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2010年1月12日 (火)

ラカン『精神病』

 「ヤホーで調べていたら見つけてしまったんです」ではじまるのは漫才のナイツのネタですが、私も久しぶりに『精神病』のセミネールを読んでいたら見つけてしまったんです。

 「・・・主体の中で語り、また主体がその主人でもなければ、類似者でもないこの他者とは、どんな他者でしょうか。それ自体で語るこの他者とはどんな他者でしょうか。すべてはこの点にあります。
 この他者は主体の欲望であると言っているのではありません。というのは、主体の欲望とはリビドーだからです。つまり、忘れてはならないことですが、リビドーとは何よりも主体が語るということの裏にある不合理なもの、つまり並外れた欲望のことだからです。」(岩波版下巻142頁、下線は引用者)

 下線部の原文「Ce n'est pas tout de dire que c'est son desir, car...」は正しくは

「この他者は主体の欲望であると言うだけでは十分ではありません」

です。

 しかしそれにしてもこの直後、リビドーについて、「リビドーとは何よりも主体が語るということの裏にある不合理なもの、つまり並外れた欲望のことだからです」とずばっと言い切れるラカンの冴えに私などはいつもながらほれぼれしてしまいます。

 さて、同じ翻訳の問題はすぐ次の段落にもあります。

「 この他者は、合理的なものと考えられている ――実際時にはそうなのですが―― 共通のディスクールと呼ばれているものと同じラングを語るということを口実にして、この他者はいわば我々の類似の者であると言っているわけではありません。・・・」(岩波版下巻143頁。下線は引用者)

 ここの下線部「Ce n'est pas tout non plus de dire que cet autre est en quelque sorte notre semblable...」は、

「この他者はいわば我々の類似の者であると言うだけではやはり十分ではありません」

ということになります。

精神病〈下〉

ジャック ラカン (著), ジャック・アラン ミレール (編集), 小出 浩之 (翻訳), 川津 芳照 (翻訳), 鈴木 国文 (翻訳), 笠原 嘉 (翻訳)

出版社: 岩波書店 (1987/09)

 ナイツは『爆笑レッドカーペット』に出るときは「ベテラン風若手漫才」と紹介されていますが、そういえば精神病院には「ベテラン風若手看護師」が時々います。自分よりはるかに年長の患者を「○○ちゃん」「あんた」などと呼び、病院が患者のために購読している新聞を勤務中に患者の前で堂々と広げて読んでたり、夜勤中は空きベッドで寝たり、挙げ句に患者に肩を揉んでもらったりします。

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