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2010年2月14日 (日)

フロイト全集11から『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期の想い出』(2)

 この論文の翻訳についても、気になる箇所はほんの何カ所かだけなのですが、これから少し挙げていきます。

 「(…)埋葬費用についての先の計算書では、母を悼む喪の哀しみが、それとは分からぬまでに歪曲されて表面化し、われわれの前に立ち現れているのである。どうしてこのような歪曲が起こりえたのか、不思議ではあるが、実際これはまた、正常な心的過程の観点からは理解できない。しかし、神経症、特にいわゆる強迫神経症という異常な条件のもとで、同様のことが起こるのをわれわれは知っている。そこでは強烈ではあるが、抑圧によって無意識的となった感情が取るに足らぬ馬鹿げた行為に遷移されて表出してくるのを目の当たりにする。これに対抗する諸力が首尾よく、この抑圧された感情の表出を徹底的に抑えつけたものだから、この感情の強度もごく些細なものと見積もられてしまうに違いあるまい。しかし、この些細な表現行為が現れてくる際の有無を言わさぬ強迫性に垣間見えるのは、意識が認めようとしない、無意識に根差す現実の蠢きの力なのである。母の死に際してレオナルドが残した埋葬費用の計算書は、強迫神経症の症状を思わせるこの共通性からしか説明がつかない。(…)」(岩波版全集58頁、下線は引用者)

 下線部は、「何かと何かとの共通性が、強迫神経症の症状を思わせる」という関係を指しているように読めるのですが、原文に当たってみるとむしろ、「強迫神経症症状とのこのような共通性」というシンプルな表現になっています。

 ところで、この論文62頁には、モナリザについて「当時レオナルドの筆がカンヴァスに再現したとりどりの繊細な美の中で、今日もこの絵にとどめられているのはわずかでしかない。この絵は、それが描かれていたとき、芸術になしうる最高のものと見なされた。」という、いわばこの絵の現状の美しさについて否定的な一文があって驚いたのですが、美術の保管などに関する専門的な目でみればこのように言えるのでしょうか。などと考えているところへ、ちょうどいま私が習いに行っているフランス語講座のテキストにモナリザの保存に関するコラムが載っていて、そもそも昔はモナリザはあんなに黄色くなかったが保存のためニス塗り(vernissage)を繰り返さざるを得ないので黄色く変わってきた、といった内容があり、無学な私は、名画は破損を避ける以上に様々な手入れを受けているという事実をそこで初めて知ったのでした。

フロイト全集〈11〉1910‐11年―ダ・ヴィンチの想い出 症例「シュレーバー」

高田 珠樹 (翻訳), 甲田 純生 (翻訳), 新宮 一成 (翻訳), 渡辺 哲夫 (翻訳)

出版社: 岩波書店 (2009/12)

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