« テレンバッハ『メランコリー』(14) | トップページ | テレンバッハ『メランコリー』(15) »

2012年9月 1日 (土)

下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』4

 今回は下田門下の論文の症例です。

 初老期鬱憂症 軽鬱状態型

 単純なる軽鬱状態

 症例4 松○清○ 男、43歳、昭和7年11月29日入院、同8年2月10日退院。銀行員。

 主訴 沈鬱、記銘不良、不眠、労務不能感、四肢冷感。家族歴に記すべきことなし。

 既往歴 毎年軽症脚気を患う、胃腸弱し。性格熱中性、率直、責任感強く、交際広く可親円満なれど負け嫌いにして競争心強し。10年前神経衰弱に罹り約1ヶ月にして全治せりと言う。

 現病経過 昨年(昭和6年)10月頃銀行の貸金整理の為め頭脳を労し、過度に熱心となりしことあり、本年5月決算の際過労し、刺激性、頭重感、記銘不良、考慮制止(文書を書く時仲々文句が出ぬ)、前途の悲観、不全感、時々胸内苦悶あり胸痛を訴え、陰萎に陥る。四肢の冷感は2,3年前よりあり毎年冬期は湯保[=たんぽ]を入れて眠る、「シビレ」感あれど脚気の為ならんと言う。肩の凝りは2,3年前よりあり、近時は就眠は比較的良好なれど夢多く熟眠感なし。1ヶ月前 頭重その他の主訴により長崎医大を訪れ脚気及び貧血の診断を受けしが無理に仕事をなす、偶々[=たまたま]睡眠療法のあるを知り当科を訪いたりと言う。食思良好なれど秘結[=便秘]に傾く、酒煙草を不用。

 現症候 体構細長型、体格大、骨格、筋肉ともに弱、栄養悪し、四肢厥冷、散瞳、軽度の眼球突出症を認む、膝蓋腱反射弱、アヒレス腱反射消失の他に著変なく、精神的に主観的の記銘不良、判断力欠乏、興味消失、無気力、労作能力減退、疲労感亢進などを訴うるのみ、一見正常なり。入院即時(11月29日)スルフォナール2.0アダリン1.0にて睡眠療法開始、翌日より発疹、直ちにスルフォナールを廃し、ベルナール1.5、抱水クロラール1.0、臭剥[=臭化カリウム]3.0を持続、十分の睡眠を摂らしむ。恢復期にインシュリン、テスチグランドール等の注射を行う。12月12日頃より多弁、爽快となり、諧謔を弄し軽躁状態を呈す、然かも睡眠甚だ良好なり、かかる軽躁状態は睡眠剤廃止後も依然として持続せしが、その後約1ヶ月にして少しく鎮静し嬉々として退院せり。

 本例は典型的の軽鬱状態の症候を有し、性格上よりするも初老期鬱憂症たること明らかなり。なお興味あるは本例が治癒前漸く軽躁状態にありしことなり。該[=がい]状態は睡眠剤極度減少後(アダリン、スルフォナール各0.2)も約1ヶ月継続せるを以って睡眠剤による病的酩酊状態とは解し難く、鬱憂症の治癒するとともに軽躁状態を発するに至りたりと解する方妥当ならん。果して然らば一見神経症の如き本例も躁鬱病の鬱状態に他ならざる証左となるべく、軽鬱状態の本体に対し示唆するところ多し。

 この例は、別表で性格を『偏執性』とされていますが、これは下田が後に『執着性』と改称して躁うつ病/うつ病の病前性格としたものです。

 引用の最後にまとめられているように、初老期鬱憂症と躁鬱病とは連続したものと考えられており、執着性格は両者に共通の病前性格です。この例は軽躁状態を呈しており、現在では双極2型に分類されるでしょう。

 軽躁は完全には消えなかったようですし、眼球突出や寒気など甲状腺疾患を疑いたくなる所見も気になります。しかも『一見神経症の如き』とも書かれていて、これが何を指すかよくわかりません。この例の抑うつ症状が主として主観的なものに限られていて、『一見正常』というあたりを指すのでしょうか。といいますのは、この論文の記載によれば、鬱憂症の一次的沈鬱は厳粛であって観察者から見て明らかとされているからです。 なお、この例の性格にも、他者配慮的な要素は乏しく、遠慮や慎みの記載もありません。そうした要素は、症例3のような、神経質性の性格特徴が混合したとされる例にのみ認められます。

« テレンバッハ『メランコリー』(14) | トップページ | テレンバッハ『メランコリー』(15) »

精神病理学」カテゴリの記事

メランコリー」カテゴリの記事

病前性格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』4:

« テレンバッハ『メランコリー』(14) | トップページ | テレンバッハ『メランコリー』(15) »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ