« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章(3) | トップページ | フロイト全集19から『制止、症状、不安』第6章 »

2012年1月 5日 (木)

フロイト全集19から『制止、症状、不安』第5章(2)

 あけましておめでとうございます。今年は、再び我々の生活を大きく脅かすような出来事がないことを切に願っています。

 見通しをつけづらい論文、『制止 症状 不安』の岩波版を、行きつ戻りつしながら読み進めていますが、結局、5章以降は原文と一字一句照らし合わせてみることにしました。すでにこのブログでは、5章の翻訳上の問題を取り上げたことがありましたが、原書と突き合わせてまた新たに見つかった点を紹介します。

また、強迫神経症においては、いつも、その最下層において極めて早期に形成されたヒステリー症状が見出されるようである。しかし、それ以降の形成は、ある体質的要因によって決定的な仕方で変容させられる。リビードの性器的編成は、脆弱で、あまりにも抵抗力を欠いていることが明らかとなる。自我が、自らの防衛努力を開始した際に自我が手にする最初の成果は、自我が、(ファルス期の)性器的編成が完全に、あるいは部分的に、それ以前のサディズム肛門期へと逆戻りさせられる、ということである。(岩波版40頁、下線は引用者)

 これは誤植のようで(私はどうして一度目に読んだとき気づかなかったのでしょう)、三つめの「自我が」を省いてください。なお、その直前の「成果Erfolg」は、41頁10行目で同じ事態が説明される際には「戦果」とされています。

 次の問題点に移ります。

早期小児期の自慰を続けようとする誘惑は、容赦なく厳禁され、それゆえにまた必ずしも成功せず、退行的(サディズム肛門的)表象に依拠するようになる。他方でその誘惑はまた、ファルス的編成への抑えつけようのない関与を代理表現している。(岩波版42頁、下線は引用者)

 この訳文では、「成功せず」の主語は「誘惑」であるかのように読めますが、原文は違います。

早期小児期の自慰を続けようとする誘惑は、容赦なく -だからといって必ずしも成功しないが- 厳禁され、いまや退行的(サディズム肛門的)表象に依拠するようになる。他方でその誘惑はまた、ファルス的編成の克服されていない関与を代理表現している。(代案、下線は変更箇所)

 二つ目の下線部は、何が何に関与しているかという事項関係に関する訂正と、「bezwingen」の訳語を岩波版40頁8行目と統一するという点で変更しました。

 次です。

なぜなら、まさしく抑圧された自慰が強迫的行為という形で、満足への接近をどこまでも追求するからである。(岩波版42頁、下線は引用者)

 いつものことですが、「抑圧」は「verdraengen」の定訳なので、ここの「unterdruecken」は「禁圧する」とか、岩波の全集のたとえば『精神分析概説』など多くの後期論文で用いられていた「抑え込む」といった訳にしたほうが良いでしょう(岩波版44頁6行目の「抑圧」も同様です)。二つ目の下線部については些細な変更かもしれませんが一応直しておきます。

なぜなら、まさしく抑え込まれた自慰が強迫的行為という形で、満足へのかぎりない接近を掴み取るからである。(代案、下線は変更箇所)

 次です。

ヒステリーの防衛過程は抑圧に限定され、そこでは、自我は好ましくない欲動の蠢きを避けて、無意識の経過にこれを委ね、その運命にこれ以上関与しない。もちろん、このことが唯一正しいわけではないが、実際、私たちは、ヒステリー症状が同時に超自我の懲罰要求の満足を意味するような症例を知っている。(岩波版42頁、下線は引用者)

 下線部の日本語表現からすると、その後には、ヒステリーの防衛過程が抑圧に限定されているような例が挙げられるであろうと思えますが、そのあと実際に挙げられているのは、ヒステリーが抑圧以外の役割を果たすような例です。以下のように訂正します。

ヒステリーの防衛過程は抑圧に限定され、そこでは、自我は好ましくない欲動の蠢きを避けて、無意識の経過にこれを委ね、その運命にこれ以上関与しない。もちろん、このことが唯一正しいわけではない。というのも、実際、私たちは、ヒステリー症状が同時に超自我の懲罰要求の満足を意味するような症例を知っている。(代案、下線は変更箇所)

 次です。

かくして、一方では幼児期の攻撃的な蠢きが再び目覚め、他方では新たなリビード的蠢きの、程度差はあっても大きな部分 -最悪の場合にはその全部- が、退行によって予め敷かれた軌道に従い、攻撃的で破壊的な意図として登場する。このような性愛的要求の仮装と、自我における強い反動形成の帰結として、ここに性欲に対する闘いが、倫理的な旗幟のもとで継続される。(岩波版44頁、下線は引用者)

 下線部ですが、原文では「Infolge dieser Verkleidung der erotischen Sterebungen und der starken Reaktionsbildungen im Ich」とあり、2つ目の「der」は、「Reaktionsbildungen」が複数形ですから2格であり、「der erotischen Sterebungen」と同格です。岩波版ではこの「der」を誤って3格と解したようで、「dieser Verkleidung」と同格であるかのように訳されています。この点を改めて(ついでに私なりの訳語選択で「Strebung」を「要求」ではなく「志向」と訳して)、以下のように提案します。

かくして、一方では幼児期の攻撃的な蠢きが再び目覚め、他方では新たなリビード的蠢きの、程度差はあっても大きな部分 -最悪の場合にはその全部- が、退行によって予め敷かれた軌道に従い、攻撃的で破壊的な意図として登場する。性愛的志向と自我における強い反動形成とのこのような仮装の帰結として、ここに性欲に対する闘いが、倫理的な旗幟のもとで継続される。(代案、下線は変更箇所)

 次の箇所で今回の最後にしましょう。

この疾病を最初から支配していた、エスと超自我との間の極度に先鋭化された葛藤は、無力で媒介しえない自我がどのような方策を用いても、それに巻き込まれることから逃れようがなくなるほどに拡張することもある。(岩波版44頁、下線は引用者)

 下線部「zur Vermittlung unfaehig」ですが、「(エスと超自我とを)調停しえない」ということでしょう。

1925-28年 否定 制止,症状,不安 素人分析の問題 (フロイト全集 第19巻)

フロイト (著), 加藤 敏 (編集)

出版社: 岩波書店 (2010/6/26)

« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章(3) | トップページ | フロイト全集19から『制止、症状、不安』第6章 »

フロイト」カテゴリの記事

フロイト全集(岩波書店)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フロイト全集19から『制止、症状、不安』第5章(2):

« フロイト全集19から『制止、症状、不安』第4章(3) | トップページ | フロイト全集19から『制止、症状、不安』第6章 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ