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2011年9月 6日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(7)

 テレンバッハの著書『メランコリー』に紹介されている症例を一例ずつ取り上げていますが、今回のはとても不思議な症例です。

<症例7> 女性患者ローザ・Hは、持ち前の几帳面さと勤勉さのために、勤め先ではどこでも高く評価されていた。夫が心臓発作で死亡したとき、彼女は最初の病相に陥った。彼女の性質は、以前から異常なまでの決断不能を特徴としていた。彼女はそのために、些細なこと(買い物とか間借人の選択とか)に至るまで、信用のおける知人の助言を借りねば決められなかった。《いつも誰かに決めてもらわねばなりませんでした》。ひとりでは決して物事を処理できず、ひとりになることをできるかぎり避けていた。他人を評価するという点では、疑い深いというよりはむしろ、自信がないのだった。彼女にとっての最大の問題は、《自信をもって》ある人を信用できるかどうかであった。夫はその意味ではあらゆる点でめがねにかなった人だった。彼女は結婚の10ないし15年も前から、夫や夫の家族を識っていた。彼女は、夫が決断や責任(リスク)を何もかも肩代わりしてくれることに慣れてしまい、夫にしっかりとしがみついていた。30年間の幸福な結婚生活ののち、夫は心臓発作で亡くなった。共生関係は、一瞬のうちにこわれてしまった。・・・以下略(邦訳167-8頁)

 私がこの症例を不思議と思うのは、はじめにこの人は「勤め先ではどこでも高く評価されていた」とあるのに、それ以降の記載を読むと、この人は「異常なまでの決断不能」で、買い物も自分では決められない依存的人物であって、とても普通以上に働けていたとは思えないからです。

 このような事態がありうるとしたら、まず言えるのは、この患者の「勤め先」とは、同じ作業を几帳面に繰り返してさえいればよいような、かなり単純な労働内容であったろうということです。なお、テレンバッハは、自分が検討したメランコリー症例群の職業分布について紹介していて、第1位は主婦(その多くは副業として農業や工場で働いていたとのことです)、第2位は裁縫業、第3位は事務職(事務、帳場など)、第4位は作業労働者と続き、テレンバッハ自身も、それらは精神的緊張や大学卒の学歴を要しない、「どちらかというと負担の軽い従属的な地位のもの」とコメントしています(邦訳138頁)。

 もうひとつ考えたいのは、「持ち前の几帳面さと勤勉さのために、勤め先ではどこでも高く評価されていた」という表現のニュアンスについてです。この訳文をさらりと読むとき、我々はなんとなく、この人物が、几帳面さと勤勉さ以外の点も含めて全般的に好ましい人物であるように受け取ってしまいます。原文をみてみますと、「Die in allen Stellungen wegen ihrer Ordentlichkeit und ihres Fleisses geschaetzte Patientin...」でして、もちろんこれが上の邦訳のように訳せるということに異存はありません。しかしながら、この「wegen」を辞書で引くと、「○○のせいで」といった意味のほかに、「○○に関しては」という意味もあるようなのです。もしそれを採用してもよいとすれば、ここは、「持ち前の几帳面さと勤勉さに関しては、勤め先ではどこでも高く評価されていた」という訳になります。つまり、患者の高評価が、几帳面さと勤勉さに限定されたものだったと述べているかもしれないと思うのです。

 この症例については、こうとでも考えないと不可解という印象をなかなかぬぐい去れませんが、他に考えられる説明があればぜひお教えください。

 この人物についての詳細は明らかではありませんが、現代では依存性人格障害として分類される可能性があるように思います。少なくともかなり近いものであることは確かでしょう。

DSM‐Ⅳ‐TR 301.6 依存性人格障害

 面倒を見てもらいたいという広範で過剰な欲求があり、 そのために従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を感じる。成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

(1) 日常のことを決めるにも、他の人たちからのありあまるほどの助言と保証がなければできない。

(2) 自分の生活のほとんどの主要な領域で、他人に責任を取ってもらうことを必要とする。

(3) 支持または是認を失うことを恐れるために、他人の意見に反対を表明することが困難である。

(4) 自分自身の考えで計画を始めたり、または物事を行うことが困難である。

(5) 他人からの愛育および支持を得るためにやりすぎて、不快なことまで自分から進んでするほどである。

(6) 自分で自分の面倒をみることができないという誇張された恐怖のために、ひとりになると不安、または無力感を感じる。

(7) 親密な関係が終わったときに、自分を世話し支えてくれる基になる別の関係を必死で求める。

(8) 自分で自分の面倒をみることになってしまうという恐怖に、非現実的なまでにとらわれている。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

 それでもこの症例7は、テレンバッハによって、死別の後に発症するメランコリーの「典型的な症例」(邦訳167頁)として紹介されているということも付言しておきましょう。

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