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2011年7月16日 (土)

テレンバッハ『メランコリー』(3)

 この本で紹介されている症例の検討の続きです。

<症例3> 32歳のリーゼロッテ・H、最初の入院。セールスマンの妻。東独から亡命した後、ある大都市の都心にあるあまり上等でない住宅地域に小さな三部屋のアパートを借りて住んでいた。結婚生活はうまく行っており、周囲との対人関係も良かった。(・・・略)リーゼロッテの家が市の中央部にあったという事情に恵まれて、彼女はたくさんの友人と網の目のように密接な交際をしていた。ところがこのような状況は、ほぼ前後して起こった二つの予期せぬ出来事によって乱されることになった。そのひとつは夫に昇進の話があったことである。もしそれが実現すると、これまでは狭い地域に限られていた夫の出張が南ドイツ全体に拡がることになる。その結果、当然ながら彼女が一人で暮らす日が多くなる。それがいやさに、リーゼロッテは夫の職業上の昇進や収入の大きな増加よりも、むしろ家庭生活のほうを優先して考えたいと思った。とはいっても、夫の出世をそんな風に妨げるのはいけないことだという気持ちもなくはなかった。もうひとつの事件は、上等の場所に、今より大きくはないけれどはるかに家賃の高いアパートがあって、そういったアパートに引っ越したいという長年の念願がかなえられる可能性が生じたことである。そこで起きた事態は次のようなものだった。三日間の考慮期間ののちに、リーゼロッテはいったんそのアパートを断ったものの、すぐにそれを後悔して、引っ越ししようという決心を改めてかためた。(・・・略)ところが承諾を受け取ると、彼女はまたしても《心の底から不幸な》気持ちになってしまった。しかし、もう手はずはすっかりととのい、準備はどんどん進行し、運送屋の予約も済んでしまった。しかしリーゼロッテは、迷いと絶望で心が一杯で、新しい住まいのことを考えると、《ぞっとする》だけだった。夫の出張中に彼女は《神経衰弱》になってしまい、後から後から泣けてきて、夜も昼も一刻も一人ではいられなくなった。新居に一人で居ることを思い浮かべると、彼女はただもう耐えられなかった。夫の帰宅後、アパートは結局もう一度キャンセルされた。ところがリーゼロッテは、その直後からまたしてもひどく自分を責めるようになり、夜も眠れず、泣き通しで、だんだんと不安といらだちを感じるようになった。(・・・略)
 焦燥型メランコリーのおさまった後に、リーゼロッテが以前からこの上なく几帳面な人だったことが判明した。彼女はいつも些細なことで《極端に喜んだり怒ったり》して、《針小棒大》に《大騒ぎ》をした。小さなことでも、彼女にとっては簡単に決めてしまえない重大な意味をもってくるのだった。この持ち前の執着的な性質は、会話の中でも、あるひとつの事柄を徹底的に議論する態度としてあらわれた。この性質は、夫にとっては非常に不愉快なものだった。(・・・以下略)(邦訳159-160頁)

 下線部は邦訳では訳し落とされていますので補っておいてください。この下線部は、患者の心理状況を理解する上で結構大事なところでしょう。患者は、夫が昇進すると収入も留守も増えるという条件のもとで、念願の高級アパートへ転居しようかしまいかと迷っているのであり、下線部のように、転居後の生活について「新居に一人で居る」ことを思い浮かべると耐えられないと思ったのです。

 さて、この症例で際立っているのは、上に引用した二段落目の人物描写です。患者の執着的な性質は、「極端に喜んだり怒ったり」して「針小棒大」に「大騒ぎ」するほどであって、「夫にとっては非常に不愉快なものだった」ということになっています。

 日本でメランコリー親和型性格について語られてきたような、他者配慮に富み円満性を重んじる好人物といった描写は、もともとテレンバッハが著書『メランコリー』でメランコリー親和型の概念を提唱しつつ紹介した症例にはあてはまらないことが多いのですが、この<症例3>はなかでも全く他者配慮的にみえないという点で非常に顕著な例の一つです。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5) 

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