« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第3章 | トップページ | フロイト全集14から『喪とメランコリー』 »

2010年10月 6日 (水)

フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章

 この論文の検討を、章ごとに区切って続けていきましょう。

「ただ、情愛が過度で強迫的であることから、この態勢が唯一存在するものではなく、その対立物を抑圧し続けるように見張っていることが私たちには露見し、その形成過程に目を向ける私たちは、それを(自我における)反動形成による抑圧と記述することになる。」(岩波版27頁、下線は引用者)

 ふつう抑圧と訳されるのは「Verdraengung」ですが、ここは「Unterdrueckung」なので訳し分けるべきで、ここでは「禁圧」ぐらいにしておきましょう。また「目を向ける」の部分には「konstruieren」が使われていますので「構築する」としておきますが、辞書によればこれはいくぶん創作的な組み立てを指して用いられるようで、「でっち上げる」に近いニュアンスがあるようです。

「ただ、情愛が過度で強迫的であることから、この態勢が唯一存在するものではなく、その対立物を禁圧し続けるように見張っていることが私たちには露見し、その形成過程を構築する私たちは、それを(自我における)反動形成による抑圧と記述することになる。」(代案、下線は変更箇所)

 次です。以下に引用する箇所あたりから何頁かは、現在、現在完了、過去、過去完了が使い分けられて事態の前後関係を明示しているのですが、訳文では思い切って(?)簡略化されています。それでも原文の意味はおおよそ通っているのですが、以下はそうでない箇所の例です。

「ハンスは一頭の馬が倒れ、彼と一緒に「馬ごっこ」をしていた遊び仲間が落ちて怪我をしたのを見たことがある。」(岩波版28頁、下線は引用者)

「ハンスは一頭の馬が倒れ、かつて彼と一緒に「馬ごっこ」をした遊び仲間が落ちて怪我をするのを見たことがある。」(代案、下線は変更箇所)

 次もハンス症例についてですが、「mitgeborenen Spuren」という表現の意味について私は少々違う解釈をしました。

「この情動的反応を神経症とするのは唯一、もう一つの特徴、つまり父親が馬によって代替されていることである。この遷移がつまり、症状という名で呼ばれることを求めるものを作り上げている。これは、両価性葛藤を反動形成の助けを借りずに解決へともたらす別の機制である。これが可能に、あるいは容易になるのは、トーテミズム的な思考様式と共に生まれた痕跡が、この感受性の強い年齢においてはまだ簡単に甦らせることができる、という事情による。」(岩波版28-9頁、下線は引用者)

「この情動的反応を神経症とするのは唯一、もう一つの特徴、つまり父親が馬によって代替されていることである。この遷移がつまり、症状という名で呼ばれることを求めるものを作り上げている。これは、両価性葛藤を反動形成の助けを借りずに解決へともたらす別の機制である。これが可能に、あるいは容易になるのは、持って生まれたトーテミズム的な思考様式の痕跡が、この感受性の強い年齢においてはまだ簡単に甦らせることができる、という事情による。」(代案、下線は変更箇所)

 次に移ります。退行的な表現による歪曲についての文脈からです。

「もちろん性的な蠢きは、それが口唇的なリビード編成からサディズム的なリビード編成への移行が克服された時期の言語において表現されるならば、もはやその情愛的意図をあらわにすることがなくなる。」(岩波版31頁、下線は引用者)

 訳文どおりの「移行が克服された時期」とは、患者が大人になった現在に他ならないわけで、こんなややこしい言い方をする必要はありません。原文を見ると少々ニュアンスが違うようです。

「もちろん性的な蠢きは、それが口唇的なリビード編成からサディズム的なリビード編成への移行期という、[すでに]克服された時期の言語において表現されるならば、もはやその情愛的意図をあらわにすることがなくなる。」(代案、下線は変更箇所)

 次は狼男の有名な夢について言及される箇所です。フロイトは、彼の夢が去勢に言及していることは明らかであって、その後の推論の根拠ともなりうるものと考えているようです。

「狼に食われるというロシア人の不安観念には、なるほど去勢への示唆は何も含まれておらず、口唇的退行によってファルス期から遙かに遠く隔たってはいる。しかし、彼の夢の分析には、他のあらゆる証拠は不要なものであることを示している。」(岩波版35頁、下線は引用者)

「狼に食われるというロシア人の不安観念には、なるほど去勢への示唆は何も含まれておらず、口唇的退行によってファルス期から遙かに遠く隔たってはいる。しかし、彼の夢の分析さえあれば、他のあらゆる証拠は不要である。」(代案、下線は変更箇所)

 最後です。 

「不安が抑圧されたリビードから生じることは決してない。かつて私は、抑圧の後、リビードの予期された発現に取って代わり、ある一定量の不安が現れる、と言うだけで事足れりとしたが、今日それを何ら撤回する必要はないだろう。この記述は正しいのであり、抑圧されるべき蠢きの強さと、その結果として生じる不安の強度との間には、確かに私が主張したような対応がある。しかし告白すると、私はそこで、単なる記述以上のことを明らかにできると考えていた。」(岩波版36頁)

 2文目は接続法の文ですから反実仮想でしょう。これを受けて「しかし告白すると・・・」と続けられています。下の代案と比べてみてください。

「不安が抑圧されたリビードから生じることは決してない。もしも、かつて私が、抑圧の後、リビードの予期された発現に取って代わり、ある一定量の不安が現れる、と言うだけで事足れりとしていたのなら、今日それを何ら撤回する必要はなかったであろう。この記述は正しいのであり、抑圧されるべき蠢きの強さと、その結果として生じる不安の強度との間には、確かに私が主張したような対応がある。しかし告白すると、私はそこで、単なる記述以上のことを明らかにできると考えていた。」(代案)

 あと、単語レベルで二箇所、27頁3行目の「不安の予期」は「不安な予期」ですし、30頁最終行の「性的な蠢き」は「性的な興奮」です。

 この章では、「Repraesentanz」に「代理表現」「表象代理」「代理」といくつかの訳語が当てられていることや、「Umsetzung」「Umwandeln」「Verwandeln」「Wandeln」などの語が「置き換え」「転換する」「転化する」「変える」などと訳し分けられていますがそのいくつかは私がフロイトを読んできて感じるニュアンスとずれている点が気になりましたけれど、誤りというわけでもありませんので全てを指摘することはしませんでした。ただ少なくとも、「Umsetzung」(訳文では「置き換え」)の箇所には全て「変換」が良いと思いますし、「Verwandeln」(訳文では「転化する」)は、(カフカの『変身』のタイトルでもあるように、見かけが変わることですから)「変貌する」が良いと私は思っています。

1925-28年 否定 制止,症状,不安 素人分析の問題 (フロイト全集 第19巻)

フロイト (著), 加藤 敏 (編集)

出版社: 岩波書店 (2010/6/26)

« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第3章 | トップページ | フロイト全集14から『喪とメランコリー』 »

フロイト」カテゴリの記事

フロイト全集(岩波書店)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章:

« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第3章 | トップページ | フロイト全集14から『喪とメランコリー』 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ