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2011年6月

2011年6月30日 (木)

ヤスパースの妄想定義ですが(2)

 前回の話題を受けて、ドイツ語圏の文献の翻訳本をいくつかめくって、主に巻末索引ではありますが「妄想」や「ヤスパース」に関する項を探してみました。すると、妄想について「非常な確信」その他の標識をあげている箇所はあっても、そうした定義づけがヤスパースに由来すると書いてある本はありませんでした。そうすると、日本で過去数十年にわたって「ヤスパースが妄想を定義した三特徴」と語られてきたという事実は、日本精神病理学のガラパゴス化現象だったのかもしれません。

 見つけた範囲ではひとつだけ、ドイツ語圏ではSpitzerが自らの妄想定義を述べた本で、自論を展開する際の比較対象としてこの三特徴が挙げられており、批判対象というか踏み台として使われていますが、そこではヤスパースが主張した三特徴とまとめられていました。まあそういう目的にはビッグネームを挙げた方が都合が好さそうではあります。

 面白いと思ったのは、邦訳も出ているテレToelleの教科書『精神医学』の「妄想の基準」の項です。

妄想の基準
 妄想の診断のためには、明らかな錯誤、誤った判断形成、あるいは奇妙な確信だけでは十分ではない。というのは本当に病的なものは、内容ではなく、体験内部における意味づけであり、自己-関係性だからである。これはすでに、妄想の古典的定義の中に示された。つまり病的な自己-関係づけkrankhafter Ich-Bezug(Gruhle)、病的に自己に関係づけた誤謬krankhafter ichbezogener Irrglaube(Kehrer)、異常な意味意識abnormes Bedeutungsbewusstsein(Jaspers)などである。しかしこれらは妄想の一面しかとらえていない。(邦訳168頁)

 「明らかな錯誤、誤った判断形成、あるいは奇妙な確信」は、普通ヤスパースが挙げたとされる3特徴の言い換えですが、この項ではそこにヤスパースの名前は出てきません。そして、それらの特徴は「十分ではない」とされて、「妄想の古典的定義」として、先の三特徴とは違った考え方を紹介しているのですが、そこに初めてヤスパースの名前が挙げられているわけです。これはヤスパース本人の書き方に忠実で信用できる記載です。

 さて、ここで挙げられた「意味意識Bedeutungsbewusstsein」は(ざっと見たところヤスパースの『原論』には見当たらず、『総論』にみつかります)、ラカン用語に翻訳すればひとこと「シニフィカシオン」でよさそうで、上記の「妄想の基準」の項やヤスパースの精神病論はそのままラカンの枠組みでも考えられそうな気がします。まあ上の定義では、「病的」とか「異常」とは何か、ということこそ問題にすべきですし、そこはむしろラカンで考えたほうが良さげな気がします。

精神医学 
R. テレ、飯田 真、大橋 正和、 市川 潤
出版社: 西村書店; 第7版 (1991/08)

2011年6月25日 (土)

ヤスパースの妄想定義ですが

 さいきん周囲の若手医師たちが、ヤスパースの『精神病理学原論』の日本語版での輪読会を行っているので、私も出席しながらまたはじめから読み直しています。

 この本では、ヤスパースが妄想を定義したとされる部分が有名で、以前も取り上げました。

心理学の前置きのところで対象意識の形として知覚、表象、意識性と判断を区別した。病的な知覚と表象は大部分以上述べた。病的に誤られた判断は一般に妄想という。心理分析の場合には厳密に元来の体験とそれを基として物語るだけの判断とを区別しなければならない。(みすず書房版63頁、下線は引用者)

・・・今度は誤られた判断、妄想に移ろう。妄想とはごく漠然と、誤った判断を皆そういうのであって、互いにはっきり区別がつくとは限らないがかなりの程度に次の三つの外面的な特徴を持つ。一 非常な信、何ものにも比べられない主観的な確信。二 経験上こうである筈だとか、こうだからこうなるという正しい論理に従わせることができない。三 内容がありえないこと。しかしこのような客観的な外面的な特徴の背後に立入って妄想の心理学的な性質をもっと深く見ると、まず二つの大きな分類ができる。その一つはわれわれにとって了解しうるごとくに、感情とか、あるいは妄覚のような他の体験とか、意識が変化したときの知覚界の疎外の体験から出てきたものであり、もうひとつは心理学的にそれ以上遡りえない、現象学的に究極のものである。前者を妄想的観念といい、後者を真性妄想という。(みすず書房版64頁、下線は引用者)

 今回気が付いたのですが、この本はヤスパース自らの精神病理学の考え方を紹介しているのでだいたい主語は「Wirわれわれ」で語られているんですけれども、下線部の主語はいずれも「Man」です。つまり、ここでヤスパースが言っているのは、妄想について世間では普通こう言われている、世間が言う妄想にはだいたいこういう特徴がある、ということに過ぎないのです。

 この部分は教科書や論文などに「ヤスパースによる妄想の定義」として紹介されていますが、そういうくくり方はちょっと不正確ではないかという気がします。

 ここらは妄想を体験と観念に分けるという点が重要でもあるのですが、この本の訳文では「Wahnideen妄想観念」という語をほとんど単に「妄想」と訳しています。そこらへんにも注意して、上の二箇所の代案を示しておきます。

心理学の前置きのところで対象意識の形として知覚、表象、意識性と判断を区別した。病的な知覚と表象は大部分以上述べた。病的に誤られた判断は一般に妄想観念といわれている。心理分析の場合にはわれわれは厳密に元来の体験とそれを基として表明される判断とを区別しなければならない。(代案。下線は変更点)

・・・今度は誤られた判断、妄想観念に移ろう。妄想観念とはごく漠然と、誤った判断が皆そういわれるのであって、それらは互いにはっきり区別がつくとは限らないがかなりの程度に次の三つの外面的な特徴を持つ。一 非常な信、何ものにも比べられない主観的な確信。二 経験上こうである筈だとか、こうだからこうなるという正しい論理に従わせることができない。三 内容がありえないこと。しかしわれわれがこのような客観的な外面的な特徴の背後に立入って妄想的観念の心理学的な性質をもっと深く見ると、そうした観念にはまず二つの大きな分類ができる。その一つはわれわれにとって了解しうるごとくに、感情とか、あるいは妄覚のような他の体験とか、意識が変化したときの知覚界の疎外の体験から出てきたものであり、もうひとつは心理学的にそれ以上遡りえない、現象学的に究極のものである。前者を妄想的観念といい、後者を真性妄想観念という。(代案。下線は変更点)

 ここで「妄想的観念」とされている語は、邦訳70頁では「妄想様観念」とされていますが、まあそれぐらいの不統一は読んでいけば大体分かるところでしょう。

精神病理学原論 
カール ヤスパース (著), Karl Jaspers (原著), 西丸 四方 (翻訳)
みすず書房; 限定復刻版 (1971/01)

Allgemeine Psychopathologie Ein Leitfaden Fur Studierende, Arzte Und Psychologen (1913) Karl Jaspers (ペーパーバック - 2009/11) 
出版社: Kessinger Publishing (2009/11)

 この前まで読んでいたシュナイダーの『臨床精神病理学』は、編者による解説部分が、内容がつまらないうえに長いし文章も読みにくくて閉口しましたが、どうにか惰性で読み終えました。誤植なのか、ドイツ語として成り立っていない(としか私のドイツ語力では思えない)文もあったりして、翻訳者の忍耐・苦労がしのばれます。

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2011年6月16日 (木)

コンラート『分裂病のはじまり』(5)

 この本について、これまでは冒頭の一症例の病歴の翻訳を検討してきましたが、今回は本全体からこまごまとした点を拾い上げていきます。

 ここでツットを引用してみよう。「他者のまなざしが自分に向けられ、観察され、尾行されているとある患者が感じる。ついには催眠をかけられていると考え、自分の動きまでが他者の影響を受けるようになる。彼の四方の壁はもはや他者の圧迫から彼を守る役に立たない。盗聴器が取り付けられている。彼の身体境界はもはや彼を保護できず、他の人の考えが声として彼の中に入ってくる-。この素描は、いわゆるパラノイア性の被害妄想のありふれた病像である。さらに、ここに素描した症候群は分裂病の大多数において程度の差はあれ明瞭にもれなく観察されるということを付け加えておきたい。・・・」(邦訳6頁、下線は引用者)

 下線部は原文では「パラノイド性の」ですから、例によってこれは「妄想型分裂病性の」という意味です。その直後の文に「分裂病の大多数において」とあるのは、パラノイドとの対比ではなく包含関係で、「妄想型に限らず分裂病ならばその大多数において」という意味でしょう。

 もうひとつ、163頁の「パラノイア的」の箇所も原文では「パラノイド」です。

 また、以下に並べる引用箇所で「妄想的」とされているのも全て原文で「パラノイド的」、つまり「妄想型分裂病的」という意味です。

そこの入院先の病歴によれば「当初は大きな動揺があったが、その後平穏な日が続いた。しかし、激しく妄想的であった」。(222頁、下線は引用者)

臨床の仲間うちの話し方では、これを、緊張病になるまでにかならず短期の妄想期があり、緊張病の解消後にも必ず短い妄想期があるという。これからも緊張病体験は妄想体験が一段階進んだものであることがわかる。(邦訳319頁、下線は引用者)

 邦訳223頁では「妄想型的」という訳語が用いられていますが、私としてはこれに統一すれば良かったように思います。ただし、原文で同じ『パラノイド』の語が用いられていても邦訳289頁の「異常人格者の類妄想体験」という箇所はそのままの訳がいいと思います。

 次の箇所に移ります。

 同類項には兵役忌避をテーマとする症例がまだまだあるが、あまりに画一的なので一例だけを取り出しておこう。
症例八一 患者の述べるところでは、体力がひどく弱って、もう軍務を遂行することができなかったということである。命ぜられたことは全部したつもりなのに、戦友たちは、私が兵役忌避者で、歩哨に立つのを嫌がっている。「君は兵役忌避者とみられているというが何を根拠にそういうのか」と問うと、「自分はけっして兵役忌避者ではないが皆がそう思っている」と答えるだけだった。(邦訳78頁)

 「兵役忌避」と訳されているのは「Drueckeberger」ですが、この語は辞書では、俗語で「(義務・責任などを回避する)卑怯者、逃避する者」、兵隊の用語として「(徴兵または勤務)忌避者」とあります。ここはすでに軍務に就いている兵士に対して言われているので、「勤務忌避者」か「卑怯者」ぐらいでいいんじゃないでしょうか。以前取り上げた「執銃訓練」の訳語もそうでしたが、訳者は軍隊という状況を翻訳の際に重視しすぎているように感じます。

 次です。

症例一一一(邦訳187頁)

 ここは棒が一本多すぎていて、原文は症例11です。内容的にも、邦訳198頁の症例一一の記載に重なります。なお、この症例では、自分の考えを他人が「私と同時に聞く」「盗み聞きする」といった表現が用いられていますが、いずれも原語で「mithoeren」であり(別の症例ですが193頁では「聞き取った」ともあります)、「傍聴する」ぐらいに統一できると思います。

 もうひとつ訳語の統一について触れておきますと、前回まで取り上げた本書冒頭の症例ライナーでは「テレパシー」という訳語が用いられていましたが、他の箇所では「思考が伝わる」(189頁)、「これは思考の転送みたいなものだと言った」(191頁)などと訳されていて一貫しません。なお同じ「転送」の訳語は197頁にも頻出しています。

 最後は以下の箇所です。

「私が手紙を書いていた時、あいつ(ある特定の患者)が私に一語一語読んで聞かせてきます。すべて文章として聞こえます。あいつは文章構成までも決めてしまうのです。直接声を出して聞かせるのではなくて、囁くような調子です。しかし、書いているものを覗き見ることのできる装置なんてあるはずがありません。それは思考を通してやってくるに違いないのです。先生にも今、私の考えていることが聞こえているのでしょう。考えるそばから言葉の節々からわかります」。患者の見たことは実に恐ろしいことであった。「私が読むと、それが話されます。まさに正確に話されるのが聞こえます。外のベランダでもそれが繰り返されています」。試しに、彼の前にテキストを置いてみると、著者がそれを先に盗み聞きしていると彼は信じていた。著者の目を見てわかったという。(邦訳198頁、下線は引用者)

 下線部は「gehen」ですので「向こうへ行く」ぐらいにしておきます。意味的にも、前の文からスムーズにつながります。

分裂病のはじまり―妄想のゲシュタルト分析の試み

出版社: 岩崎学術出版社 (1995/03)

 この本については今回で終わりにしましょう。

2011年6月10日 (金)

コンラート『分裂病のはじまり』(4)

 症例ライナーの翻訳の検討の最終回です。

 まず、前回取り上げるべきだったのですが、病歴のはじめの部分、妄想の発症前の箇所からひとつ。

(二)彼は班の最年長者であった。隊のフランス移駐以来、自分は特別の業績を期待されているように感じた。彼は持続的な緊張下にあった。彼の昇進がよく話題になったが、彼は自分は国防軍幹部候補生課程にならどんなにか大喜びで進んで申し出を受けるのになあと思った。(14頁、下線は引用者)

 下線部「彼の」は、原文にありません。ここはまだ妄想が発生していない時期であって、実際に周囲では昇進について話題になることがあったのでしょう。

 さて、今回は最後に紹介されている手紙についてみていきます。これはなかなか難解です。邦訳では以下のようになっています。

 拝啓 コンラート先生。皆様の善意を賜りまして、私を試験的に人間界に放ちやってくださいましてから、ほぼ三週間が経ちました。国防軍病院退院後の私の感じましたことをまあ先生、書かせていただきたいです。最初は、かねてまったく正しく予想していた通りでして、すごく人が信用できず、いたるところにスパイの気配を感じました。しかし、第二、第三日にはすでにそれは収まりまして、今日は、先生に、完全にそのような感じから抜け出たと、本心から保証できるのが嬉しいです。ですが、これを以て、国防軍病院入院前から入院中にかけて(国防軍病院時代を思い出すと憎しみあるのみです)一種の監視をされていたという主張を撤回するつもりはありません御依頼されました追跡調査と観察にもとづきまして、今私は、自分の仮説を深く追求しすぎたのであると結論いたします。めったにない事態が起こりまして、めったにないだけに大変なことだと思いますが、私の手に余りますことがありますれば、先生の御意見に本心から従うことにしたいと存じます。今、私はある謎に直面しており、これを頭から払いのけることができません。
 末筆ながら、私の最大の敬意をお受け取りください。先生を偉大な医師として、さらに偉大な人間としてつねに尊敬しております。もっとも、先生の医師としてのご援助はこれでお断りいたします
敬具(33頁・下線は引用者)

 コンラートは後ろの頁でこの手紙について次のように触れています。

結局、彼から来た最後の手紙(四八項)から、ほぼ完全に妄想の訂正が得られたことがわかる(ここのコンラート先生はあまいと思う -訳者)。しかし、これは退院後のことであった。(239頁)

 ここでは『ほぼ完全に妄想の訂正が得られた』とは書かれているものの、上の手紙を訳文で読んだ限りでは、なぜそう言えるのか理解困難ですし、そもそも意味が取りづらいのです。このわかりにくさを解消するため、手紙の原文に当たって、なんとか『妄想の訂正が得られ』ているという線で読めないか考え直してみましょう。

 ざっとみたところ下線部の前までは問題なさそうです。下線部のはじめの二文は次のようです。

ですが、これを以て、国防軍病院入院前から入院中にかけて(国防軍病院時代を思い出すと憎しみあるのみです)一種の監視をされていたという主張を撤回するつもりはありません。御依頼されました追跡調査と観察にもとづきまして、今私は、自分の仮説を深く追求しすぎたのであると結論いたします。
Ich will damit jedoch meine frueherer Behauptung von einer Beobachtung vor und waerend meiner Lazarettzeit, an die ich nur mit Hass denke, nicht  nicht widerrufen. Auf Grund einiger angestellter Nachforschungen und Beobachtungen bin ich nun ueberzeugt, dass ich in meinen Annahmen viel zu weit gegangen war.

 「Beobachtung」という語には、「監視」「観察」の両方の意味があって、どちらの訳語を用いるかでニュアンスが変わってきます。訳本全体ではほとんどの箇所で「監視」ですが、同じ症例ライナーの病歴でも19頁や20頁では「観察」と訳されています(『多くの人たちが入れ替わり立ち替わり彼を観察に来た』『皆は彼を観察するためにいるのであった』)。上の箇所でも、はじめの二文の両方にこの語が出てきていますが、後者はライナーが退院後に行った『観察』を指しており、訳者は二箇所をそれぞれ『一種の監視をされていたという主張』『御依頼されました追跡調査と観察にもとづきましてと訳し分けています。

 そもそもライナーの妄想は、「自分は監視・観察されている」というだけにとどまらず、あらゆる事が自分を中心に起こっていると考えており、自分は昇進に適切かどうか試されているとか、自分が行く先々の人も物も予め仕組まれ準備されていたとかいう妄想で修飾され、人物を誤認することもありました。ところがこの手紙では、それらの修飾部分については触れられておらず、「監視・観察」についての主張のみとなっています。ところで、軍隊が新参者や挙動不審な隊員に対してある程度の観察・監視をしたり、精神病院が患者を観察・監視するのは当然のことともいえます。この一文だけを読むと、ライナーがどの程度の監視・観察を念頭に置いて書いていると受け取ってよいか決められないという気がします。

 次の文ですが、「anstellen」は、「(調査や観察を)する」という機能動詞ですので、「御依頼」うんぬんの箇所は、「(私が)おこなったいくつかの調査と観察に基づいて」というのが正しいです。そして「深く追求しすぎた」のは過去完了ですので訳文にはそのニュアンスも必要です。「追求しすぎてしまっていた」といったところでしょうか。「ueberzeugt」は「結論した」というより「確信した」です。代案は『[私が]おこなったいくつかの調査と観察に基づいて、今私は、[以前は]自分の仮説に深くのめり込みすぎてしまっていたと確信しております』としておきましょう。

 手紙に戻って、次の文に進んでみましょう。

めったにない事態が起こりまして、めったにないだけに大変なことだと思いますが、私の手に余りますことがありますれば、先生の御意見に本心から従うことにしたいと存じます。
Wenn ich nicht an einige wenige Umstaende, die aber um so schwerer wiegen, mich halten koennte, ich wuerde mich wahrhaftig Ihrer Meinung anschliessen.

 「sich an...halten」は「頼る」「従う」「依拠する」「尊重する」「すがる」などですから、接続法二式の反実仮想のニュアンスも生かして、『もしも、わずかながらの状況に依拠[して判断]することはよろしくないとすれば -だからなおのことその状況は大事なのですが-』としておきます。

 次の下線部です。

先生を偉大な医師として、さらに偉大な人間としてつねに尊敬しております。もっとも、先生の医師としてのご援助はこれでお断りいたします。
Ich sehe in Ihnen immer den grossen Arzt und Menschen, obwuhl ich Ihre aerztliche Hilfe verweigert habe.

 この文の後半は現在完了です。なので文の順序をひっくり返して、『先生の医師としてのご援助をすでにお断りいたしましたとはいえ、先生を偉大な医師として、さらに偉大な人間としてつねに尊敬しております』という感じでしょうか。

 そして最後の「敬具」の箇所は、「Ihr dankbarer」で、つまり文字どおりには『先生に感謝して』です。ちなみに「敬具」を和独で引いてもこれは出てきません。

 結局、あいまいなところもたくさん残っていますが、代案は次のようになります。変更箇所には下線を付しました。

 拝啓 コンラート先生。皆様の善意を賜りまして、私を試験的に人間界に放ちやってくださいましてから、ほぼ三週間が経ちました。国防軍病院退院後の私の感じましたことをまあ先生、書かせていただきたいです。最初は、私たちがかねてまったく正しく予想していた通りでして、すごく人が信用できず、いたるところにスパイの気配を感じました。しかし、第二、第三日にはすでにそれは収まりまして、今日は、先生に、完全にそのような感じから抜け出たと、本心から保証できるのが嬉しいです。ですが、これを以て、国防軍病院入院前から入院中にかけて(国防軍病院時代を思い出すと憎しみあるのみです)観察なるものをされていたという主張を撤回しようとは思いません。[私が]おこなったいくつかの調査と観察に基づいて、今私は、[以前は]自分の仮説に深くのめり込みすぎてしまっていた確信しておりますもしも、わずかながらの状況に依拠して[判断して]はよろしくないのであれば、先生の御意見に全くもって従う[つまり私が病気であったという意見も受け入れる]でしょう。この状況は、[私にとって]だからこそなおのこと大事なものです。今、私はある謎に直面しており、これを頭から払いのけることができません。
 末筆ながら、私の最大の敬意をお受け取りください。先生の医師としてのご助力をすでにお断りいたしましたとはいえ、先生を偉大な医師として、さらに偉大な人間として、つねに尊敬しております
     先生に感謝しつつ

 ちなみにこの手紙の訳について、訳者山口直彦氏はあとがきで次のように書いています。

 中井教授の監訳を経ることで、山口・安の推敲を経ても残っていた思い込みによる誤読、読みの浅さが明らかになり、それらが解決された。数え上げればきりがないが、ひとつ例をあげれば、症例ライナーがコンラートにあてた手紙の解釈である。それは本書をお読みになれば、お分かりだと思う。(邦訳395頁)

 これを読む限り、症例ライナーの手紙の解釈は、山口直彦・安克昌両氏と中井久夫教授の間で分かれたようです。うがった見方をすれば、山口氏はこの手紙について訳文の文責を中井教授に帰し、自らの解釈とは違うんだと主張しているとも感じられます。そうだとすれば、ぜひもとの訳文も読んでみたいと思うのですが。

分裂病のはじまり―妄想のゲシュタルト分析の試み

出版社: 岩崎学術出版社 (1995/03)

 この本については次回、残りの頁からこまごましたところを取りあげて終わりにします。

2011年6月 4日 (土)

コンラート『分裂病のはじまり』(3)

 この本の冒頭に紹介されている『症例ライナー』の翻訳の検討の続きです。今回は病歴の後半、医師が、妄想内容の真偽を患者と共に検討している箇所です。

 表面的には面接者の考えに耳を傾けようとしているが、彼に現在働いている病的体験のどれかによってすぐ力が抜けてしまうのであった。もういちど徹底的に議論をやり直してみたが、その後、彼はこう述べた。「そのことも考慮してみました。でも今以外の信念には到達できなかったのです。この問題を一日に何千回考えてもやはり同じ結論になるでしょう」。みんなが数週間も前から(この問診で)あらかじめ彼がどう反応するだろうかを知っていたという。かれが、分別のある人間なら誰でもこんな陰謀に対して反応するような反応をしたからである、だから、人々はあらゆる事態に対する準備ができたのである。(30~31頁、下線は引用者)

 原書では(というかドイツ語で書かれた精神医学書では常に)、すでに客体化された体験の内容については「Erlebniss」、患者が体験しつつある状態については「Erleben」と使い分けられていますが、翻訳では区別されていません。それでもほとんどの箇所ではあまり問題になりませんが、上のひとつ目の下線部は原書で「Erlebniss」ですし、「力が抜ける」と訳されている「entkraeften」は「(主張・論拠・仮説などを)打ち破る・覆す」といった意味ですので、以下のようになると思います。

表面的には面接者の考えに耳を傾けようとしてみるが、彼は現在の体験[の内容]のどれかでもって、面接者の考えをすぐ打ち破ってしまうのであった。(代案)

 そのつぎの下線部『(この問診で)』は原文にありませんので、『あらかじめ彼がどう反応するだろうかを知っていた』は、彼の生活全般での反応を指しているかもしれません。そしてそれと関連しますが、三つ目の下線部もちょっと違っていて、『人々は[彼の行く先々での監視・テストの]すべてを準備できたのである』が正しいでしょう。ここで「準備」と訳されている語「vorbereiten」は、これ以外の箇所では「仕組まれている」と訳されていて、たとえば、18頁で『途中の地名標識をたくさん見た。地名は自分の幼いころの生活と関係していて、当時の記憶を呼び覚ました。すべては仕組まれていたのだと確信した』の部分がそうです。ここでも同じ意味、「予め仕組まれていた」というニュアンスでしょう。

 訳語の統一性についてついでに一つ指摘しておきます。ここよりもほんの少し後ろに『彼の体験の現実性に疑いを抱かせようとさらに試みたところ、彼がそんなことは聞きたくないと思っていることがますます明らかになった』(31頁)という箇所がありますが、ここの『聞きたくない』は、上で引用した箇所の訳にあわせて「耳を傾けたくない」がよいでしょう。どちらも「auf...eingehen理解を示す・まともに対応する」です。

 次の箇所に移ります。

 患者はマールブルク大学の症例検討会において教室の人たちに供覧された。その後何日も経たないうちに「一次妄想体験」という概念が患者の面前で口に出された(病棟で医師同士が彼の発言などを引いて軽く論じ合ったのであろう -訳者)。その結果、驚くべきことが生じた。患者はにわかに妄想をおおむね間違っていましたと訂正したのである。あれは病気だったという見解を全面的に受諾した。しかしなお迷いはあり「どうしてこれはこうなのにあれはああなのか」と考えが行ったり来たりした。まだ思考が操られていた。(31頁)

 訳文ではじめの4つの文は原文では1つの文なのですが、時制はいろいろで、『驚くべき事が生じた』は現在形、『教室の人に供覧された』のと『一次妄想体験という概念が患者の面前で口に出された』のは過去のことです。

 そのあとの「あれは病気だったという見解を全面的に受諾した」は、助動詞「koennen」が省かれています。訳としては「あれは病気だったかもしれない」となるでしょう。もう少し前の30頁にある『ここで妄想であるかもしれないと彼に悟らせようとやってみた』の箇所も同じで、面接者は、いきなり妄想を否定するのではなく、まずは妄想・病気である可能性を納得させようとしているようです。ここまでを(訳者が補足した大学名なども省いて)訳し直すと次のようになります。

患者は症例検討会において供覧され、そのとき「一次妄想体験」という概念が患者の面前で論究された。その後[患者と]話し合ううちに、何日も経たずに驚くべきことが生じた。患者はにわかに大部分を訂正したのである。あれは病気だったかもしれない、という見解を全面的に受諾した。(代案)

 この後ろの『迷い』は、前回話題にした「Zweifel」ですので「疑い」「懐疑」あたりがよいでしょう。前回の箇所と同じく、患者が自分の考えについて確信しきれないという懐疑を示しています。さらに、『どうしてこれはこうなのににあれはああなのか』は原文では過去形、その次の文は原文では「;」でつながっており、接続法Ⅱ式ですから強い疑惑を表現しているでしょう。

しかしなお懐疑はあり「どうしてこれはこうだったのにあれはああだったのか;まだ思考は操られているのだろうか」と考えが行ったり来たりした。(代案)

 なお、患者は、自分が間違った信念を持っていたという可能性については次第に重く受け取るようになって受け入れはじめますが、自分が病気であるという可能性についてはいつももう少し低く見積もっているようです。

 次の問題箇所です。

彼はちまちました詮索に没頭するようになった。言動には格段の改善がみられた。かなり長い期間、面接の場では、「自分は病気だった」という見解を受け入れては、またそれを反駁することの繰り返しであった。そもそも面接の最初にいつも「なんと言っても、医長先生の御意見が結局は正しいということになるのでしょうね」と露骨にいうのであった。」(33~34頁)

 3つ目の文の最後は、「um freilich immer wieder mit Einwendungen dagegen zu kommen」です。一見すると「dagegen kommen」を意味上のまとまりと取りたくなりますが、辞書に見つからないので、むしろ「Einwendungen dagegen」をひとまとめに「それに対する異論」と取るべきと思います。

面接のかなり長い期間、「自分は病気だった」という見解をまったく妥当と認めていた。ただし、結局はその見解に対する異論を携えて再三再四またやってくることとなった。(代案)

 ここまでは原文では(カルテ記載らしく?)現在形で書かれています(『自分は病気だった』だけは現在完了形)が、次の『露骨に言う』だけは本来過去形ですので、ここまでよりも時間的に前の出来事を指します。ここまで訳文では過去形がもちいられているので、それよりも更に前の時点をどう表すかはなかなか技術的に難しいです。そして、カギ括弧内は、「dass」で始まる文の独立用法ですけれど、これは辞書によれば“願望、憤慨、呪い、命令を示す”らしいです。ここは“憤慨”というか「やっぱり」というニュアンスでしょうか。副詞「doch」と「vielleicht」のニュアンスも難しいですが、次のようにしてみました。

すでに彼は最初から、「やっぱり医長先生の御意見がひょっとして正しいかもしれませんね」と直截に言っていたのであった。(代案)

 次の問題箇所に移ります。

病気ではないと思っていたのです。そこから抜け出た今では、『劣等人』の烙印を押されたのではないかと思いつつ生きています。今は私はとても他の人たちと同等の価値のある人間ではありません。(32頁)

 はじめの2つの文にまたがる原文、「weil ich von der Meinung ausgehe, ich war nicht krank」の箇所ですが、「von...ausgehen」は「・・・を抜け出た」ではなく「・・・を出発点とした」という意味しか辞書に載っていませんし、『病気ではない』の箇所は原文で過去形です。さらに、「Meinung」も、先の『医長先生の御意見』と訳語を統一しましょう。

私は今では、『劣等人』の烙印を押されたのではないかと思いつつ生きています。なぜなら私は、自分が病気ではなかったという意見を出発点にしているからです。(代案)

 さて、今回細かく取り上げてきた部分は、あとのほうで次のように要約されています。ここまで私なりに代案を示してきた内容とほぼ一致しているように思います。

「コペルニクス的転回」をさせようという試み -よくやるように、「病識をつけさせる試み」といういい方を精神科医はしたがるが- は一回やってみて、その場では完全に失敗であったかのようであり(四四項)、数日後に突然受け入れられたかに見えた。しかし、この後、数回の揺れがあった。「それは『病気』のせいで、そのようなややこしい『監視』などなかったのだ」という私の見解を受け入れたかもしれなかったのだが、それを妨げる要因があった。次いで、かつての精神病からの断片が現れて、自分の方が正しいという証拠だ、だまされないぞと患者に思わせた。(239頁)

分裂病のはじまり―妄想のゲシュタルト分析の試み 

出版社: 岩崎学術出版社 (1995/03)

 今年はサマータイムを導入している企業もあるようですが、日本の気候の場合、夕方4時に終わって家に帰ってもエアコンをつけずに過ごすことはかなり難しいので、あまりエコにはならないんじゃないでしょうか。ヨーロッパならば、ほとんどエアコンが不要でそもそも普及しておらず、しかも午後10時ごろまで明るいんで、サマータイム導入には意味がありそうですけども。

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