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2011年4月 6日 (水)

引き続き病識について

 前回、ヤスパースのいう「病識」の概念では、患者が自らの病的体験についてリアルタイムで洞察することが必要かもしれないと書きました。

 ところが、精神医学の日本語文献を読んでいると、「病識」を論じる際に、すでに過ぎ去った病気に対する洞察を重視する考え方を採っているものが散見されます。

 その理由は、ひょっとすると、ヤスパースの『精神病理学総論』で病識について論じられた箇所(病識を扱う際には必ずといってよいほど引用されるところです)のなかの以下の部分の誤訳が影響を与えているのかもしれません。前回引用した、「病識」とは患者が自らの体験や病気に対して取る「構え」の問題であるという箇所の少し後ろの一節です。

患者の病像全体について誤りを犯さず知るためには、急性精神病の最中における患者の構えを見ることにも増して、経過が終わった精神病に対する彼の構えについて彼が述べる判断の内容から -この内容に欺かれやすいのであるが- 真実に達することが肝要である。 (ヤスパース『精神病理学総論中巻』岩波書店181頁)

患者の病像全体について誤りを犯さず知るためには、彼が述べる判断の内容 -この内容に欺かれやすいのであるが- を通り抜け、本当の構えにまで達することが肝要である。これは、急性精神病の最中にも増して、経過が終わった精神病に対する構えについて、より一層重要な注意点である。(代案)

 ここでいう「本当の構え」とはもちろん、前回引用した箇所、「人格が自らの体験動態に対し、観察し判定しながら向かう時にはじめて、本来の意味での構えの取り方が問題となってくる。」(岩波版176頁)を受けての表現です。岩波版は、経過が終わった精神病に対する構えを重視すべきであるかのような誤解を与えています。

 もうひとつ、我が国の論者が「病識」を検討する際に過去の体験への洞察を重視するようになった要因かもしれないと思われるのは、クレペリンの『精神医学』の教科書です。この本で「病識」という見出し付きで比較的明瞭に書かれている箇所が、精神疾患の転帰を論じた章に含まれているからです。

病識 回復が起こったという、認めうる症状の消失以外のもっとも重要な印は、克服した病気の病的な性質の洞察と、それと共に大抵、享受した治療や看護に対するある程度の感謝の出現である。その洞察はたしかにまさしく、回復しつつある患者が自分の精神生活の病的変化を何か異質のものと感じていること、別の言い方をすれば、彼が病前の健常な日々に立っていた判断の基盤に立ち返ったことを保証してくれる。病識の欠如は常に、精神障害中に蓄えられた経験を正しく判断することの不能を示唆する。(以下略)(クレペリン『精神医学総論』みすず書房240頁)

 これは、巻末索引で「病識」を引いて探せる箇所の中でも、最もまとまった論が読めるところでもあります。

 ここは、精神疾患の転帰の文脈のなかで、病識を治癒の指標として述べた箇所ですから、当然のことながら過去の体験への洞察について述べられています。

 しかしクレペリンは、進行中の病気に対する洞察についても、『精神分裂病』の巻で「病識」という語を用いています。ただ、残念ながら、それらは病識について主題的に述べた箇所ではなく、また巻末索引でも引けませんから、目立たない箇所にすぎません。

『(・・・)幻視もまぼろしもずっとありますが、これも皆霊媒の意図と私の想像力のために起こります。まぼろしは目を閉じたときにだけ現れます』。ここには病識と被影響感の奇妙な混合、ことに心の自由性喪失の感じがあることに注意されたい。(以下略)(クレペリン『精神分裂病』みすず書房19頁)

 ある程度の病識さえしばしば存在する。患者は自分の妙な行動を愚行だといい、自分は実にばかだという。精神病かと質問すると、ある患者はこう言った、『ええ、もちろんです、利口ならこんなことはやりません』。ある女の患者は、緊張病性運動常同が著しく現われていたが、こう言った、『私はこんなばかな運動をずっとやらなけりゃならないのです、だけどあんまり簡単すぎます』(以下略)(クレペリン『精神分裂病』みすず書房149頁)

 以上のように、精神病理学に大きな影響を与えたヤスパースとクレペリンの二大教科書といえる書物の翻訳が、一部の論者の「病識」概念に強く影響し、過ぎ去った病気への洞察を重視させたのではないかと想像しています。

精神医学総論 (精神医学 6)
エーミールクレペリン , EmilKraepelin , 西丸四方 , 遠藤みどり 出版社: みすず書房 (1994/01)

Psychiatrie: Bd. Allgemeine Psychiatrie 
EmilKraepelin
出版社: Nabu Press (2010/01)

 

出版社: みすず書房 (1986/01)

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