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2012年11月 2日 (金)

抑圧という意味で去勢を知ろうとしなかった・・・

 いま、フロイト全集から、14巻の『狼男』症例を読んでいます。
 ラカンが引用して有名な、次の一節に引っかかりました。原文と合わせて紹介します。

 彼は去勢を棄却したと私が述べたとき、この表現のさしあたりの意味は、抑圧の意味であって、去勢など知らないということである。(邦訳89頁、下線は引用者が付した)

 Wenn ich gesagt habe, dass er sie verwarf, so ist die naechste Bedeutung dieses Ausdrucks, dass er von ihr nichts wissen wollte im Sinne der Verdraengung.

 まず明らかな間違いとして、下線部は原文には「wissen wollte」とあるので「(去勢など)知りたくなかった」という意味になりますが、岩波版邦訳にはこの助動詞「wollen(・・・しようとする、するつもりだ)」のニュアンスが無く、「(去勢など)知らない」とされています。

 この箇所の翻訳が問題だと思うのは、上の訳では、“私は棄却という言葉を、抑圧という意味で使った”という意味になってしまうことです。

 といいますのは、「彼が去勢を棄却したと私が述べたとき」とは邦訳83頁のことですが、そこでフロイトははっきりと、「抑圧は棄却とは別ものである」と言っているからです。

 私としては、岩波版のように「『棄却』=『抑圧』」といわれているのではなく、「『棄却』=『抑圧したい』」ということではないかなと思うのです。訳としては、次のようになるでしょう。

 彼は去勢を棄却したと私が述べたとき、この表現のさしあたりの意味は、去勢など -抑圧の意味で- 全く知りたくなかったということである。(代案1)

 もう少し意訳して良ければ、

 彼は去勢を棄却したと私が述べたとき、この表現のさしあたりの意味は、去勢などは、抑圧に沿うように全く知りたくなかった、ということである。(代案2)

 さて、ラカンは、『抑圧』と『排除』(先のフロイト全集では『棄却』と訳されていた概念)との相違(それぞれ、ラカンが神経症のメカニズムと考えるものと、精神病のメカニズムと考えるものです)を説明する文脈で、この症例から次のように引用しています。

 「排除」に関して、フロイトは次のように言っています。「主体は、抑圧という意味においてすら、去勢について何一つ知ろうとしなかった」。実際、抑圧という意味では、知りたくないと思っているものを或る意味では知っているわけです。(ラカン『精神病』邦訳上巻250頁)

 ちなみに、初めの二文のフランス語原文は、A propos de la Verwerfung, Freud dit que le sujet ne voulait rien savoir de la castration, meme, au sens du refoulement.となっています。

 

 この仏訳(およびそこからの邦訳)のように取れば、抑圧と排除は別物ということになりますし、フロイト全集邦訳83頁の説明(=抑圧されたものは、以後も多くの影響を及ぼし続ける)にも合致しています。ただ私にとっては、フロイトの原文をそう読むことができるかなあ、という疑問が残るんで、この訳が全面的に正しいとまでは言えない気がしてます。

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