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2014年6月21日 (土)

ブランケンブルク『自明性の喪失』その13・邦訳82頁~

 この本の邦訳を検討してきましたが、病歴の章は今回で終りです。

だから私は、いつもたくさんの疑問が、とてもたくさんの疑問があるから、理解できないという気持ちなんです》。(ひょっとするとそういう気持ちを持っていると思いこんでいるだけじゃないの?)《ええ、たぶんそうかもしれません。(みすず版邦訳82頁)

だから私は、いつもたくさんの疑問が、とてもたくさんの疑問が未解決だから、理解できないという感情を持つんです》。(ひょっとすると誤った感情じゃないの?)《ええ、たぶん誤りかもしれません。(みすず版邦訳82頁)

 ここの「理解verstehen」は、本書のキーワード「自明性」という語にも成分として含まれています。前回もそうでしたが、患者アンネ・ラウは、自分に欠けているのは感情的な事がらだと繰り返し言っています。ところが本書では、次の章から精神病理学的・哲学的に検討されていく際には、感情に関する部分は大幅に省略されていて、アンネに欠けているものが何やら哲学的な事がらにされてしまっているように思います。

 次です。「弱々しくhektisch」は邦訳68頁で「熱に浮かされたような」と訳されていたのと同じ表現ですが、辞書では「せわしなく」です。

(そんなに根掘り葉掘り考えることはやめてしまえないの?)《いろいろ考えることをやめるなんてこと、不可能です。先生のおっしゃる、いつも自分を判断してるってこと、それは自動的にそうなるのです。感情がないから、なんとかその埋め合わせをしなければならないのです》(弱々しく笑う)。彼女が《うめあわせ》というのは、彼女に不足しているものを意識的に考えることで補おうとすることである。(みすず版邦訳82頁)

(そんなに詮索することは自制できないの?)《いろいろ考えることを自制するなんてこと、不可能です。先生のおっしゃる、いつも自分を判定しなければならないってこと、それは自動的にそうなるのです。感情がないから、なんとか裏からその埋め合わせをしなければならないのです》(せわしなく笑う)。彼女が《裏から》というのは、彼女に不足しているものを意識的に考えることで補おうとすることである。(代案)

 次も同じ段落からです。 本書のタイトルにある「natuerlich自然な」という語にはやはり同じ訳語を当てたいところです。

私はほかの人から元気がなくてゆううつそうにみられるんです。でもそれにもう一つ別の故障があって、そのためにふつうの元気のなさがいっそうひどくなっているのです …でなければこんなにだめにはなりません。ほかの人はそれがないので、どうもないようにみえるのです。(みすず版邦訳82頁)

私はほかの人から抑制的で悲しげにみられるんです。でもそれにもう一つ別の障害があって、そのために自然な抑制がいっそうひどくなっているのです …ここが弱みなのです。ほかの人はそれがないので、障害なしにみられるのです。(代案)

 次です。「感情」「障害」といった言葉からわかるように、前段落の内容を引き継いで語られています。

今日はふつうの感じがあります。ここへ来たとき、浮きうきしたみたいな、嬉しい気持でした。でもまだときどき感じのなくなることもあります。(みすず版邦訳82頁)

今日はふつうの感情があります。ここへ来たとき、浮きうきしたみたいな、嬉しい気持でした。でもまだときどき感情の障害もあります。(代案)

 次も同じ段落からで、アンネの調子が良い時の様子です。

家庭の中とかなんかでたいせつなことはなにかということが、またわかってきました。(みすず版邦訳82頁)

家庭の中とかなんかで世間一般からみてたいせつなことはなにかということが、またはっきりしてきました。(代案)

 最後の段落は、「その後の経過については…」と始まりますが、実際には、ほとんどがここまですでに記載されてきた経過の要約です。診断にかかわるような訂正点はないのですが、直訳で代案を示しておきます。

外面的に見ても、患者自身の苦痛の点でも、三年間の経過のうちにすこしずつだんだんに良くなっていたが、その間には何回も悪化があった。薬物療法も電気もインシュリンも持続的な効果はなかった。精神指導的な努力はいくらかの影響を与ええたけれども、無意識をあばくような精神療法に対しては、患者は激しい抵抗を示して、急速に自殺念慮が高まり、そのつど即座に精神療法を中止し、より支持的な面接治療と生活指導に逆戻りせざるをえなかった。家族療法は残念なことにおこなえなかった。患者は一年後に退院して、デイケア(おもに作業療法)を施され、その後負担にならない程度の条件で家政婦として働いた。(みすず版邦訳83頁)

客観的な障害の程度も主観的な苦痛の度合いもはじめ三年間の経過のうちにすこしずつだんだんに良くなっていたが、その間には何回も、長短さまざまな再発による悪化があった。薬物療法も電気もインシュリンも持続的な効果はなかった。心理教育的な努力はいくらかの影響を与ええたけれども、無意識をあばくような精神療法の試みに対しては、患者は激しい抵抗を示して、急速に自殺念慮が高まり、そのつど即座に試みを中止し、より支持的な対話療法社会精神医学的措置に逆戻りせざるをえなかった。家族療法は残念なことにおこなえなかった。患者は一年後に退院して、入院治療からデイケア(おもに作業療法治療へと引き継がれ、その後負担にならない程度の条件で家事に雇われた。(代案)

 ここでこの章は終りです。

自明性の喪失―分裂病の現象学 W.ブランケンブルク、木村 敏、岡本 進、 島 弘嗣  (1978/7/10)

Der Verlust der natuerlichen Selbstverstaendlichkeit Wolfgang Blankenburg  (2012/11)

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