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2012年8月18日 (土)

下田・中ら『初老期鬱憂症の研究』3

 これから当分は、下田一門の論文の症例と、テレンバッハの大著『メランコリー』の症例を、交互にみていこうと思います。今回は下田一門の方です。

 なお、「鬱憂症」は、諸外国でいう「メランコリー」の訳とのことです。

 初老期鬱憂症 軽鬱状態型

  単純なる軽鬱状態 

 症例3 中○理○ 男、40歳、昭和7年12月3日入院、同8年1月10日退院。会社員。

 主訴 不眠、心悸、結核恐怖。

 既往歴 高商卒業、学力優秀、19歳の頃神経衰弱に罹り、倫理の先生に「自然に任せ、心配せずともよい」と教えられて治癒せることあり。性格は小心翼々たる勉強家、几帳面、自説を固執し、熱中性、率直、責任感強く、可親円満、不全感を有し、苦労性、遠慮、努力的の点もあり[別表では『偏執・神経質』とまとめられている]。32歳の時工場長となり馬車馬的に奮闘努力、日曜祭日も不休勤務、発病前 日支事変[=満州事変(昭和6年9月)?]勃発の成行を心痛せしことあり、4年前1子を失い、その後家族の病気につき特に心配するようになりたりと言う。

 現病経過 昨年(昭和6年)11月頃より漸次全身倦怠、心悸、内臓の異常感、眩暈、陰萎、頭痛、肩凝り、四肢の冷感あり、内科医4名の診察を乞う、その頃仕事を減じ居たりしが近日重役に推薦せらるること内定し居りしを以って無理に出勤せり、本年1月「レ」線診断の結果癒着性肋膜炎、肺門腺結核、肺炎カタルと診断され極度に驚愕し心痛せり、当時無熱、無咳、結核菌の咳出なし、2月19日風邪、気管支炎を発し40日臥床ますます神経過敏となる、4月より床上に起き上るも人と面接不能、新聞を読むを得ず、視野茫然として、不眠続く、1ヶ月半睡眠剤を用う、室内歩行、陰萎軽快せるも情交不能、7月「レ」線診断にて全治せりと言われ、食欲出で、新聞を読みうる程度となる、2ヶ月に約2貫目体重を増したれど11月後睡眠浅く、多夢、陰萎全快せず、胸部疼痛および圧迫感異常感あり、睡眠療法を希望して当科を訪う。(略)

 現症候 (略)精神的にも殆んど異常を認めず、唯主観的に前記の如き訴を有するのみ。血液ワ氏反応(-)、脊髄液に黴毒性変化皆無なり。

 睡眠療法、第8日迄は至極良好の経過を取り、既に全治の感ありしが第9日目散歩中心悸を覚えてより、心悸起り、症状悪化す、説明および体験療法を併用、入院後約40日にして退院、その後主治医の命に従い医薬を絶ち、旅行するうち約1ヶ月にして全治せり。

 本例の如きは心因性因子顕著にして一見神経質又は「ヒステリー」症との鑑別困難なり。然れども単純神経質又は「ヒステリー」症としては性格上および身体上何等の退行性変性を示さず、経過長けれども性格的欠陥を残さず全治する点等これらの純粋心因性疾患に一致せざる点あり、加うるに性格は「シツオイード」にあらざる偏執性性格にして、典型的肥満型体質を有し、不眠、心悸、内的抑制(面接不能、新聞雑誌の理解不能)、その他種々の異常感あり、基礎的症候は感情沈鬱にありしものの如く余等の所謂基礎症候を完全に具有せり、故に本症を初老期鬱憂症と診断せるも不可なかるべし。
 然れども本患者の性格中には小心翼々、不全感、苦労性、遠慮等の神経質的傾向も加味せられ、青年時神経質様状態を経過し、現症候中にも強迫思考性徴候顕著に前景に立ち、療法中にも精神療法的技巧を加えざる可からざる等心因性反応を全然除外することも亦困難なり。余等は斯くの如き病型を心因性徴候を有する鬱憂症として該[=がい]心因性徴候は鬱憂症の一症候として性格的に従来有し居りし神経質的傾向が一時悪化せるものと考えんとす。(下線は引用者が付した)

 下線の「偏執性性格」は、例によって、のちに「執着性格」と呼び換えられる性格類型です。記載中、「可親円満」という語の調べが付きませんが、だいたいのところは想像できる気がします。 

 ここまでの2症例と同様の熱中性があって「馬車馬的に」働く人物であるうえ、この人は責任感が強く、かつ遠慮や小心翼々としたところもあるなど、『笠原のメランコリー親和型性格』にかなり近いのではないでしょうか。被雇用者としてけっこう若くして出世しているようですが、これも、笠原が日本の高度成長期の中間管理職を想定して提示したイメージと近い気がします。著者らはこういうのを、「神経質的傾向も加味」と書いていて、こういう人物像を純粋な類型の表れとは見ていないようです。そもそも笠原の類型は、先行研究者たちが記載した特徴から、当時の日本人に多かったものを寄せ集めてできたものであったことに見事に対応しています。 

 なお、これはテレンバッハのメランコリー型の症例群とは少し違う気もします。ここに何度も書いてきましたが、テレンバッハの症例群には、日々繰り返されるような事柄に対して過剰な几帳面さを示す人物が多く、社会的地位でいえば低いままとどまる人ばかりです。

 病前性格以外の点では、「説明および体験療法」という記載も面白いと思います。今でいう認知行動療法のようなやり方は、すでに当時から行われていたということでしょう。

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コメント

お久しぶりです。

最近は、うつ病、双極性障害の議論も多いし、
実際外来患者さんでDSM的には該当するけど、
診断書を初診から要求、
という怪しげな患者さんが頻繁に来院します。
病欠しながら50回海外旅行し、疲れたから入院を、
という地方公務員とか。

患者さんたちのネットを通じた知識豊富といか、
すぐ企死念慮を訴えるし、
薬物への注文はやたら多いし、
やりにくいですねえ・・

 お久しぶりです。
 私の勤務先は山際にあって、初診は入院目的の紹介患者がほとんどという病院ですので、幸いにして、おっしゃるような患者は多くありません。
 最近のうつ病の診断基準では、良い出来事があったときに気分が上向くことがあってもよいとされるのは確かですが、だからといって、会社でのみうつ症状が出現する状態でもうつ病と診断してよいとはいえないでしょう。うつ病の診断には、特段の良いことも悪いこともない日(たとえば休日)にも明瞭な抑うつ症状が必要だというのは、当たり前のことと思うんですが、世間には通用しないんでしょうか。

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