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2011年9月

2011年9月27日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(10)

 今回扱う<症例10>は、私にとっては、<症例3>と並んで、テレンバッハのメランコリー型が日本軽症メランコリー親和型性格とだいぶ違うことに気づくきっかけとなった印象深い例です。

<症例10>女性患者ヘートヴィッヒ・Schは、非常な勤勉さと特別な秩序愛とを母親から教えられ、それをずっと大切に育ててきた。彼女は些細なあやまちをいつも苦にしていたが、それはとりわけ -何でもすぐに告白してしまうのに- それがなかなか忘れられないからであった。ある行為が間違っていた、良くなかったという考えは、その行為が過去のものになって行くにつれて逆にまずます明確に心に迫ってきて、ときとしては《どうしようもない》頑固さで頭に浮かんでくるのだった。彼女はときには二回、三回とたて続けに告解にでかけなくてはならなかった。それは、言い忘れたことがあるという気持からではなくて、自分の失敗がますますはっきりと眼に見えてくるからであった。
 1944年に、最初の持続的な気分異常が始まった。夫の出征中に彼女はある若い男と映画を見に行った。その男が自分にあこがれていることを、彼女は数年前から彼の眼つきで気づいていた。映画の上映中、彼は彼女の手を自分の膝の上に乗せようとした。彼女はそれを拒んだ。帰途、彼は突然彼女にキスをしようとした。ヘートヴィッヒは私には夫がいるといって彼を拒んだが、その直後から激しい良心の呵責を感じた。この良心の呵責は、それ以来この出来事についての反省がだんだん強まるにつれて、ますます激しいものとなった。そのときのことを、彼女は母親に打ち明け、そして -何回も- 神父に告白した。映画館に行ったのは、1944年の8月の終りであった。9月9日には、身体症状、睡眠障害、自殺念慮を伴ったメランコリーが始まったが、当時は動機なしに発病したものと思われていた。電気ショック療法が行われた。しかしこの重苦しい罪の意識は治療後も相変わらず出現し、それが最終的に軽快したのは夫への告白がなされたのちのことであった。
 今回のメランコリーにおいて、この昔の罪が久しぶりにはっきりと浮かび上がってきた。1958年の9月末に、患者は夫の上司と性的な関係をもった夢を見た。彼女は実際にはこの男との間に愛情関係などは全然もっていなかった。この夢を見て、ヘートヴィッヒはとても落ち着かない気分になった。自分が無実であることを何度もはっきり意識しようと努力したが、それでもだんだんとひどくなる自責から免れることはできなかった。《私にはこんなにいい夫がいるのに》。彼女はとうとう夫に夢のことを打ち明けたが、それでも罪の意識は消えなかった。その夢から約一カ月後に、次の生理とともにメランコリーが始まった。そこでありとあらゆる罪が -特に性的な色合いを帯びた罪が- よみがえってきた。特に、少女時代に田舎道で知り合いの既婚の男が現れて、自分の性器を彼女の手に握らせ、彼女の性器に触れようとしたという、長い間抑圧していた光景がまざまざと思い出された。その時、彼女はびっくりしてそれを拒み、泣きながら、奥さんに言いつける、といったのだったけれども、それでも彼女は罪の意識を感じたのだった。そしてこの罪の意識は、今回のメランコリーにおいて、これまでにないほど強く感じられたのである。(・・・略)(邦訳175頁、下線は引用者)

 まず下線を付しておいた部分には翻訳上の問題がありますのでみていきます。

 「キスをしようとした」は原文で「ueberraschte er sie mit einem Kiss」です。「ueberraschen」を辞書で引くと、『1a) (予期しないことで)驚かせる、びっくりさせる b) (予期しないことで)喜ばせる:jn. mit et3...・・・を・・・で不意に喜ばせる』とあります。「mit」を用いた形からいって、辞書に忠実に「キスをして不意に喜ばせた」を採用したいところです。まあ穏当に「キスをして驚かせた」という訳を採用してもかまいませんが、いずれにせよキスは実際に行われたものとして訳さなければなりません。

 「彼を拒んだが」には動詞「vorhalten」が使われていますので、「彼を咎めたが」です。

 「自殺念慮」の原語は「Schuldideen」ですので正しくは「罪責念慮」です。

 「少女時代」は誤りではないですが、さほど幼い頃のことというよりは「独身時代」「娘時代」に近いんじゃないかと思います。

 「奥さんに言いつける、といったのだったけれども」は、原文で「Eroeffnung an die Ehefrau androhte und sich Schuld beizumessen keinen Grund hatte」ですから、「奥さんに言いつけると言って脅し、自らに罪を帰すいわれはなかったのだが」となります。

 さて、この症例ですが、1944年、夫の出征中に若い男性と映画に行ったとき、その男性が自分を気に入っていることをあらかじめ知っていたようです。もうこれだけで、日本でメランコリー親和型性格について言われている“対人関係上の秩序を重んじる”というキャッチフレーズに全く合致していません。そして自分の手を男性の膝に乗せられて拒んだ後、キスされて相手を咎めたのですが、その直後に激しい良心の呵責を感じたとのことです。この良心の呵責を、テレンバッハは「性的な過ち」「肉体の貞操に対する秩序違反」に対するものとしているようですが(邦訳176頁)、それだけでなく、相手の男性を誘惑しておいてはねつけるという非情な行為をしたことに対して、でもあるでしょう(2度のエピソードで、いずれも相手を咎めたり脅したりしたあとに罪の意識が生じていることにも注目したいと思います)し、さらには、それぞれの瞬間(キスされた時、性的な夢を見た時、性器を握らされた[ことを思い出した]時)に自らが感じた性的興奮への呵責という解釈も可能なように思います。

 このことを複数の人に、何度も告白したのは、懺悔という形を借りて、性にまつわる話題をおおっぴらに話す機会が得られ、しかも自分の性的魅力について自慢をする機会でもあったからではないでしょうか。

 そうした解釈は措くとしても、経過をみても、これは本書に紹介されている中で、電気ショック療法が無効であった唯一の症例であり、夫に告白して治癒したという経緯からも、心因性の疾患であったのではないかという疑いを強く起こさせます。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

 この症例を病院の医局で読み合わせたとき、先輩医師の一人は、この性的意味合いが濃厚に感じ取れる印象的な症例について以前どこかで読んだ記憶があったのだがそれがテレンバッハの『メランコリー』で読んだものであったことが今わかり意外に感じている、というような意味のことを言っていました。つまり、“テレンバッハの『メランコリー』には、几帳面で対他配慮的人物が状況変化から発症する例が載っているはずだから、このような症例は紹介されていないはず”といった世間的イメージによる先入見があまりにも強く日本精神科医の記憶を毒してしまっている、ということでしょう。

2011年9月20日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(9)

 この本の9番目の症例は、テレンバッハがメランコリー型の“プロトタイプ”として紹介するものです。

<症例9> 管理職にあるハンス・Gは、著明なメランコリー性罪責妄想のためにこれまでに八回入院しているが、入院のたびごとにいつも(部分的には一言一句にいたるまで)同一の内容の訴えを、つまり職業上の過失の罪についての訴えを繰り返している。今回の入院の二日前、彼はおびただしい花束と賞賛の言葉に埋もれて60歳の誕生日を迎えた。彼はまるで自分がからかわれているような気がした -そして自殺をくわだてたのである。
 彼の妻は患者の性格を、非常に勤勉、几帳面、正直、誠実、有能、というような言葉で表現している。彼のすることはいつも《万事きちんと整って》いた。会社で何か不都合なことがおこると、それが全く他人の責任であっても、自分自身に罪を着せるのがつねであった。それは学校時代からのことであるらしい。ほんのちょっとしたことで、謝ろうという気持ちがすぐに起きてしまう。いつも自分自身に対して不満足なのである。そんなとき、彼の上司はよく《しかしGさん、いったいなにを思いついたっていうんです》というのだった。会社のために働くということ、それが彼にとってはなによりも大切なことだった。それはまるで、(これがメランコリーの中ではグロテスクな形をとるのだが)会社が自分の気づかいによって存続しているかのような考えかただった。彼はあるとき妻に向かってこういった。《一番先に来るのが仕事で、そのあとはずっとなにもなくて、その次に来るのがひょっとするとお前のことかもしれない》。(ただし、夫婦間はごく円満であった)。退職してからというもの、人生は気の抜けたものになってしまった。彼は何ヶ月ものあいだ外出しなかった。二ヵ所の老人ホームの名誉職的な会計管理の仕事が彼にまかされることになって、彼はほっとして救われたような気持ちになった。

 彼が教会へ告解に行くのは《大嫌い》だというのは、こういった性質とは一見相容れないことのように思われた。しかしのちになって次のようなわかった。彼は、許しを受けることによって自分の負い目の感情を取り上げられたくなかったのである。しかしとにもかくにも、彼はその時までは快活で陽気な人生を送っていた。
 こんなにはっきりした例はそう多くはない。管理職のG氏は、メランコリー型のプロトタイプであり、その極端な一例である。負い目は彼の人生の不可欠の要素となってしまっていて、それはいわば、人生を前進させる陰圧のようなものであり、精神面における毛細管現象なのである。(邦訳173~4、訳文中、『メランコリー親和型』の語は『メランコリー型』に改めた)

 ちなみにこの症例は、この本にここまで挙げられた例ではじめての管理職です。

 プロトタイプといわれるだけあって、この症例記載は、日本の普通の精神科医がイメージする(軽症うつ病者の)メランコリー親和型性格のイメージにここまででいちばん近いといっていいでしょう。

 あえて相違点を挙げるとすれば、日本で普通論じられる(軽症うつ病者の)メランコリー親和型性格の人びとは、この症例よりもかなり安定度が高いという点でしょう。この例は8回の病相を経験していますし、60歳の誕生日の出来事から二日後には自殺を企てるほどのうつ状態に陥っています。一方、典型的な発症状況として我が国でも論じられるのは、引っ越しうつ病にしても、昇進うつ病にしても、状況に変化が生じても簡単には影響を受けず、数カ月程度の期間の後にうつ病を発症するというものです。

 とはいえ、この症例9のような人物が(確かに「けっして多くない」でしょうが)社会で暮らす姿は私にとってはイメージしがたいものではありません。ただ、これがプロトタイプだとすると、日本の精神科医たちが誰かをメランコリー親和型性格という言葉で形容することを半ば褒め言葉としているニュアンスとはやはり全然違うのではないかという気がします。中井久夫が看護師向け教科書の中で「この性格はドイツでは駄目な人とされるらしい」というようなことを書いていましたが、症例9に対する人物評価は日本でも同じでしょう。
 

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

 この患者の妻は、《一番先に来るのが仕事で、そのあとはずっとなにもなくて、その次に来るのがひょっとするとお前のことかもしれない》などと面と向かって言われたりしながらも、夫婦仲は良いとのことです。きっと非常に理解のある優しい奥さんに恵まれていたのでしょう。これは私が普段の臨床で、うつ病の男性患者さんたちの妻に対して持つ印象にも共通しています。うつ病の男性患者たちが、若いころにそのような人柄の女性を配偶者として選択しがちなのか(逆に、あるタイプの女性たちには、メランコリー型の男性が魅力的に映るのか)、結婚後に共同で生活していくうちに妻がそのような人柄になっていくのか、などと考えてみますが、もちろん答えは分かりません。

2011年9月10日 (土)

テレンバッハ『メランコリー』(8)

 この本の症例からひとつずつ見てきましたが、今回は8つ目です。

(・・・略)良心はしばしばひどく敏感になっていて、メランコリー親和型の人は、自分のことでいわれのない非難がなされるとだんだん自信をなくし、向けられた非難に甘んじなければならないのではないかという気持ちになってしまう。

<症例8>男性患者ラインホールト・Pの場合がそうである。彼はある商店に勤めていたが、非常に良心的で、会社から高く評価されていた。正確で信用がおけるということで、19歳ですでに出納係をまかされていた。うっかりした事があったりして叱られると、それが心にこたえて、《忘れられない》性質だった。申しわけないことをしたという気持ちで一杯で、その後はびくびくと不安になるばかりで、ふだんは自分の仕事に非常に自信を持っていた彼であるのに、自分のひとつひとつの行為が間違っていないか、何回も確かめてみるのだった。《それ以来というもの、何をやっても以前の間違いが思い出されてくるのです。忘れようと思っても忘れられないし、頭から払いのけようとしてもだめです。もういいと思っても、すぐそのあとからそのときのことがまざまざと浮かんでくるんです・・・私がレジで間違って記入したのに他の人が気づいてくれなかったことがあると、もうこわいのです。もう一度やり直して金額が合うようにできても、気持ちの動揺はおさまりません。(・・・略)》彼のいないところで何か金が足りないというような空気があると、彼は自分にその責任があるような気分にひきこまれるのだった。《とにかく、いつもそうなのです。誰かが叱られていると、自分もいっしょに叱られているみたいに思ってしまいます。工場に見習工が来て、私がその子に仕事の指図をすることになっていました。ある日その子がぼんやり突っ立っているのをチーフに叱られたとき、私はその子以上にショックを受けました》。

 負い目に対するこのような -健康時からみられる- 敏感さは、メランコリー者の罪業妄想の中でグロテスクなまでに形や規模を変えて出現するあの体験を -つまり、僅かな過失が途方もない意味をもったり、他人の罪までひっかぶってしまう誇大的罪業妄想の形をとったりするあの体験を- 理解する鍵を与えてくれる。(邦訳171-3頁)

 まず最初の下線部ですが、原文では(かなり語順が変わっていてわかりづらいですが)「“kauffmaennischer Angesteller”であった」とあります。辞書で「Kauffmaennischer Angesteller」には、「商社員;(会社の)営業担当者、販売人;(商店・デパートの)従業員、店員」といった意味が並んでいます。

 すぐ後の「会社」の原語は「Firma」で、独和辞典では「商会、商社、会社」とあります。

 この対応を考えると、下線部「ある商店に勤めていた」は、むしろ「商社員であった」がよいのではないでしょうか。

 こんな細かいところにこだわるのは、症例紹介にわざわざ「19歳ですでに出納係をまかされていた」と書かれているからには、この患者が若いころに職場で与えられた仕事の重要さは、かなり異例であったはずだと考えるからです。なお、もう少し後ろの方の訳文に「レジ」という言葉が出てきますが、原語「Kasse」には、辞書の上でたしかに「レジ」の訳語もあるものの、これは「金庫」「会計」「現金」などとも訳せる多義的な語です。少なくとも、単にレジを打つ程度の仕事を任されていたわけではないでしょう。 

#9月14日の追記:上に記したように邦訳が原文から大幅に語順を変更している件について、筆者は、この記事をアップした時点では気づいていませんでしたが、本日、改めて原文を読み直して気づいたため、この記事もそれに合わせて変更しました。ただし、「商店」という訳語に関する本記事の論旨(=「商店やレジという語からイメージされるよりももっと大規模な職場ではないか」)そのものは変わりません。

 さて、引用した最後の段落によれば、この症例の紹介はすべて健康時の様子の描写とされています。この患者の、失敗や罪との関わりかたからは、健康時からメランコリーに片足を突っ込んでいる人、という印象がぬぐえません。普通人・平均人の枠内に入る人物とは決して言えないでしょう。

 それに加え、この患者の紹介を読んでいて感じたのは、若いうちに責任ある仕事を任され、ふだんは自分の仕事に自信があったのに、叱られるととたんに自信をなくしたり、自分に関係の薄いことまで自分の罪のように思ってしまう、といった特徴の、全体的ないびつさです。患者の諸特徴は、単に几帳面だとか自責的とかいう方向に全体がそろっておらず、一言でまとめようがないような気がしますし、我々の身の回りに類似の人物をなかなか探せないように思います。こういういびつさもまた、日本軽症うつ病者のメランコリー親和型性格について言われてきたすっきりまとまった(イメージしやすい、どこにでもいそうな)性格特徴との相違点といえるのではないでしょうか。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

 この症例紹介で《 》で囲んで示されている部分はこの患者自身の陳述のようですが、すべて現在完了形で語られていて、なかなか事態の前後関係などがわかりません。「dannそのあと」という副詞も連発されていて、「○○してしまったんです。そのあと○○になっちゃったんです。」みたいな言い方でずっと続いています。邦訳通りのニュアンスではないように思われる部分もけっこうありますけれど、訳文で表現するのは難しい微妙なところです。

2011年9月 6日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(7)

 テレンバッハの著書『メランコリー』に紹介されている症例を一例ずつ取り上げていますが、今回のはとても不思議な症例です。

<症例7> 女性患者ローザ・Hは、持ち前の几帳面さと勤勉さのために、勤め先ではどこでも高く評価されていた。夫が心臓発作で死亡したとき、彼女は最初の病相に陥った。彼女の性質は、以前から異常なまでの決断不能を特徴としていた。彼女はそのために、些細なこと(買い物とか間借人の選択とか)に至るまで、信用のおける知人の助言を借りねば決められなかった。《いつも誰かに決めてもらわねばなりませんでした》。ひとりでは決して物事を処理できず、ひとりになることをできるかぎり避けていた。他人を評価するという点では、疑い深いというよりはむしろ、自信がないのだった。彼女にとっての最大の問題は、《自信をもって》ある人を信用できるかどうかであった。夫はその意味ではあらゆる点でめがねにかなった人だった。彼女は結婚の10ないし15年も前から、夫や夫の家族を識っていた。彼女は、夫が決断や責任(リスク)を何もかも肩代わりしてくれることに慣れてしまい、夫にしっかりとしがみついていた。30年間の幸福な結婚生活ののち、夫は心臓発作で亡くなった。共生関係は、一瞬のうちにこわれてしまった。・・・以下略(邦訳167-8頁)

 私がこの症例を不思議と思うのは、はじめにこの人は「勤め先ではどこでも高く評価されていた」とあるのに、それ以降の記載を読むと、この人は「異常なまでの決断不能」で、買い物も自分では決められない依存的人物であって、とても普通以上に働けていたとは思えないからです。

 このような事態がありうるとしたら、まず言えるのは、この患者の「勤め先」とは、同じ作業を几帳面に繰り返してさえいればよいような、かなり単純な労働内容であったろうということです。なお、テレンバッハは、自分が検討したメランコリー症例群の職業分布について紹介していて、第1位は主婦(その多くは副業として農業や工場で働いていたとのことです)、第2位は裁縫業、第3位は事務職(事務、帳場など)、第4位は作業労働者と続き、テレンバッハ自身も、それらは精神的緊張や大学卒の学歴を要しない、「どちらかというと負担の軽い従属的な地位のもの」とコメントしています(邦訳138頁)。

 もうひとつ考えたいのは、「持ち前の几帳面さと勤勉さのために、勤め先ではどこでも高く評価されていた」という表現のニュアンスについてです。この訳文をさらりと読むとき、我々はなんとなく、この人物が、几帳面さと勤勉さ以外の点も含めて全般的に好ましい人物であるように受け取ってしまいます。原文をみてみますと、「Die in allen Stellungen wegen ihrer Ordentlichkeit und ihres Fleisses geschaetzte Patientin...」でして、もちろんこれが上の邦訳のように訳せるということに異存はありません。しかしながら、この「wegen」を辞書で引くと、「○○のせいで」といった意味のほかに、「○○に関しては」という意味もあるようなのです。もしそれを採用してもよいとすれば、ここは、「持ち前の几帳面さと勤勉さに関しては、勤め先ではどこでも高く評価されていた」という訳になります。つまり、患者の高評価が、几帳面さと勤勉さに限定されたものだったと述べているかもしれないと思うのです。

 この症例については、こうとでも考えないと不可解という印象をなかなかぬぐい去れませんが、他に考えられる説明があればぜひお教えください。

 この人物についての詳細は明らかではありませんが、現代では依存性人格障害として分類される可能性があるように思います。少なくともかなり近いものであることは確かでしょう。

DSM‐Ⅳ‐TR 301.6 依存性人格障害

 面倒を見てもらいたいという広範で過剰な欲求があり、 そのために従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を感じる。成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

(1) 日常のことを決めるにも、他の人たちからのありあまるほどの助言と保証がなければできない。

(2) 自分の生活のほとんどの主要な領域で、他人に責任を取ってもらうことを必要とする。

(3) 支持または是認を失うことを恐れるために、他人の意見に反対を表明することが困難である。

(4) 自分自身の考えで計画を始めたり、または物事を行うことが困難である。

(5) 他人からの愛育および支持を得るためにやりすぎて、不快なことまで自分から進んでするほどである。

(6) 自分で自分の面倒をみることができないという誇張された恐怖のために、ひとりになると不安、または無力感を感じる。

(7) 親密な関係が終わったときに、自分を世話し支えてくれる基になる別の関係を必死で求める。

(8) 自分で自分の面倒をみることになってしまうという恐怖に、非現実的なまでにとらわれている。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

 それでもこの症例7は、テレンバッハによって、死別の後に発症するメランコリーの「典型的な症例」(邦訳167頁)として紹介されているということも付言しておきましょう。

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