« 下田・中ら『初老期鬱憂症の研究』3 | トップページ | 下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』4 »

2012年8月26日 (日)

テレンバッハ『メランコリー』(14)

 テレンバッハの大著『メランコリー』の症例の検討を続けます。

 本題からずれますが、すでに何度も書いてきたとおり、このテレンバッハが提唱した重症メランコリーの病前性格は、日本の軽症うつ病者について笠原が提唱した病前性格(笠原自身はテレンバッハ説を受け継いだものとして述べ、『メランコリー親和型性格』と呼んだ)とは大きく異なっていると思いますので、私はテレンバッハの類型を『メランコリー型』と表記して区別するよう心がけてきました。しかしプロバイダによるアクセス解析によれば、『メランコリー型』という検索ワードで検索されることはほとんどないようでして、多くの方にこのブログを読んでもらうには今後は文中のどこかにやはり『メランコリー親和型』という表現を置くなどの工夫が必要そうです。

 さて今回は症例14ですが、やや長いのですこしずつ分けながら見ていきましょう。
 
 

<症例14>女性患者アンゲーラ・Rは、寛解後の診察に際して次のように述べた。48歳の患者は、なが年のあいだ7人家族の家計をきりまわし、ふだんは朝の6時から夜の11時まで働いた。衣類はいっさい -服も含めて- 自分で作り、自分で洗っていた。その上、彼女は野良仕事もやっていた。1956年からすでに胆嚢の病気が始まっていて、腹の右側にたえず鈍痛があり、時どきは疝痛が起り、そういった症状は仕事をするとひどくなるにもかかわらず、仕事を休もうとはしなかった。完全に疲れ切ってしまう一歩手前のところまで来ることもよくあったが、それでもまだ一度も休暇をとったことがなかった。《朝計画したことを済ませてしまわないと、自分で気持ちが悪いのです》。何かやりかけで残っているようなことがあると、《明日の朝はいつもより早く起きて、残った仕事を片付けてしまおう》と自分に言いきかせるのだった。何事につけても、彼女はできる限りきちんとしていた。《できればもっときちんとやりたいと思うことがいくらもあります》。人から《そうやって置いておいたらいいじゃないか、なにもそんなにきちんとすることはないじゃないか》といわれることがよくあった。

 この症例の仕事量は、症例1と同様、NHKドラマ『おしん』のレベル(あるいはそれ以上)であって、現代のわれわれの感覚からすると常軌を逸しています。テレンバッハのいうメランコリー型性格者の秩序愛が仕事に向かうときにはこのレベルの仕事量に達するのであって、笠原がいうような普通人の範囲にはおさまらない気がします。
 

彼女はとうとう、自分が癌にかかっていると思い込んだ -もしそうならば、手術を受けることもない、と考えた。食欲がなくなり、痩せてきて、黄疸になって、結局病院に入ることになった。病院でも胆石は証明されず、胆嚢も造影できなかったので、彼女は癌の存在を確信した。そして、自分はもうよくならないと思った。

 病気によってそれまでの仕事ができなくなるという状況からメランコリー発症へ向かう、という流れについてはテレンバッハの理論にもよく合致し、理解しやすいものと思います。さらに次の一節によれば、患者は仕事だけでなく性道徳的な面でも几帳面な人物であり、入院によって別の心配が頭をもたげてきたようです。

そこへ別の心配が加わって、そのことが彼女の心を絶えず曇らせた。頭の中は入院中ずっと、夫や子供たちの心配でいっぱいだった。彼女が自分から述べているところによると、子供たちが小さくて家にいた間は心配することはなかったのに、《今では子供たちは夜でも出かけていきますし、どんな場面があるかわからないような映画にも行くんです。ちゃんと調べておかなければなりません》。ところが、それを調べることがもう長いあいだできないのであった。

 ここで「調べることがもう長いあいだできない」とされているのは、身体的な病気になって入院したから、ということでしょう。
 ここから少し飛ばして、最後の部分をみてみましょう。

さて、病気で家にいる息子のEは、夫が夜勤のときにはだれも監督する人がいなかった。患者は、この息子が獣姦をしているのではないかという(メランコリーのときに口にした)疑いを、今でも抱いている。彼女はたびたび、この息子が家畜小屋で大変奇妙な様子であるのを見たという。彼女は病院で《罪深いものばかり》書いてある本を読んだ。すると、息子が今、家でそんなことをしているのではないかと心配になった。《万一そんなことがあったら、それ以上いやなことはありません》。彼女はまた、子供を誘惑する男たちのことも読んだし、内科病棟の女の患者たちは、そういったことについて平気で話すことが多かったという。このような言いかたで、患者は近親相姦的な妄想内容をほのめかしていた。しかしこの問題についての詳しい問診は、患者がそれによって取り乱すおそれがあったために、断念しなくてはならなかった。ただ彼女がいうには、彼女は精神病になるずっと前から、内科病棟で聞いたすべてのことを夫とも関係づけて考えていたという。

 この部分で翻訳について一点述べると、引用箇所の「メランコリー」という語は、原文では「精神病」とされています。テレンバッハの研究対象は、入院を必要とする精神病レベルの患者であったことがここでも明示されています。
 しかもこの症例は、上の引用箇所によれば、寛解後も、息子の獣姦に関する疑念を抱き続けています。さらに、内科で治療を受け始めてから精神病を発症するまでの間に、すでに「精神病になるずっと前から、内科病棟で聞いたすべてのことを夫とも関係づけていた」といいます。つまり夫が息子と近親相姦しているのではないかという妄想を抱いていたということです。
 普通、うつ病が重症化した際に生じるとされる妄想のテーマは、罪業、心気、貧困の3つのテーマが多いとされ、三大妄想とまとめられたりしますが、この患者の妄想はそれらのテーマには合致しません。また、うつ病が重症化して妄想が生じるというよりも、発症初期から発生し、寛解しても残存しているということも指摘しておきましょう。
 こういう症例記載をみると、テレンバッハの『メランコリー型』は普段からメランコリーに片足を突っ込んでいる人たちだという印象を強くしますし、冒頭に書いたように、笠原の『メランコリー親和型性格』とは明らかに別物と思います。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

« 下田・中ら『初老期鬱憂症の研究』3 | トップページ | 下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』4 »

精神病理学」カテゴリの記事

メランコリー」カテゴリの記事

テレンバッハ」カテゴリの記事

病前性格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: テレンバッハ『メランコリー』(14):

« 下田・中ら『初老期鬱憂症の研究』3 | トップページ | 下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』4 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ