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2011年10月 1日 (土)

フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章(2)

 『フロイト全集』の読みは『制止・症状・不安』の途中で長いこと中断していましたが、気を取り直してまた読み始めてみました。正直、この論文には、岩波版全集には珍しく意味がとりづらい箇所が多いので、原文と逐一読み比べなければいけない手間があってしんどいです。

 かつて4章まで扱って中断したので、もう一度、前回すでに気づいていた翻訳上の問題

http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-2784.html

も考慮しながら4章を読んでみました。しかしやはり読みにくいままなので、少しでも読みやすくするために、前回指摘しなかった細かい個所や、今回読み直して気づいた箇所を以下に挙げていきましょう。

 私たちは、分析作業の間に明らかとなるようなこの少年の心的状況全体を考慮しない限り、分析を先に進めることができない。彼は、父親に対する嫉妬と敵愾心に満ちたエディプス的態勢にある。しかしながら、彼は、そのような分裂の原因である母親が頭に浮かぶときは別として、この父を心から愛している。(岩波版邦訳27頁、下線は引用者)

 「分裂」とありますが、直前にある嫉妬と敵愾心は、そもそも対立するものではないですから、訳文を読む限り、何と何との分裂なのかわかりません。原語の辞書的意味は「Entzweiung=仲たがい、不和」ですので、この辞書的意味のままがよいでしょう。

 私たちは、分析作業の間に明らかとなるようなこの少年の心的状況全体を考慮しない限り、分析を先に進めることができない。彼は、父親に対する嫉妬と敵愾心に満ちたエディプス的態勢にある。しかしながら、彼は、父との仲たがいの原因となる母親が頭に浮かぶときは別として、この父を心から愛している。(代案、下線は変更箇所)

 次です。

このような抑圧された欲動の蠢きから、私たちが馬恐怖症において想定したような代替物への道は、今までのところ通じていない。(岩波版邦訳28頁、下線は引用者)

 ここの文脈では、「このような抑圧された欲動の蠢き」とは、父への攻撃的な欲動の蠢きのことです。下線部は原文で「dem Ersatz fuer sie, den wir in der Pferdephobie vermuten」で、「vermuten et4 in...」は、「・・・が・・・にあると想定する」ですから、「それの代替物が馬恐怖症の中にあると想定した」です。

このような抑圧された欲動の蠢きから、その代替物 -私たちはそれが馬恐怖症にあると想定した- への道は、今までのところ通じていない。(代案、下線は変更箇所)

 次は訳語の統一性についてです。

母親に惚れ込んでいる小さなハンスが、仮に父親に対する不安を示すとしても、それを彼の神経症や恐怖症のせいだとするのは正当ではなかろう。私たちが眼前にしているのは、どこまでも了解可能な情動的反応であることになろう。この情動的反応を神経症とするのは唯一、もう一つの特徴、つまり父親が馬によって代替されていることである。(岩波版邦訳28頁、下線は引用者)

症状形成の本質をなす歪曲は、抑圧されるべき欲動の蠢きの代理表現(表象内容)においては全く遂行されず、それとは全く別の、本来的に好ましからざるものへの反動に対応する代理表現において遂行されているのである。(岩波版邦訳29頁、下線は引用者)

不安の内容、つまり、馬に噛まれる、および、狼に食われる、という不安内容は、父親から去勢されるという内容に対する歪曲的代替物である。この[後者の]内容は、実のところ、それ自体すでに抑圧を被っているのである。この内容は、ロシア人においては、男性性が示す反抗に対してもはや持ちこたえることができなかった欲望の表現であり、ハンスにおいては、攻撃性をその反対物へと転化せしめた反動の表現である。(岩波版邦訳35頁、下線は引用者)

 上記の3か所は、原文で同じ「Reaktion」ですし、おそらくは同じ事態を指すために対応した表現が用いられています。これは「反動形成」という術語の一部でもあります(しかもこの術語もこの前後で使われています)が、それとは別の意味でつかわれていますし、まあ一つ目の訳に合わせて「反応」で統一するのが良いでしょう。なお、上記3か所すべてで不定冠詞付きで使われていますし、二つ目の箇所では「単なる」という語もくっついていますから、それぞれ「ある種の情動的反応」、「単なるある種の反応」「ある種の反応」としておけば、3か所の対応も分かりやすくなると思います。

 次は簡単なところなのですぐに代案をみていただきましょう。

つまり両価性葛藤は、同じ一つの人物において解決されるものではなく、その蠢きのひとつに、代替対象としての別の人物が滑り込ませられるという形で、いわば迂回させられるのである。(岩波版邦訳29頁、下線は引用者)

つまり両価性葛藤は、同じ一つの人物において解決されるものではなく、その蠢きのひとつに、代替対象としての別の人物が滑り込ませられるという形で、いわば迂回されるのである。(代案、下線は変更箇所)

 次も「unverwandelt」という一語の翻訳だけなので、代案と並べて紹介します。

動物恐怖症の不安は、他へと転化することがない去勢不安であり、それゆえ実際に脅威となっている危険を前にした不安、あるいはいま現実にあると判断された危険に対する不安、すなわち現実的不安である。(岩波版邦訳35頁、下線は引用者)

動物恐怖症の不安は、他のものから転化したものではない去勢不安であり、それゆえ実際に脅威となっている危険を前にした不安、あるいはいま現実にあると判断された危険に対する不安、すなわち現実的不安である。(代案、下線は変更箇所)

 こういう細かいことの積み重ねが、岩波版の読みにくさを招いていると思うんです。

1925-28年 否定 制止,症状,不安 素人分析の問題 (フロイト全集 第19巻) 

フロイト (著), 加藤 敏 (編集)

出版社: 岩波書店 (2010/6/26)

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