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2011年4月15日 (金)

病識にまつわる誤訳をもう少し

 前回、ヤスパース『精神病理学総論』で病識について述べられている箇所の誤訳について述べました。

 このほか病識論をあちこち拾い読みしてみますと、なぜかこのテーマは誤訳を招きやすいのか、次のような箇所も目につきました。

 治癒についてよく論議された基準は病識である。自分自身、発症中の妄想、態度を病的な現象であると述べる人々、かくしかじか治療されねばならぬということを理解し、しかも医者や精神病院に対し感謝している人々は、理由なしには簡単には治ったとはみなされない。他方その反対はかなり持続する病気の確実な徴候である。(E.ブロイラー『早発性痴呆または精神分裂病群』医学書院301頁。太字による強調は原文による。下線は引用者が付した)

 治癒についてよく論議された基準は病識である。自分自身、発症中の妄想、態度を病的な現象であると述べる人々、かくしかじか治療されねばならぬということを理解し、しかも医者や精神病院に対し感謝している人々が、治ったと簡単にみなされるのは、理由のないことではない。他方その反対はかなり持続する病気の確実な徴候である。(代案、下線は変更箇所)

 想像するに、訳者はここで、「治癒したのなら治療を求める必要はないはず」と考えて意味をひっくり返してしまったのかもしれません。しかしこの前後の文脈を読めば分かりますが、ブロイラーはここで完全な治癒を想定していないようです。

 次はまたもやヤスパースです。

妄覚に関する正しい実在判断は『病識』という言葉で総括されるものの一部を表わしている。病識はあらゆる現象が客観的に無意味であると正しく判断することを意味し、妄覚は外部の原因で引き起こされるだけでなく、また声も動機がなく、妄想観念にも根拠がなく、病的な意思欲求も目的にかなっていないなどということを意味する。なお病識はその上これらすべての現象がある疾患であると判断することを意味し、またこの点で文化水準と関係があり、疾患とは何であり、何がその原因であるかなどに関する見解とも関連がある。(ヤスパース『精神病理学研究2』63頁。下線は引用者が付した)

妄覚に関する正しい実在判断は『病識』という言葉で総括されるものの一部を表わしている。病識はあらゆる現象が客観的に無意味であると正しく判断することを意味し、妄覚は外部の原因で引き起こされていないと判定するだけでなく、また声も動機がなく、妄想観念にも根拠がなく、病的な意思欲求も目的にかなっていないなどということを意味する。なお病識はその上これらすべての現象がある疾患に属すると判断することを意味し、またこの点で文化水準と関係があり、疾患とは何であり、何がその原因であるかなどに関する見解とも関連がある。(代案。下線は変更箇所)

 ここの一つ目の下線部は、またしても真逆の意味になっていますが、ここは単なるケアレスミスのようでもあります。

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コメント

御勉強進んでおられるようで、いつも感心しております。ヽ(´▽`)/
管理人様の原著にこだわる理由、浅学な私にもよくわかります。

私の方は世事に惑わされ、語学、精神医学共に一向に進歩いたしません。

精神科の初心に帰って濱田秀伯先生の精神病理学や、DSMケースブック等で1年を送りました。
博学な先生、H.hy、ブロイラー辺りは如何でしょうか?

ブロイラーについては今のところ拾い読みですが私はシュナイダーの統合失調症論よりもブロイラーの方がしっくりきます。フランスでは今も基本的にはブロイラーの統合失調症概念です。陽性症状で統合失調症を診断することはありません。
エーについて私はどう読んでよいかいまだによくわからず手をつけられません。でも今後私の成長によりエーとの関係が改善していく可能性はありそうですが。私にとってはビンスワンガーと並んで今のところ全く興味をひかれない理論家の一人です。

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