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2011年11月 5日 (土)

ヤスパース『原論』の再読(第二章第一節)

 今回も、ヤスパース『精神病理学原論』の再読から翻訳などについて気づいた点を挙げていきましょう。第二章全体では多すぎるので今回はその第一節で区切ります。

感覚器による求心性の感覚的の伝導と、中央における過程と、遠心性の運動的な効果器という三つの分け方では、精神的なものは何もない反射弓というのが神経系の生理学の基本概念である。(みすず版邦訳123頁、下線は引用者)

感覚器による求心性の感覚的の伝導と、中央における過程と、遠心性の運動的な効果器という三つの分け方では、あらゆる精神的なもののずっと下方にあるこの反射弓が神経系の生理学の基本概念である。(代案、下線は変更箇所)

 下線は原文で「ganz unterhalb alles Seelischen」です。「unterhalb」ですから「下に」という意味ですし、それが「ganz」(=全く、すっかり)という副詞で強調されています。

 次です。反応試験についての文脈で、理解試験、連想試験、学習試験、供述試験、作業試験、と5つ列挙している箇所の最後の部分です。途中「こういう試験」とは、上記5種の試験すべてを指していると思われます。

五 加算や、測りうる運動を行う課題、この場合できた成績が測られ、それがいろいろの条件でどう変わるかをみる、作業試験 -こういう試験はどれも精神的な反射弓の各節全体をしらべるこのような成績が出てくるには非常に多くの機能が侵されないでいなければならない。(みすず版124頁、下線は引用者)

五 加算や、測りうる運動を行う課題、この場合できた成績が測られ、それがいろいろの条件でどう変わるかをみる、作業試験 -こういう試験はどれも精神的な反射弓全体の部分部分をしらべる成績が出てくるには非常に多くの機能が侵されないでいなければならない。(代案、下線は変更箇所)

 次です。

第一節 精神物理的装置の作業(作業心理学)(みすず版邦訳127頁)

 「精神物理的」という訳語はこの後何度も出てきますが、普通に考えて「精神生理的」でしょう。みすず版訳文でも、124頁では「精神生理学的」とされてもいます(ただしそこでの「学」の一文字は余計です)。

 次は単なる訳し落としと思われる箇所です。

狭義の理解というと、失認とはっきり区別はできないが、単に機能的な障害で、同時にあらゆる感覚領域に現れ、精神生活全体と関連しているものをいう。(みすず版邦訳129頁、下線は引用者)

狭義の理解の障害というと、失認とはっきり区別はできないが、単に機能的な障害で、同時にあらゆる感覚領域に現れ、精神生活全体と関連しているものをいう。(代案、下線は変更箇所)

 なお、ここらへんでは「Ausfassung」の訳語として「理解」が用いられていますけれど、みすず版の138頁あたりでは「把握」と訳されるように変わってしまいます。

 次です。

精神的なものは無数の要素に分たれて、あとからあとからと鎖のようにつながって意識の中を通って行くと考えられる。この要素は何らかの意識外の素地を残しておくので、これによってその要素はまた新たに意識されるようになる。精神的なものは皆外からの刺激が、このような素地を動かすことによって現れるのであり、こういう素地は一部は以前の刺激から得られたものである。(みすず版邦訳132頁、下線は引用者)

精神的なものは無数の要素に分たれて、あとからあとからと鎖のようにつながって意識の中を通って行くと考えられる。この要素は何らかの意識外の素地を残しておくので、これによってその要素はまた新たに意識されるようになる。精神的なものは皆外からの刺激か、またはこのような素地の現勢態化か、いずれかによって現れるのであり、こういう素地は一部は以前の刺激から得られたものである。(代案、下線は変更箇所)

 「現勢態化」とした箇所のもとの語は「Aktualisierung」ですが、ほかに良い訳は思いつきませんでした。

 また、「素地」と訳されているのは「Dispositionen」です。普通の訳では「素因」となりますが、この文脈では、フロイトの概念でいえば「痕跡」のようなものを指しているようで、たしかに「素因」ではぴったり来ないので「素地」もそれなりに良い訳語と思います。ただ、次のような箇所(みすず版140~141頁)にも同じ語がつかわれているのに統一されていないのが残念です。

・・・第二の場合には連合はできるようになっているが「分裂」があるのであって、このものはヒステリー機構によるものであるので、後で詳しく述べる。[→連合的な素地] 

このように、よくみられる普通の記憶障害でも、再生能力と、記憶の大きな貯蔵庫と、記銘力を分けることができる。[→記憶の素地]

記憶の貯蔵は時のたつにつれて消失し、われわれは忘れるのである。[→記憶の素地]

 次です。

精神病者の非常に多数の、奇妙な運動現象は二つの側からしらべられる。患者の異常な精神生活と意志意識の正常な結果が妙な運動として現れることもある。こういう関連がわかれば、その運動は「行為」や「表情運動」であって、それをわれわれは了解するのであり、たとえば喜びのわき出る躁病患者の運動欲や、不安な人のじっとしていられない状態のごときである。(みすず版邦訳143頁、下線は引用者)

 144頁の「運動性興奮の状態は運動心迫というが・・・」と訳語を統一して、下線部は「運動心迫」の一語に変更するのが良いでしょう。

 次です。

特発性に談話が出てきて、自我はそれに対して傍観者の態度をとるものは、現象学の章の欲動と意志の項の最後に、ある一人の患者の唸りの状態のところで述べた。(みすず版邦訳152頁、下線は引用者)

 はじめの「特発性」は原語で「spontan」で、みすず版146頁などに合わせて「自発性」が良いでしょう。二つ目の下線部は、原書では、「72ページに」と、頁番号(もちろん原書の)を明示しています。みすず版は、おそらく訳文作成の段階では書籍化されるときの頁番号が未定だからゆえの表現でしょう。これに対応する箇所は、みすず版邦訳では96~97頁にある、シュレーバー回想録からの引用部分です。これは「欲動と意志の項」のなかでは最後の引用文ではなく最後から二番目の引用文ですから、上のみすず版邦訳は不正確でもあります。訂正すると以下のようになります。

自発性に談話が出てきて、自我はそれに対して傍観者の態度をとるものは、96~97頁の、ある一人の患者の唸りの状態のところで述べた。(代案、下線は変更箇所)

 ちなみにシュレーバー(現代の診断基準でも日本の精神病理学者の診断でも、ふつう統合失調症とされます)の回想録はこの本で何度も引用されていますが、ヤスパースは彼を「パラノイア者」としています。

 次は上の関連箇所です。

カンディンスキーのいうところによると、時に患者は語誦をしようという気が強迫的に起こることを強く感じることもある(これは上に述べたドリニンの唸りの状態や特発性の談話と同様のものである)。(みすず版邦訳153頁、下線は引用者)

カンディンスキーのいうところによると、時に患者は語誦衝動が強迫的に起こることを強く感じることもある(これは上に述べたドリニンの唸りの状態や自発性の談話と同様のものである)。(代案、下線は変更箇所)

 なお、この「語誦」は巻末索引では「語唱」という表記になっていますし、173頁などでは本文でも後者の表記が使われています。

 ついでにいえば、この前後には「談話欲」という表現もよく出てきますが、他の箇所と統一性を図るなら「談話心迫」とすべきです。

 では次です。

 疲労性、回復性、練習能力、練習根気、転導性、習慣性、気乗りなどという素因は精神物理的機構の基本性質で、クレペリンは人格という。(みすず版邦訳158頁)

 疲労性、回復性、練習能力、練習根気、転導性、習慣性、気乗りなどという素質は、精神生理的機制の基本性質(クレペリンは人格という)として理解すべきである。(代案)

 「素因」とか「精神生理」についてはすでに述べました。もうひとつ、「機構」は、ほとんどの箇所で「Mechanismus」の訳語なので「機制」が良いと思います。精神医学上の慣用として、たとえば「ヒステリー機制」のほうがしっくりきます。

 全体を通しての問題としては、Konstitution、Disposition、Anlage、Veranlagungといった語が、「素因」「素質」「素地」「体質」「でき」「たち」「もちまえ」などの訳語に、ほとんど規則性なしに対応させられているので、文脈的なつながりが見えづらい箇所が多々あると感じました。私の語感としては上の四つにはそれぞれ順に「体質」「素因」「素質」「資質」とあてておくとだいたいの箇所で意味が通ると思います。

精神病理学原論 
カール ヤスパース (著), Karl Jaspers (原著), 西丸 四方 (翻訳)
みすず書房; 限定復刻版 (1971/01)

Allgemeine Psychopathologie Ein Leitfaden Fur Studierende, Arzte Und Psychologen (1913) Karl Jaspers (ペーパーバック - 2009/11)

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