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2010年9月

2010年9月 9日 (木)

フロイト全集19から『制止、症状、不安』第3章

 この論文を1章ずつ原文と照らし合わせてみていく作業を続けてみます。

「・・・抑圧によって症状へと生成する過程は、自らの存在を、自我編成の外部において、それとは無関係に主張するからである。しかも、この過程のみならず、そこから派生する、あらゆる蘖もまた、同じ特権を、いわば治外法権を享受する。それら派生する蘖が自我編成の一部と連想によって結びつく場合に、それらがこの自我編成の一部を自らのほうへと引き寄せ、自我を犠牲にして得たこの獲得物によって伝搬してゆくものかどうかは、疑問である。」(岩波版23頁、下線は引用者)

 最後の「・・・かどうかは疑問である」の部分ですが、「(...) wird es fraglich, ob sie diese nicht zu sich herueberziehen (...)」と、否定の「nicht」が入っています。邦訳では否定のニュアンスは省かれていて、いわば「oder nicht」のようなニュアンスで訳されている(英語の「or not」のように、訳文では「・・・かどうか」の部分に含ませている)ように思えますが、意味を考えると、きちんと否定で訳した方がいいと思います。

「・・・抑圧によって症状へと生成する過程は、自らの存在を、自我編成の外部において、それとは無関係に主張するからである。しかも、この過程のみならず、そこから派生する、あらゆる蘖もまた、同じ特権を、いわば治外法権を享受する。それら派生する蘖が自我編成の一部と連合的に結びつく場合に、それらがこの自我編成の一部を自らのほうへと引き寄せ、自我を犠牲にして得たこの獲得物でもって拡大してゆかないなどということは疑わしい[つまり拡大していくだろう]。」(代案)

 ついでに「連想によって」も「連合的に」としておきました。

 次です。

「自我に異質であり、症状によって代理される内的世界において、ひとつの適応が生じる。」(岩波版24頁)

「内的世界のうち、自我に異質で症状によって代理される部分に対して、ひとつの適応が生じる。」(代案)

 「eine Anpassung an das ichfremde Stueck der Innenwelt...」という箇所で、「an」は直前の「Anpassung適応」という語に掛かっているのではないかという点と、「Stueck部分」という語が訳し落とされている点が気になります。

 こまごまとした訳語の好みについては挙げませんが、最後に一つだけ。

「障碍は症状に発するのであり、この症状が、抑圧された〔欲動の〕蠢きの正当な代替物にして、派生する蘖としてのその役割を反映し、〔欲動の〕蠢きの満足への要求を反復して更新する。」(岩波版25頁)

 「反映し」ですが、原文の動詞「weiterspielen」を、「widerspiegeln反映する」と取り違えてはいないでしょうか。ただし、前者は辞書に載っていないので、「weiter」と「spielen」という構成要素それぞれの意味からこの文脈に合った意味を考えねばなりません。この動詞の目的語は「役割」ですから、「spielen」は「演ずる」という意味でしょう。「weiter」は「引き続いて」「引き継いで」といった意味があるようです。よって次のようにしてみます。

「障碍は症状に発するのであり、この症状が、抑圧された〔欲動の〕蠢きの正当な代替物にして、派生する蘖として、その役割を引き継いで演じ、〔抑圧された〕蠢きの満足への要求を再三再四更新する。」(代案)

 「派生する蘖として」は、位置から言っても意味から言っても、「その役割」に掛かる形容詞句ではなく副詞的に訳すべきと思います。

1925-28年 否定 制止,症状,不安 素人分析の問題 (フロイト全集 第19巻) 

フロイト (著), 加藤 敏 (編集)

出版社: 岩波書店 (2010/6/26)

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