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2011年12月20日 (火)

ヤスパース『原論』の再読(第三章第一節)

 ヤスパース『精神病理学原論』を再読して、翻訳上の問題を取り上げるシリーズの続きです。

精神的反射弓というのは主観からみれば了解的関連で、対象意識から感情や努力や反抗、最後に行為が「出てくる」のであるが、客観的にはこれに反して因果的なつながりで、外部刺激が消化加工と反応を引き起こすのである。(みすず版邦訳183頁、下線は引用者が付した)

 主観的には『了解的な関連』、客観的には『因果的なつながり』とされているわけですが、『関連』と『つながり』という日本語の二語の意味の相違は小さいので、なぜ言い換えられているのかいまひとつわかりません。原書で後者は『Folge』ですので、次のようにして対比を強調してみます。

精神的反射弓というのは主観からみれば了解的関連で、対象意識から感情や努力や反抗、最後に行為が「出てくる」のであるが、客観的にはこれに反して因果的な帰結で、外部刺激が消化加工と反応を引き起こすのである。(代案、下線は変更箇所)

 次に移ります。

だから一次的なのは妄想体験、幻覚であり、二次的なのは理性的な働きによって得られた妄想体系(健康な心によって病的な出来事が消化加工される)である。(みすず版邦訳186頁、下線は引用者が付した)

 ここで『体験』には『Erleben』という動詞形が用いられていますが、ここ以外の箇所で使われる名詞『Erlebnis』(すでに客体化された体験やその内容を示す)と使い分けられています。この相違は病識についての説明では極めて重要であって、以前にも『精神病理学総論』(岩波の三巻本)について取り上げましたhttp://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-8dd7.html

 さらに、ここでは『幻覚』も動詞形が用いられていますので、次のような代案を提案します。

だから一次的なのは妄想体験すること、幻覚することであり、二次的なのは理性的な働きによって得られた妄想体系(健康な心によって病的な出来事が消化加工される)である。(代案、下線は変更箇所)

 なお、動詞形の『体験Erleben』は、191頁では『遭遇』と訳されています。

 次の箇所に進みましょう。

決断不能、けりをつけられないなどが精神衰弱者にあり、またブロイラーの両価性というのがあって、これは早発性痴呆の患者にことにある事実で、同じものを同時に憎みかつ愛することができるとか、正しいと思いかつ誤っていると思うことができるとかいうことで、たとえば正しい見当識を持っていながら同時に妄想的な見当識を確信をもって曲げないごときである。(みすず版邦訳190頁、下線は引用者が付した)

 最初の部分に訳し落としがありますので補ってみます。ついでに、全体の文型を少し整えてみます。

決断不能、けりをつけられない、準備を整えられないなどが精神衰弱者にあり、またブロイラーの両価性というのがあって、これは早発性痴呆の患者にことにある事実で、同じものを同時に憎みかつ愛することができるとか、正しいと思いかつ誤っていると思うことができるとか、またたとえば正しい見当識を持っていながら同時に妄想的な見当識を確信をもって曲げないごときである。(代案、下線は変更箇所)

 さらに次へ進みます。

五 欲動の発展、情熱、評価、世界観、人生観。人間の何かを得ようという努力や願望を分析すると根本的な、質的に独特の、それ以上さかのぼれない究極の欲動のもとというものに至る。(みすず版邦訳193頁、下線は問題箇所に引用者が付した)

 ここは初めの部分に余分な補足があります。ただ、原語の『Anschauungen』は、一語の日本語には訳しづらいのも確かです。あとの二か所は訳語の問題です。

五 欲動の発展、情熱、評価、見解。人間の何かを得ようという志向や願望を分析すると根本的な、質的に独特の、それ以上さかのぼれない究極の欲動素質というものに至る。(代案、下線は変更箇所)

 『欲動素質』としたのは原語で『Triebanlagen』ですが、ちなみにこれは185頁から186頁にまたがる部分では『もちまえの欲動』とされています。

 次が今回の最後です。代案もまとめて紹介します。

第一群は感覚的欲動で、性欲や食欲などである。(みすず版邦訳193頁、下線は問題箇所に引用者が付した)

第一群は官能的欲動で、性欲や食欲などである。(代案、下線は変更箇所)

 ここで『官能的』としたのは『sinnlich』です。

精神病理学原論 
カール ヤスパース (著), Karl Jaspers (原著), 西丸 四方 (翻訳)
みすず書房; 限定復刻版 (1971/01)

Allgemeine Psychopathologie Ein Leitfaden Fur Studierende, Arzte Und Psychologen (1913) Karl Jaspers (ペーパーバック - 2009/11)

Allgemeine Psychopathologie Ein Leitfaden Fur Studierende, Arzte Und Psychologen (1913) Karl Jaspers (ペーパーバック - 2009/11)

 

出版社: Kessinger Publishing (2009/11)

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