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2014年1月13日 (月)

ブランケンブルク『自明性の喪失』その2(改)

 前回予告したように、本書で扱われている症例アンネ・ラウの人となりや発言などに関する記載の邦訳を見直していきましょう。今回はⅤ章の『病歴と面接記録』の最初の節、母親から聴取した部分の前半(58頁から60頁途中まで)をみていきます。

 この症例は、著者ブランケンブルクによって寡症状性統合失調症の例として論じられていますけれども、最近はこの診断に疑問が投げかけられ、少なからぬ論者が、現代の目で見れば広汎性発達障害(=自閉症スペクトラム障害)に属するのではないかと指摘しています。そうした鑑別を考える上では、アンネの性格特徴や生活歴のちょっとした部分が非常に重要になってきますし、遺伝や環境についても考えるため両親の人となりについても注意を払わねばなりません。母親の話しぶりには少し奇異なまでの冷静さがあったことは著者ブランケンブルクも明記しています。

 とりあえず順々に見ていきましょう。まずは細かいところですが、父親の地位、家庭の生活水準にも関わるところの誤訳です。こういう些細な箇所から、我われがこの家庭について抱くイメージ全体が変わってきます。

両親は以前東ドイツに住んでいて、父親は工場主だった。(58頁)

両親は以前東ドイツに住んでいて、父親は職工長だった。(代案)

 なお、父親が職工長だったという記述は、西ドイツへの移住後のことのように私は読みました。次は母親の人となりが分かる箇所。

弟が高校の卒業試験をうけた時のこと、彼は筆記試験でまずまずの成績をおさめたのだったが、母親としては物足りないらしく、口頭試験では良い成績をとってなんとか挽回しなきゃだめよ、と小言をいった。(58頁)

のちに弟が高校の卒業試験をうけた時のこと、彼は筆記試験で1と2《だけ》しかない成績をおさめたのだったが、母親はやや不満げに、口頭試験では良い成績をとってなんとか挽回しなきゃだめよ、と小言をいった。(代案)

 1と2だけの成績、とは、良い方から二つの評価だけということですから、日本語で言えば、秀と優だけの成績、ということになるでしょうか。『だけnur』は原文で二重山括弧で強調されていますし、この成績に不満げな母親の発言は、やはり著者の目を引くものであったのでしょう。

 次は単なる訳し落としです。しかしこれを補うと、移住による父親の心理変化などが想像されてやはり活き活きと伝わってきます。

父親はだんだん家族のことをかまわなくなり、やがて年上の《幼稚な》女とねんごろになったが(58頁)

西ドイツへ移住後、父親はだんだん家族のことをかまわなくなり、やがて年上の《幼稚な》女とねんごろになったが(代案)

 次はアンネ自身の特徴についての記載ですが、邦訳ではだいぶソフトに表現されてしまっているところです。

小さい時から行儀のよい、物静かな子で、ほとんど楽しそうな顔をせず、同じ年頃の子供たちともあまり遊ばなかった。(59頁)

小さい時から行儀のよい、物静かな子で、全く楽しそうな顔をせず、同じ年頃の子供たちともほとんど友達を作れなかった。(代案)

 ここの母親の陳述を読めば、アンネは邦訳が伝えるよりもいっそう風変わりな子供だったようです。なお、この直前では、歩行も言語発達も遅かったことが明記されています。

 次の箇所は、父親の残忍さに対する子供たちの態度を論じた段落の一部分ですが、原文とは微妙にニュアンスの違う表現がいくつか含まれます。なお、父親の身体的暴力はかなり小さい頃だけだったようです。

アンネだけが《のろまで愚図》だったため、父親の乱暴を《一身にかぶらなくてはならない》はめになった。実際彼女は、何もかも一人で背負い込まなくてはならなかった。(59頁)

アンネだけが《のろまで愚図》だったため、全てを《降りかかるがままに任せていた。実際彼女は、あらゆる目に遭わされた。(代案)

 次の部分の邦訳の「何も感じないかのように」は、感覚の鈍さの問題のようにも読めてしまいますが、原文では『Schlafhaltung』(Schlaf=睡眠、haltung=姿勢、態度、落ち着き)でして、感覚について言及はなく、むしろ態度を描写しています。ただしこの語を平易に翻訳するのは非常に難しいので、代案では、原文にないニュアンスを加えることを避けて無骨な直訳にしておきます。平易に表現するなら「まるで眠っているかのように」ぐらいでしょうか。

家が狭いため逃げ場がなかったという事情もあるのだが、まるで何も感じないかのように、なすがままにされていたという。(60頁)

家が狭いため逃げ場がなかったという事情もあるのだが、一種の睡眠態度で、なすがままにされていたという。(代案)

 最後は、学校の制度に関わるところです。病歴全体には、アンネは高校(ギムナジウム)を中退したように書かれている箇所と、卒業したように書かれている箇所の両方があって、私ははじめ読んだ時よく分かりませんでしたが、ブリタニカ国際百科事典によると、ギムナジウムは「通常は19~20歳で卒業するが、16歳で終了し職業学校に転校することもできる」とのことです。これを踏まえると、以下の箇所は元の訳のままでも分かりますが、とりあえず母親の表現通りの直訳も示しておきます。(この記事を掲載した時点では電子辞書の独和辞典のみを参考にしていましたが、あとになってEinjaehrigeという語の名詞形が独英辞典に載っていることに気付き、その記載(school-leaving examination taken after six years at secondary school)を生かして2014年1月16日に訂正いたします)

14歳頃までは成績も良かったが、15歳頃から数学が難しくなり、成績がやや下がった。それだけでもう母親は、これ以上の学校に進ませても意味がないだろうと考えてしまった。何よりも経済的な事情のこともあって、進学をあきらめる以外に道はなかったのである。(60頁)

14歳頃までは成績も良かったが、15歳頃から数学が難しくなり、成績がやや下がった。それだけでもう母親は、[ギムナジウム(7年制または9年制)の6年修了時に受ける]卒業試験よりも先は学校にとどまっても意味がないだろうと考えてしまった。何よりも家庭の事情のこともあって、他の選択肢はなかったのである。(代案)

 この箇所からは母親の考え方の極端さもうかがえるような気がします。

自明性の喪失―分裂病の現象学 W.ブランケンブルク、木村 敏、岡本 進、 島 弘嗣  (1978/7/10)

Der Verlust der natuerlichen Selbstverstaendlichkeit Wolfgang Blankenburg  (2012/11) 

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