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2014年1月 9日 (木)

ブランケンブルク『自明性の喪失』その1(改)

 最近、原書と見比べながらちょっとずつ読み直してますが、今回はまず訳文の意味が真逆になるぐらいの大きな間違いに気付いたところをいくつか挙げましょう。なお、以下でアンネというのは、本書で取り上げられている有名な症例アンネ・ラウのことです。

こうしたアンネの性格全体からすると、彼女は周囲に対し赤ん坊のように甘えることを願っているように見えたが、これはしかし、最初から果たされる見込みのない願いでもあった。(67頁)

こうしたアンネの性格全体からすると、彼女は、母のように配慮の行き届いた態度で接してやろうという気を周囲の者におこさせるさまに見えたが、それ[=そのような態度]はしかし、最初からうまく行く見込みのなさそうなことでもあった。(代案)

(後日、クラウン独和辞典に『von vornherein zum Scheitern verurteilt sein』というひとまとまりで『最初から失敗すべき運命にある』という訳を見つけたので採用し、ほか、『ueber過剰』という表現のニュアンスを見落としていたので付け加え、次のように改案しました。

「こうしたアンネのあり方全体からすると、彼女は周囲に対し、過保護な母のような態度で接してもらおうとしているように見えたが、しかし同時に、そうした態度も最初から失敗すべき運命にあるように見えた」。

この前後の検討も含め2014年2月10日の記事を参照ください。)

 上は非常に訳しにくい構文ではありますが、いずれにせよ、「うまく行く見込みのない」とされているのは、アンネの願いではなくて、周囲の者が持つ、世話をしたいという母性的な気持ちのほうです。

 次はケアレスミスでしょうか。前後の文とのつながりから気づきそうなものです。

以下に再録するのは、大部の資料から抜粋し、読者にとって当面の参考になるようにまとめたものである。その選択は無作為になされた。そうでもしなければ、正確な印象を伝えようとして、抜粋はずっと膨大なものにならざるをえなかっただろう。(邦訳72頁)

以下に再録するのは、大部の資料から抜粋し、読者にとって当面の参考になるようにまとめたものである。その選択は無作為ではない仕方でなされた。そうでもしなければ、正確な印象を伝えようとして、抜粋はずっと膨大なものにならざるをえなかっただろう。(代案)

 次で今回は最後です。ここも、書物全体の趣旨を考えればおかしなところです。

自分に欠けているこのちょっとしたもの、大切なものというのは、あることを知っているその知り方がまったく《自明であるといった》ほどの確かな知識のことではないとアンネはいう。(邦訳104頁)

自分に欠けているこのちょっとしたもの、大切なものというのは、そもそも、特定の知識とかいうよりはむしろ、あることを知っているその知り方がまったく《自明であるといった》ことだとアンネはいう。(代案)

 症例アンネの人となりや、語った台詞に関わる訳文については、診断にもかかわる重要なところなので、次回以降取り上げられるよう詳しく読んでみようと思います。

自明性の喪失―分裂病の現象学 W.ブランケンブルク、木村 敏、岡本 進、 島 弘嗣  (1978/7/10)

Der Verlust der natuerlichen Selbstverstaendlichkeit Wolfgang Blankenburg  (2012/11)

 原書のこの本は2012年から再び新刊として入手容易なようです。ちなみに原書の副題は「寡症状性分裂病の現象学」ですが。

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