火)

言外の意味

 ラカンは、ある男性が「君は僕の妻」と(プロポーズの場面で)語るとき、言外に「僕は君の夫である」という自己規定を示している、という場面を、『充ちたパロール』の例として挙げます。さらには、フロイトの論文『子どもが叩かれる』のなかに「自分の同胞が叩かれている」という空想場面が登場することを挙げて、これは「同胞よりも自分の方がかわいがられている」ことを言外に示している、とも説明していたはずです。

 これを踏まえて考えると、既婚女性芸能人(主に中年以上のお笑いの人)が、自分の夫について冗談めかして「うちの反町隆史が・・・」と語るとき、そこには、「夫が反町隆史であるならば、自分はさしずめ松嶋菜々子であろう」という言外の意味があって、この言い回しのおもしろさを一段高めていると思います。

 という話を私の身近な人に話してもあまりピンとこないようで、「あの人たちはいちいちそんなことを考えて喋っていないよ」と一蹴されてしまいます。それでも私はあえて、上に書いたことを踏まえて、これまでは「自分の職場にも松たか子のような部下が付いていたらなあ」と言い続けていたのですが、最近はもちろん「綾瀬はるかのような部下が付いていたらなあ」と口にしているのです。

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