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2011年5月25日 (水)

コンラート『分裂病のはじまり』

 統合失調症を病的体験から診断しようとする立場を取る精神病理学者で有名なのはなんといってもヤスパースとシュナイダーでしょうが、コンラートも日本でよく読まれてきた学者の一人です。

 さいきん、病院内の学習会に使うためこのコンラートの有名な本『分裂病のはじまり』を読み直しました。ちなみにこの本の原書も勤務先病院の図書館に眠っていたので簡単に参照することができて助かりました。

 この本は典型的な一症例のやや詳しい記載からはじまっており、これが「症例ライナー・分裂病シュープの教示例」と題された一章をなしています(読者を飽きさせるほど過剰に詳細ではないのがこの本の良いところです)。そこでは、ナチ時代のドイツで帝国勤労奉仕団という組織に入隊し、戦地・占領地で土木作業などを行ううちに統合失調症を発症した人物の発症から退院までの病歴が紹介されています。

 まずはこの症例の翻訳で気になったところを挙げてみようと思います。全文を原書と比較したわけではないですけれど。

 この駐屯地で彼がそれも彼一人だけが選ばれて団幹部になるらしいと言う「噂」が声となって聞こえてきた。この噂は「自分の行くところはどこでもまわりで囁かれていた」(邦訳15頁)

 最後のカギ括弧内は、原文では一語、「herumgesprochen」です。「広まっていた」ぐらいでしょう。上の訳だと、かなり進んだ妄想になっているかのように読めてしまいます。

 次です。

ある日、演習の休止中に、パンを入れた袋が乱雑に積まれていた。団上級幹部の班長が彼に「整頓しろ。貴様の責任だぞ云々」と言った。これは彼の昇進に対するあてこすりであった。(邦訳15頁)

 ここの訳が問題なのは、あとで考察のために引用されるときにはぜんぜん違う表現に翻訳されているのでなかなか対応がみえづらいからです。それは次の箇所です。

糧嚢に対して対して隊指導者がかくかくの発言をしたという話自体にアポフェニー的体験の匂いがする。(邦訳43頁)

 13頁の「パンを入れた袋」が43頁の「糧嚢」と同じ語(Brotbeutel)ですし、「団上級幹部の班長」(Truppfuehrer)は「隊指導者」と訳されている語(Obertruppfuehrer)の一部分で、同じ人物を指しているようなんですが、訳本を読んだだけでは対応関係が非常に分かりづらいところです。

 この症例の翻訳についてはまだ何回か取り上げてみようと思います。

 とはいえこの本全体はすらすらと読みやすいし、日本の精神病理学者の普通の考え方に近そうなので、すべての精神科医向けの良い本と思います。

 いま気づきましたが、これが出たのは95年なんですね。その数年後に私が精神科医になったころ、周囲ではかなり広く共通の知識として話題にされていたので、もっと古い本と思い込んでました。旧訳もあったせいかもしれませんけれど。
(この本の翻訳について、記事をアップした時点ではもう一か所取り上げていましたが、私の方が勘違いしていることにすぐ気付いたので当該部分を削除いたしました。その数時間の間にご覧になった方がおられたら申し訳ありませんでした)

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