« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月28日 (土)

コンラート『分裂病のはじまり』(2)

 症例ライナーの検討を続けます。

 この症例は、ナチ時代のドイツで帝国勤労奉仕団という組織に入隊し、戦地・占領地で土木作業などを行ううちに統合失調症を発症した人物です。

 彼は、隊の中で自分が昇進することになっているという噂が流れて周囲から憎まれているという妄想を持ち、さまざまな被害を(病的に)体験します。そうしたなか、彼は病院に移送され、コンラートに診察を受けるのですが、そのころ彼はすでに自分が体験したことについて自ら妄想的に解釈しなおしており、これまで自分は軍幹部候補生に昇級するにふさわしい人物かどうか、様々な脅威を与えられ反応をテストされていたのであって、単に危害を加えようという悪意でもって狙われていたのではない、と考えるようになっていました。彼の妄想にはこのように二つの段階があって、彼が病歴を振り返る際には、初期の妄想を語っている途中に、後から付け加えた解釈が混じることがある(たとえば病歴の六節)ので、なかなか見通しがつけづらいところがあります。ちなみに、病歴を語っている時期と同じ妄想が現れるのは、八節から九節あたりの次期です。

 加えて、この症例を通じて訳語の統一性がいまひとつなのが、この見通しの悪さを増幅していると思います。

今の彼の納得の仕方は、帝国勤労奉仕団の期間は単なる準備期間であって、国防軍幹部候補生課程へ行けるかどうか試されていたのにちがいないということである。(16頁・病歴六節)

国防軍幹部候補生のテストであるのは彼には自明のことであった。(17頁・病歴九節)

今となっては、軍医も彼の反応力を調査するためのたくらみの一部にすぎなかったということがわかると彼は私に言った。(20頁・病歴一七節)

「全部が、自分の注意力と理解力をためすためです。」(29頁・病歴四一節)

 こうして並べてみれば同じ事態を指していることがよくわかりますが、症例記録の中に散りばめられているとなかなかわかりづらいものです。以上の箇所はみな同じ語「pruefen/Pruefung」が用いられています。なお、引用した箇所以外にも、この症例の病歴に出てくるたくさんの「試す」「テスト」といった語はみな原文ではこの同じ語です。全部「テスト」にするのがいいと思います。

 次も訳語の不統一の問題です。面接時に、患者と振り返りながら、妄想内容の真偽について共に検討している箇所です。

〈監視の目的は何だろうねという問いに対して〉「全部が、自分の注意力と理解力をためすためです」〈全然疑問はないの?〉「最初は疑っていましたが、ああいうこと全部を体験した今では疑いの念は消えてしまいました。」(29頁・病歴四一節、下線は引用者)

彼の体験の現実性に疑いを抱かせようとさらに試みたところ、彼がそんなことは聞きたくないと思っていることがますます明らかになった。ある時、彼は次のように言った。「どうか二度とこの恐ろしい(自分の妄想に対する-訳者)疑惑に私を陥れないでください。」(31頁・病歴四四節、下線は引用者)

 上の二つの引用部分の下線部は全て同じ語「Zweifel」です。やっかいなのは、第一章四節(84頁)では、Misstrauen(直訳すればむしろ「不信」でしょう)を「疑惑」と訳していることで、そこでは妄想患者が周囲に対して抱く「疑惑」「疑心暗鬼」を指して用いられています。一方、上に引用した二箇所では、「Zweifel」という語は「患者が自分の信念に対して抱く懐疑」という意味で用いられているので意味的にも逆になっています。こうした点も鑑みれば、両者の訳語をしっかりと区別し統一するべきであって、そうしていれば、31頁のように訳者による補足を入れる必要もなかっただろうにと思います。

 次は、特定の語ではなく、患者が語った一連の内容を検討しなおす際の不統一です。

空き地に歩兵がいた。そばを通り過ぎる、まさにその時、歩兵はいっせいに銃を執って構えの姿勢をした。それは「しっかりせよ」の意味だった。(18頁・病歴一一節)

われわれの症例ライナーが、練兵場で兵士たちが行っていた執銃訓練が「しっかりしろ」という叱咤を意味していることを知ったのも、この様式によってであった。(42頁)

演習中の部隊の「しゃちこばった執銃訓練」は「がんばれ!」を・・・意味するのである。(124頁)

執銃訓練はピリッと張り詰めた緊張、兵隊らしさ、肩肘張りという性質とならんで、「がんばれ!」という、人を激励する「特性」をも持っている。(124頁)

 これらも、このように並べてみれば同じ事態を指していることが明瞭に分りますけれども、書物の中では多くのエピソードの中に散らばっているので、同じ事態を指していると気づくことはなかなか困難です。

 まず、18頁で「空き地」と訳されている「freien Platz」ですが、辞書を見ると「広々とした場所」です(一方で、「空き地」を和独で引くとこの表現は出てきません)。これに対応するのは42頁の「練兵場」で、原文で「Exerzierplatz」で、同じ「platz」という語を含んでいます。(2つめの「練兵」と3つめの「演習」は原文で同じ「exerzieren」ですから2つめの「練兵場」も「演習場」とすべきと考えますので)18頁も「ひろびろとした演習場」とすればわかりやすいのではないでしょうか。

 18頁で「銃を執って構えの姿勢をした」は原文で「einen bestimmten Gewehrgriff machen」です。「Gewehrgriff」は、ふつう複数では「執銃訓練」という意味になるようですが、この4箇所ではいずれも単数ですし、18頁は不定冠詞と形容詞「bestimmt」が付せられていますから、「ある特定の銃の構え方」とみるべきでしょう。42頁、124頁も「銃を執った構え」で統一してはどうでしょうか。

 さらに、上の4つの引用箇所の「しっかりせよ」「しっかりしろ」「がんばれ!」は、いずれも「sich zusammennehmen」です。辞書では命令形で「しっかりしろ」「気を付けろ」が載っています。なお42頁の「叱咤」に当たる語は原文にはありません。

 他にも、3つめの「しゃちこばった」と4つめの「肩肘張り」という表現も原文で同じ語「Zackikeit」ですので統一すべきでしょう(なお、これとの関連を考えれば、先に検討した18頁の「bestimmet」も、辞書では二番目の意味「きっぱりした」「断固たる」と解したほうがいいかもしれません。

分裂病のはじまり―妄想のゲシュタルト分析の試み 

出版社: 岩崎学術出版社 (1995/03)

 訳語レベルの訂正はこの程度にして、次回からは構文などの誤りを取り上げていこうと思います。

2011年5月25日 (水)

コンラート『分裂病のはじまり』

 統合失調症を病的体験から診断しようとする立場を取る精神病理学者で有名なのはなんといってもヤスパースとシュナイダーでしょうが、コンラートも日本でよく読まれてきた学者の一人です。

 さいきん、病院内の学習会に使うためこのコンラートの有名な本『分裂病のはじまり』を読み直しました。ちなみにこの本の原書も勤務先病院の図書館に眠っていたので簡単に参照することができて助かりました。

 この本は典型的な一症例のやや詳しい記載からはじまっており、これが「症例ライナー・分裂病シュープの教示例」と題された一章をなしています(読者を飽きさせるほど過剰に詳細ではないのがこの本の良いところです)。そこでは、ナチ時代のドイツで帝国勤労奉仕団という組織に入隊し、戦地・占領地で土木作業などを行ううちに統合失調症を発症した人物の発症から退院までの病歴が紹介されています。

 まずはこの症例の翻訳で気になったところを挙げてみようと思います。全文を原書と比較したわけではないですけれど。

 この駐屯地で彼がそれも彼一人だけが選ばれて団幹部になるらしいと言う「噂」が声となって聞こえてきた。この噂は「自分の行くところはどこでもまわりで囁かれていた」(邦訳15頁)

 最後のカギ括弧内は、原文では一語、「herumgesprochen」です。「広まっていた」ぐらいでしょう。上の訳だと、かなり進んだ妄想になっているかのように読めてしまいます。

 次です。

ある日、演習の休止中に、パンを入れた袋が乱雑に積まれていた。団上級幹部の班長が彼に「整頓しろ。貴様の責任だぞ云々」と言った。これは彼の昇進に対するあてこすりであった。(邦訳15頁)

 ここの訳が問題なのは、あとで考察のために引用されるときにはぜんぜん違う表現に翻訳されているのでなかなか対応がみえづらいからです。それは次の箇所です。

糧嚢に対して対して隊指導者がかくかくの発言をしたという話自体にアポフェニー的体験の匂いがする。(邦訳43頁)

 13頁の「パンを入れた袋」が43頁の「糧嚢」と同じ語(Brotbeutel)ですし、「団上級幹部の班長」(Truppfuehrer)は「隊指導者」と訳されている語(Obertruppfuehrer)の一部分で、同じ人物を指しているようなんですが、訳本を読んだだけでは対応関係が非常に分かりづらいところです。

 この症例の翻訳についてはまだ何回か取り上げてみようと思います。

 とはいえこの本全体はすらすらと読みやすいし、日本の精神病理学者の普通の考え方に近そうなので、すべての精神科医向けの良い本と思います。

 いま気づきましたが、これが出たのは95年なんですね。その数年後に私が精神科医になったころ、周囲ではかなり広く共通の知識として話題にされていたので、もっと古い本と思い込んでました。旧訳もあったせいかもしれませんけれど。
(この本の翻訳について、記事をアップした時点ではもう一か所取り上げていましたが、私の方が勘違いしていることにすぐ気付いたので当該部分を削除いたしました。その数時間の間にご覧になった方がおられたら申し訳ありませんでした)

心のケアチームの評価

 震災後に被災地に派遣された心のケアチームについての新聞記事などをよく目にするのですが、派遣されたチームのメンバーが語っている記事は多いものの、現地でどう思われているのかという記事は新聞やネットにほとんどありません。たまたま目にした記事には、アンケートを配ってデータを取ろうとして被災者の反発を買った心理カウンセラーについて批判的に書かれていたりもしました。まして、心のケアチームが現地で感謝されているという記事を私は見たことがありません。そこでネットで『震災 こころのケアチーム 感謝』などを検索ワードに調べてみると、まあ感謝の声が全くといっていいほど現地から上がっていないことがわかります。一方で、検索ワードを『心のケアチーム』から『医療チーム』とか『ボランティア』に変えると感謝の声がたくさん出てくるんですけども。

 心のケアチームの活動が、疾患の予防とか早期発見にどれだけ効果があったのかの医学的評価は、そもそもデータの取りようがないようにも思われますし、コスト対効果を考えると非常に微妙なところでしょう。そのうえ、ここまでの活動の短期的・対症療法的効果が、現地で実感されて感謝されるほどではないとなると、各県がかなり苦労して今もチームを派遣し続けている作業が報われない気がしてきます。

 それでも何らかのお役に立っていると考えるための希望的な仮説として考えられるのは、“正常範囲の変化を示す被災者の方々にはまず他県からのチームが対応することで、少しでも現地の精神科スタッフが緊急性の高い患者に専念できるようにすること”といった間接的な効果でしょうか。

2011年5月15日 (日)

ホームページ更新しました

 このブログの親ホームページを更新しました。

 http://homepage3.nifty.com/freud/

 トップページには、ラカンがセミネール8巻で言及しているヤコポ・ツッキの絵を入れたり、いままでよりはかなり見栄えよくなった気がします。同時に、当ブログで続けてきた岩波版フロイト全集の翻訳の検討から、17巻18巻の正誤表を再録しました。ぜひいちどご覧ください。

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ