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2014年1月23日 (木)

ブランケンブルク『自明性の喪失』その4(改)邦訳63頁~

 今回は邦訳63頁からの『アンネ自身の追想』の部分について、前半2頁の翻訳を見て行きます。

学校ではひどく熱心に勉強しててたくさんのことを暗記したが、それは先生の関心と注目をひくためだったという。学校では《生き字引》というあだなをつけられた。中学卒業資格を取った後、家庭の事情で高校を中退してから商業学校に入ったが、《そのころはもう、人間関係がうまくいかなくなっていました》という。そこの先生は、彼女がすこしおかしいことに気付いていたはずなのに、逆にほめられることが多かったという。《どんな問題にも答えられるのに人間関係がうまく行かないなんて、不名誉なことですわ》と彼女はいった。(63~64頁)

 邦訳で「あだなをつける」と訳されているのは「nachrufen」という語ですが、これを辞書で調べると、「後ろから[罵声などを]浴びせる」という訳しか見つかりません。つまりアンネは、背後から浴びせられる声を聞いていたと言っており、このような呼ばれ方に関してアンネ以外の証言はないとなると、ふつう精神科医ならば、これは幻聴だったと考えるのが自然な自明性だし、十中八九そうでしょう。

学校ではひどく熱心に勉強しててたくさんのことを暗記したが、それは先生の関心と注目をひくためだったという。《生き字引》と後ろから[罵声を]浴びせられた卒業試験の後、家庭の事情で高校を中退してから商業学校に入ったが、《そのころはもう、人間的に付いていけなくなっていました》という。そこの先生は、彼女がどこかおかしいことに気付いていたはずだとアンネは思うが、逆にほめられることが多かったという。《どんな問題にも答えられるのに人間的には劣っているなんて、不名誉なことですわ》と彼女はいった。(代案)

 邦訳通り、「生き字引」とあだ名がつくほどの暗記力があったのだとすれば、アンネの診断を自閉症スペクトラム障害と考える論者にとって強力な論拠の一つとなりえますが、これが幻聴だったとすると、話は違ってきます。もちろん、そうした幻聴があったというだけでは統合失調症だとは言えず、自閉症スペクトラム障害でもありえますし、それ以外の疾患でもありえます。ただ、このような幻聴があったとなると、少なくとも「寡症状性」統合失調症(あるいは中安がアンネの診断として主張している「初期」統合失調症)という診断はかなり怪しくなると思います。

 そのあとの「人間的に」はアンネの中心テーマのひとつで、上の引用箇所以外にも何度も繰り返し出てきます(「人間として」と訳されている箇所もあります)から、ここで「対人関係的に」と訳し変えたりしないほうがよいと思います。

 次は細かいところばかりです。

アンネの性的発育についてはほとんどわからない。初潮は母親の言っていた通り一二歳ごろにあって、そのことは前から母親に教わっていた。同級生たちがセックスの話をしていても彼女はそれに加わらなかった。(64頁)

アンネの性的発育についてはほとんど聞き出せない。初潮は母親の言っていた通り正常に一二歳ごろにあって、そのことは前から母親に教わっていた。同級生たちがこうした話をしていても彼女はそれに加わらなかった。(代案)

 さて、前回もありましたが、アンネが「もっと○○しなければと考えていた」という箇所を、邦訳ではなぜか再三再四、「○○できていないと考えていた」と訳してしまっていて、アンネの強迫性を伝え損ねています。今回は次の箇所の2文目にありました。そうすると1文目の内容としっくりきませんので1文目も見直してみるとやはり訳が違ってます。

ダンスパーティーなどの類のことは念頭にも浮かばなかった。彼女はいつも自分がそういったことができるほど成熟していないと感じていた。(64頁)

ダンスパーティーなどの類のことは全く考えられなかった。彼女はいつも自分がそういったことができるにはまずはもっとしっかり成長しなければならないと感じていた。(代案)

 次は邦訳61頁にもあった、事実関係上の間違いです。

彼女は父親から離れるために、兄が大学に通っているX市で就職し、兄の隣りに部屋を借りた。(64頁)

彼女は父親から離れるために、兄が大学に通いはじめるX市で就職し、兄の隣りに部屋を借りた。(代案)

 前半最後は本書の主題に関わる点です。

母親を受け入れて折り合っていくことが、以前に比べてだんだん困難になっていったという。母親がまるっきり理解できないように思われた。(64頁)

母親を受け入れて折り合っていくことが、以前に比べてだんだん困難になっていったという。母親がまるっきり了解不能に思われた。(代案)

 ここの「了解不能unverstaendlich」は、ヤスパースが用いた「了解可能verstaendlich」という語の否定ですが、後者はアンネが訴える「自明性Selbstverstaendlichkeit」という語にも含まれ、概念的につながっています。母親を了解できないという状況が、のちに、あらゆることへの自明性の喪失につながっていくという流れが見えると分かりやすい気がします。

自明性の喪失―分裂病の現象学 W.ブランケンブルク、木村 敏、岡本 進、 島 弘嗣  (1978/7/10)

Der Verlust der natuerlichen Selbstverstaendlichkeit Wolfgang Blankenburg  (2012/11)

#2014年2月17日の補足

 この記事をアップした時はここまででよいと思ったのですが、杉山登志郎氏の『発達障害と統合失調症』という記事に、『アンネ症例の検討』として、「注目される点のみを抽出してみる」という前置きで次のような記載があったので見直してみます。

彼女の兄弟はすべて父親からの身体的虐待を受けて育ったが、彼女は「のろまで愚図」だったので、特にひどく虐待を受けることになった。彼女はそれを避けることすらせず、、まるで何も感じないかのように、なすがままにされていた。父親について、「私は当事者ではないからお話する立場にはない」と語ったことが記されている。(『そだちの臨床』197頁)

そだちの臨床―発達精神病理学の新地平 (こころの科学叢書) 杉山 登志郎  (2009/9)

 上のようにまとめられると、最後に引用されているアンネの発言はかなり奇異なものに聞こえます。しかしこれはそもそもアンネが「父親について」語ったことではなく、ある時期の父親の振る舞いについて語ったことですから不正確ですし、そもそもアンネが身体的暴力を受けていたのはかなり幼い頃のことでアンネはそれを思い出せないという情報も抜けています。該当箇所のみすず書房版の翻訳は以下のもので、悪くないのですが代案も示しておきます。

父親の行状についても彼女はただ、《私は当事者でないから、お話する立場にないと思います。本当はどうだったか私は全然聞かされていません》というだけだった。(『自明性の喪失』63頁)

父親の行状についても彼女はただ、《私がそれを語るとしたら、ほんとに下衆のような物言いですいったいどうだったか私は全然聞かされていません》というだけだった。(代案)

 『下衆』と訳したのは『Mob』という語ですが、辞書にもなかなかぴったりの訳語がありません。「自分が直接見聞きしていないことをおもしろがって語る群衆のようだ」、といったことが言いたいのでしょう。辞書には『野次馬』という訳語もありましたがそれがぴったりかもしれません。

 なお、杉山氏のこの本はやはり、『生き字引』とあだ名をつけられていたという記載に引っかかっています。
 

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