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2009年8月

2009年8月23日 (日)

漱石『こころ』の先生の被害妄想について

 ある統合失調症患者が診察時、自分は漱石の『こころ』を20回ぐらい読んだことがある、と言っていました。そこで私は、『こころ』に出てくる先生は父親の遺産を叔父に横取りされたと信じ込んでいるが、親戚たちの態度を変に感じてそのように推測しただけであって、叔父の使い込みの明らかな証拠があるわけではないことから、使い込みは先生の被害妄想だったのではないかという考え方があることを紹介し、それをどう思うかと聞いてみました。

 患者は、それはパラノイアということですね、父親が死んだショックでいろいろあってそうなっちゃったんですね、と答えてくれました。

 私の記憶では、物の本には、先生の被害妄想を根拠に先生は統合失調症であると書かれていたように思うのですが、その本の著者よりも私の患者の方が診断力が確かであったというところに驚かされました。

2009年8月20日 (木)

ヤスパース(2)

 精神医学の教科書や辞典では、妄想を説明するに当たって、ヤスパースの『精神病理学原論』をひいて、ヤスパースが妄想を三つの特徴で定義したとされていることが多いと思います。それは、原著から引用すれば

「1 非常な信念、何ものにも比べられない主観的な確信。2 経験上こうである筈だとか、こうだからこうなるという正しい論理に従わせることができない。3 内容がありえないこと。」(『精神病理学原論』みすず書房64頁)

の3つです。ところが、原著には、この直前に、

「妄想とはごく漠然と、誤った判断を皆そういうのであって、互いにはっきり区別がつくとは限らないがかなりの程度に次の三つの外面的な特徴を持つ。」

と書かれていて、どうもこの3特徴は、妄想を定義しているとは言えないように思うのです。とくに3つめを満たさない妄想はいくらでもあります(周囲から嫌われている、など)。2つめだって、経験にあわせて少しずつ変わっていく妄想はいくらでもあるので例外が存在します。

 それでも他に良い定義がないので引用されているんでしょうけれども。

精神病理学原論 
カール ヤスパース (著), Karl Jaspers (原著), 西丸 四方 (翻訳) 
みすず書房; 限定復刻版 (1971/01)

2009年8月12日 (水)

地震から

 精神科入院患者の一人が早朝の地震で目を覚まし、病棟のテレビで情報を得ようとしたところ、看護師に「まだテレビをつけて良い時刻になってない」と止められ、テレビを見られなかったそうです。

 精神科の患者は社会への関心が失われがちななか、健全な関心を育むためにも、今日に限ってはテレビを見せるのが正しい対応ではなかったかと思った次第です。

2009年8月 9日 (日)

「外傷後ストレス障害」であって「ストレス後外傷障害」ではない

 PTSD(=外傷後ストレス障害)についての一般的イメージは、災害などの心的な外傷が、強いストレスになって後々まで障害を及ぼす状態、といったものではないかと推測します。ところが、この障害の名称は「外傷後ストレス」とありますので、「外傷=ストレス」という意味には読めません。

 『ストレス』という語を、たとえば手持ちの電子辞書に入っている国語辞典で調べると、「物理的、精神的な刺激(ストレッサー)によって引き起こされる生体機能のひずみ。また、それに対する生体の防衛反応。一般には、ストレッサーとなる精神的・肉体的な負担をいう」とのことです。

 PTSD(=外傷後ストレス障害)について、はじめに書いたように「外傷=ストレス」と考えてしまうのは、上の辞書にあったように、ストレスという語をストレッサーという意味で使うという一般的用法に引きずられてしまっているためのようです。PTSDについては、外傷の後に、生体機能がひずんだストレス状態に陥り続けている、と考えるのが正しいのでしょう。

 ところで、ストレスという語は、精神医学の中でもやはりストレッサーという意味と混同されやすいような気がします。たとえば、「ストレス(に対する)耐性」とか「ストレス(に対する)脆弱性」、「ライフイベントというストレス」などの表現は、さらっと読む限り、ストレスが外からやってくるもののように読めてしまいやすい気がします。

 これに関連して、私が持っている本には次のような記載がありましたので紹介します。

「一般に心身的な不快をもたらす要因をストレスと呼ぶが、それが非常に強い心的な衝撃を与える場合には、その体験が過ぎ去った後も体験が記憶の中に残り、精神的な影響を与え続けることがある。このようにしてもたらされた精神的な後遺症を特に心的なトラウマ(外傷)と呼んでいる」(『心的トラウマの理解とケア』厚生労働省 外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班)。

 「ストレス」や「外傷」という語の意味がこの記載の通りだとすると、後遺症の呼び名としてはむしろ「ストレス後外傷症候群」がふさわしいということになってしまいます。

 厚労省関係のこの書物の記載は果して正しいのでしょうか?。いったいどういう用語法が正しく、どのような使用は誤用なのか、どこかに簡明な説明があれば教えてもらいたいところです。

心的トラウマの理解とケア (単行本 - 2001/5)

厚生労働省精神神経疾患研究委託費外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班http://www.jiho.co.jp/shop/goods/goods.asp?goods=35433

出版社: じほう

追記:第2版が出ていました。著者が個人名になっています。

金 吉晴

出版社: じほう; 第2版 (2006/03)

2009年8月 2日 (日)

『翻訳語成立事情』岩波新書

 先頃、交通機関での移動中に柳父章著『翻訳語成立事情』(岩波新書)を読みました。

 幕末から明治期に翻訳語がいかにつくられ定着していったかを、10の基本語について解説しています。

 ひとつ目は「社会」ですが、「society」の訳語は幕末には非常に狭い範囲の人間関係(せいぜい「世間」といった範囲)を示す日本語に翻訳されていたこと、福沢諭吉が幕末には「人間交際」を用いたことなどが書かれており、明治に入ってから(諭吉も)「社会」という語をより広いものを指して用いるようになったことが紹介されています。

 私はかねがね、フロイトが「社会sozial」という語を使う場合、身近で顔の見える範囲の人間関係を指していると思ってきたので(父母との関係や、居酒屋に集まる仲間たちにこの語が用いられている)、フロイトを訳す際には社会という語が定訳とならなければよかったのにといまさらながら残念に思います。ゲゼルシャフトと区別できる良い訳語がないというのも問題です。この辺については以前ここで書きました。

http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_e106.html

 「恋愛」の項では、江戸までは「色」「恋」しかなく、「love」に対応する語が存在しなかったが、「恋愛」という語とともに、この「高尚な」事柄が新たに出現したのだという。ここらへんを読んで思ったのは、我々はすでに「愛」の崇高化が済んでしまっているせいで、ラカンの宮廷愛論(対象の崇高化を論じている)がむしろわかりにくいのかもしれないということです。

 このほか、「美」や「彼、彼女」など、普段精神分析関係の原書を読みながら日常的に接しているいくつかの語について興味深い解説があって、なかなか深く楽しめる本でした。

柳父 章 (著)

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