« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月27日 (水)

テレンバッハ『メランコリー』(4)

 テレンバッハの『メランコリー』で紹介されている症例を第1例から順にひとつずつ検討してきましたが、今回は4例目です。

<症例4> 女性患者エンマ・Hの(生活史上の)真の問題点は、1941年の最初のメランコリーのときには、顕著なメランコリー性罪責妄想の底にすっかり埋没していて表面に現れていなかった 。当時彼女の念頭にあったのは、家族、とくに子供たちの破滅が迫っているということだった。(・・・略)そのときエンマが述べたところでは、一年前から納税申告について気を病むことが多かった。それは、多額の追徴金を支払わなくてはならないので生活を維持するだけの財産がなくなってしまう、という心配だった。(・・・略)
 これらの言葉は当時は単に妄想として片づけられていたが、1959年の三回目の病相が治った後の診察で、その根拠が十分にはっきりとしてきた。今度の病相はあまり深刻なものではなく、患者は入院時からすでに、控え目にではあったが夫との関係についての不満を語っていた。彼女は結婚生活にひどく失望していた。夫は癇癪持ちで激しやすく、移り気で信用のおけない酒のみであった。彼女はひそかに心を痛めながらじっとそれに耐え、それだけにいっそう子供に心を向けていた。彼女は最初、1954年のメランコリーの原因は夫との不仲にあると考えざるをえないが、1941年と今回との発病の誘因は思い当たらないと言っていた。しかし病後の診察から、三回ともメランコリーの直前に夫との関係の急激な悪化があったことがわかった。1941年には、彼女たち夫婦は税務署の監査によって500マルクの追徴金を課された。その原因は、きわめて几帳面で良心的なエンマが、二通の請求書を探し出せなかったということだった。夫はそのことで彼女をひどく非難した。しかしそのとき彼女の心を打ちひしいだのは、税務署員が一晩中置きっぱなしにしていた証拠書類を彼女がなぜストーブにくべてしまわなかったのか、という夫の非難がましいことばであった。夫が彼女にそんな不正行為を示唆し、家庭の危険を招くようなことを -税務署の厳しさは当時有名であった- させようとしたということで、夫の無慈悲さが彼女の心に深く刻みつけられ、彼女はそれを忘れることができなくなってしまった。(・・・略)
 今回の病相も、夫の思いやりのない行為が彼女に深いショックを与えた直後に始まった。家事と商売と帳簿との(数十年来休暇なしの)仕事のために、彼女には度を越した負担がかかっており、彼女は血圧がたびたび急激に上昇することで不安を抱いていた。ある朝、彼女は台所で目がだんだんと見えなくなってきた。半時間後に視力は徐々に回復した。こういった現象が短い間隔で繰り返された。彼女はひどく動揺して不安になり、自分に要求されている仕事を果たすだけの力がないと感じ、事態が悪化しないうちに休息したいと思った。《家族に迷惑をかけるなんて、死ぬほどつらいことです》。せっぱづまった気持ちで、彼女は夫に、35年間来る日も来る日も自分が切りまわしてきた店を他人に貸してしまうように頼んだが、夫はそれをすげなく拒絶した。そこで子どもたちが間に入って、母親を、《店の借り手がつくまで》文字通り誘拐する手筈がととのえられた。だが、この介入は遅すぎた。エンマはメランコリーに落ち込んだ。・・・略(邦訳161-163頁、下線は引用者)

 下線部ですが、はじめの三つは原文では密接に関連した表現が使われています。それを少々改訳してはっきりさせてみますと、彼女には「度を越した負荷がかかってbelastenおり」、「事態が悪化しないうちに負荷を脱しentlastenたいと思った」のだが、こうした状況でも「《家族に負荷をかけるzur Last fallenなんて、死ぬほどつらいことです》」という思いがあった、ということになります。

 そして4つめの下線部、「せっぱづまった気持ちで」と訳されているのは「In dieser Not」ですけれど、これは、直訳すれば「この苦境/窮地の中で」でとなります。「dieserこの」が指すところをくみ取れば、これは、「自分の作業能力は下がったが子供には負荷をかけたくないという苦境の中で」という意味に取るべきでしょう。だからこそ、大事な店を他人に貸そうと思いついたわけです。

 この症例は「几帳面で良心的」であり、不正行為を好まず、また仕事の量も莫大であって、メランコリー型性格と言ってよい範囲にあるように思えます。ただし、その症状については、抑うつ気分や悲哀、制止、自律神経症状など(についての言及)がなく、典型的なうつ病と言えるかどうかはっきりしないと言わざるを得ません。1941年の妄想は典型的うつ病のものよりも内容豊富ですし、明らかに夫の言動への抗議になっています。1959年の発症状況をみると、そもそも発病そのものがそれ自体で夫への抗議かもしれません。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5) 

 ちなみに、上の「せっぱづまった気持ち」という訳語は、この直前、症例3についての考察部分でも用いられています。そちらの原語はmit einer Ausschliesslichkeitでして、こことの関連はありません。

2011年7月16日 (土)

テレンバッハ『メランコリー』(3)

 この本で紹介されている症例の検討の続きです。

<症例3> 32歳のリーゼロッテ・H、最初の入院。セールスマンの妻。東独から亡命した後、ある大都市の都心にあるあまり上等でない住宅地域に小さな三部屋のアパートを借りて住んでいた。結婚生活はうまく行っており、周囲との対人関係も良かった。(・・・略)リーゼロッテの家が市の中央部にあったという事情に恵まれて、彼女はたくさんの友人と網の目のように密接な交際をしていた。ところがこのような状況は、ほぼ前後して起こった二つの予期せぬ出来事によって乱されることになった。そのひとつは夫に昇進の話があったことである。もしそれが実現すると、これまでは狭い地域に限られていた夫の出張が南ドイツ全体に拡がることになる。その結果、当然ながら彼女が一人で暮らす日が多くなる。それがいやさに、リーゼロッテは夫の職業上の昇進や収入の大きな増加よりも、むしろ家庭生活のほうを優先して考えたいと思った。とはいっても、夫の出世をそんな風に妨げるのはいけないことだという気持ちもなくはなかった。もうひとつの事件は、上等の場所に、今より大きくはないけれどはるかに家賃の高いアパートがあって、そういったアパートに引っ越したいという長年の念願がかなえられる可能性が生じたことである。そこで起きた事態は次のようなものだった。三日間の考慮期間ののちに、リーゼロッテはいったんそのアパートを断ったものの、すぐにそれを後悔して、引っ越ししようという決心を改めてかためた。(・・・略)ところが承諾を受け取ると、彼女はまたしても《心の底から不幸な》気持ちになってしまった。しかし、もう手はずはすっかりととのい、準備はどんどん進行し、運送屋の予約も済んでしまった。しかしリーゼロッテは、迷いと絶望で心が一杯で、新しい住まいのことを考えると、《ぞっとする》だけだった。夫の出張中に彼女は《神経衰弱》になってしまい、後から後から泣けてきて、夜も昼も一刻も一人ではいられなくなった。新居に一人で居ることを思い浮かべると、彼女はただもう耐えられなかった。夫の帰宅後、アパートは結局もう一度キャンセルされた。ところがリーゼロッテは、その直後からまたしてもひどく自分を責めるようになり、夜も眠れず、泣き通しで、だんだんと不安といらだちを感じるようになった。(・・・略)
 焦燥型メランコリーのおさまった後に、リーゼロッテが以前からこの上なく几帳面な人だったことが判明した。彼女はいつも些細なことで《極端に喜んだり怒ったり》して、《針小棒大》に《大騒ぎ》をした。小さなことでも、彼女にとっては簡単に決めてしまえない重大な意味をもってくるのだった。この持ち前の執着的な性質は、会話の中でも、あるひとつの事柄を徹底的に議論する態度としてあらわれた。この性質は、夫にとっては非常に不愉快なものだった。(・・・以下略)(邦訳159-160頁)

 下線部は邦訳では訳し落とされていますので補っておいてください。この下線部は、患者の心理状況を理解する上で結構大事なところでしょう。患者は、夫が昇進すると収入も留守も増えるという条件のもとで、念願の高級アパートへ転居しようかしまいかと迷っているのであり、下線部のように、転居後の生活について「新居に一人で居る」ことを思い浮かべると耐えられないと思ったのです。

 さて、この症例で際立っているのは、上に引用した二段落目の人物描写です。患者の執着的な性質は、「極端に喜んだり怒ったり」して「針小棒大」に「大騒ぎ」するほどであって、「夫にとっては非常に不愉快なものだった」ということになっています。

 日本でメランコリー親和型性格について語られてきたような、他者配慮に富み円満性を重んじる好人物といった描写は、もともとテレンバッハが著書『メランコリー』でメランコリー親和型の概念を提唱しつつ紹介した症例にはあてはまらないことが多いのですが、この<症例3>はなかでも全く他者配慮的にみえないという点で非常に顕著な例の一つです。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5) 

2011年7月12日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(2)

 この本の症例をまた取り上げてみます。。

<症例2> 女性患者イルゼ・Stがいうには、彼女は思い出しうるかぎりの幼いころから特別に几帳面であった。正確さから外れることがあったりすると、不安になり、気がすまない感じをもった。・・・(略)
 学校を終えたのち、患者は事務職員になる訓練を受けた。この職業は、とりわけ精密な仕事ができるということで、彼女の気に入った。彼女は結婚後、この職業と家事との両方を同じような正確癖で行っていた。当座は両方のつとめをちゃんとこなしていたが、重い病気にかかった母親の看病を背負いこんで以来、事務所の方はやめてしまった。一九五七年の一〇月に母親が亡くなった。患者は一九五八年の二月に妊娠したが、気分はよく、仕事を切りつめる必要はほとんどなかった。彼女は子供をとても楽しみにしていた。
 妊娠四か月のとき、はじめて強迫症状が現れた。彼女は、それまでよりも頻繁に衣類だんすを整理するようになった。入れてあるものがすべてきちんとなっていることをよく知っているくせに、それをひとつ残らず特別正確な位置に揃えようとした。彼女はとうとう衣類だんすにすっかり取りつかれてしまって、別の仕事を始めてもたんすのことが頭から離れなくなった。この整理癖は、ときとともにその他の仕事、たとえば掃除、洗濯、炊事などのことにまで拡がった。一人でいるときには、この症状はいっそうはっきりと現れた。一九五八年九月には、それ以外にもいくつかの症状が加わった。まず始まったのは睡眠障害で、寝つきはよかったが早朝の四時以後はどうしても眠れなかった。それ以来、強迫衝動は格別に強く出現するようになった。彼女は次第に毎朝おっくうな気持に取りつかれるようになり、とうとう仕事がほとんど手につかなくなってしまった。・・・以下略(邦訳152頁)

 下線部は「Sie musste sich vermehrt am Kleiderschrank zu schaffen machen」ですが、この「sich zu schaffen machen」は、辞書によれば

「sich zu schaffen machen (必要もないのに)何かごそごそやって(いじくりまわして)いる、何やら忙しそうにする /Was machst du dir an meinem Schreibtisch zu schaffen? 私の机のところで何をごそごそやっているんだ」

だそうです。下線部の邦訳は助動詞「muessen」のニュアンスも訳し落としていますからそこら辺も補うと、「彼女は、衣類だんすをより一層ごそごそいじくり回さなければならなかった」という感じでしょう。

 さて、この患者は、幼少期から几帳面で、正確さから外れると自らが苦しむほどであったようでして、発症前から軽度の症状をもっていたというべきです。少なくともこの患者の病前のあり方は、ごく普通の人の範囲には入らないように思います。(この患者は、幼少期から几帳面さが目立ち始めていることや、義理を欠いたり借りを作ることではなく正確さから外れることに敏感であることからみて、メランコリー親和型性格というよりむしろ発達障害に近い人物ではないかという気もします)

 もうひとつ、この患者は、妊娠後にまず強迫のみを症状として発症しますが、テレンバッハ『メランコリー』で取り上げられる症例は、こういう、単なる気分・意欲・活動性などの落ち込みにとどまらない症状を伴っていることが多いということも指摘しておきましょう。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

2011年7月 4日 (月)

テレンバッハ『メランコリー』

 勤務先の病院で、毎朝のミーティング時に議題がない日はテレンバッハの『メランコリー』(例の「メランコリー親和型性格」なる概念が提唱された本)の症例をひとつづつ読んで同僚と検討してきたのですが、ここでもこれから少し取り上げていきましょう。

<症例1>女性患者エリーゼ・Kは、たくさんの仕事をこなす能力を持った人だった。三人の子供をもつ主婦としての仕事のほかに、彼女は7ないし8時間、葉巻工場で働いていた。さらに庭仕事もそこに加わった。そのほかに、彼女は自分や子供たちの着るものを、全部自分で縫ったり編んだりすることにしていた。仕事は夜半までかかることが多かった。こういったことは、63歳になるまで続いた。それだけでなく、彼女は母親から《綿密さも一緒に》受け継いでいた。・・・以下略(邦訳151頁)

 下線部は邦訳では訳し落とされていますので、補っておいてください。

 下線部が抜け落ちたままでもこの患者の莫大な仕事量は明らかだと思います。この本でメランコリー患者(主に1950年代のドイツの大学病院のメランコリー患者です)の病前の勤勉さ、仕事熱心さの例として紹介されているのはだいたいこんな感じで、昔のNHKドラマ『おしん』のレベルの仕事量を想像していただければよいと思います。(紹介されている症例群は、あまり社会的な成功や自己実現の余地のない、日々繰り返される仕事をこなしていた人たちですので、昭和期の勤勉サラリーマンたちの『プロジェクトX』のようなイメージとはちょっと違うように私は感じます。)

 現代の日本にはメランコリー親和型のうつ病が減ったといわれますが、それは、洗濯機・掃除機など家電が普及し、衣類は既製服になり、週休二日制まで普及するなどして、現代日本人がただ単に暇になったからでは?という問いも、一考に値するのではないかと思えてきます。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ