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2017年1月

2017年1月20日 (金)

ラカン『精神病』2章再読

 今回は、2章に進みます。ラカンがその師クレランボーから借りた概念と述べる(しかし実はヤスパースから借りた概念である)「基礎的現象」について述べている箇所です。この概念については過去にもこのブログで少し触れました。

http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-d5b6.html
http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-53e8.html

 なお、この「基礎的」の原語はelementar(独)であって、ヤスパースの本では「元素的」とか「要素的」と訳されたりしています。

 今回気になったのは次の箇所です。

 …私が確信を持って強調してきたことは、「基礎的現象」という時の基礎的とは、妄想の構成全体の下に隠れているという意味ではないということです。「基礎的現象」とは、植物にたとえて言えば、一枚の葉をよく見れば、そこに葉脈が入り組み、繋がり合う、その仕方によって、その葉の詳細が明らかになるのと同じように、基礎的だということです。つまり、その植物全体に共通する何かがあるということです。そしてそれが、その植物全体を作り上げている或る特定の形態の下で再生産されるのです。同様に、妄想の構成や動機や主題化という次元にはこれと類似の構造が存在していますし、さらに、「基礎的現象」の次元にもこれと類似の構造が認められるのです。言い換えれば、妄想において働いているもの、それは、妄想をその部分で考えようと、全体で考えようと、いわば常に同じ構造化する力であるということです。
 …妄想は、何かから演繹されるようなものではありません。妄想は妄想を構成する力自体を再生産するのです。妄想それ自体もまた、「基礎的現象」なのです。つまり、この場合基礎という概念は、構造という概念、すなわち差異化され、それ自身以外のものへは還元不可能な構造という概念としてしか理解されません。(邦訳上巻29~30頁)

 2箇所に下線を付しましたが、どちらにも「meme同じ」というまさに同じ表現が用いられています。「meme」には、「同じ」と「…自体」という二つの意味がありますが、この二箇所で別の意味で用いられているとは考えがたく、後者は、「妄想を構成する力自体を」ではなく、「構成する同じ力を」と訳すべきでしょう。

 ここで言われているのは、「何かおかしいぞ」といった微小な気づきであれ、一定の広がりを持った妄想観念であれ、どちらも同じ構造を持っており、しかも、同じように拡大して妄想体系を広げていく、という考え方です。ですから、一定の広がりを持ち複合的になった妄想も、その後の妄想発展にとっての「基礎的現象」と呼んでよいということになります。

 これをふまえると、次の部分のやや強引な翻訳は不要になって、原文を活かしてあっさり直訳できると思います。

 私が申し上げたいこと、それは、パラノイア問題に取り組む困難さは、パラノイアがまさしくこの了解という平面に位置しているという事実に起因しているということです。
 「基礎的現象」、還元不能な現象こそがパラノイアにおいて解釈すべきものなのです。(邦訳上巻32頁)

 下線の部分は、直訳なら以下のようになるでしょう。

「基礎的現象」、還元不能な現象が、ここで解釈の水準にあるのです。

 これは、「(妄想的)解釈」という、患者が意識的に行った判断もまた、ここでは「基礎的現象」として扱わなければならない、という意味ではないでしょうか。 

 ここには、すこし後ろにある次の箇所も対応していると思われます。邦訳者は、「基礎的現象」を、「それ以上分解不能な、妄想の端緒となる現象」といった意味に解しているので、ここで「着想」という訳語に置き換えるなど、内容を改変せざるを得なくなっているように思われます。

基礎的な現象としての着想を取り上げてみましょう。(邦訳上巻35頁)

基礎的な解釈を取り上げてみましょう。(改訳試案)

 妄想的解釈もまた基礎的現象である、という考え方がここにもうかがえます。

精神病〈上〉 
ジャック ラカン (著), ジャック・アラン ミレール (編集), 小出 浩之 (翻訳), 川津 芳照 (翻訳), 鈴木 国文 (翻訳), 笠原 嘉 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (1987/03)

 なお、今回取り上げた「基礎的現象」の概念については松本卓也先生が「要素現象」の訳語で詳細に取り上げておられ、単行本としてもすでに出版があります。

人はみな妄想する -ジャック・ラカンと鑑別診断の思想-
松本卓也

出版社: 青土社(2015/4/24)

2017年1月15日 (日)

ラカン『精神病』1章再読

 さいきん臨床ではいろんな種類の妄想に出会うことができたので、自分なりにもう一度整理しなおしたいと思い、まず初心に戻って、ラカンの『精神病』を読み返してみることにしました。年初というのも良いタイミングではないかと思います。

 で、例によって翻訳で気になったところなどは章ごとにここで報告してみようと思います。私自身は要約とかするのは苦手なので、代わりにこういう作業を、自分が今回読んで考えたことのメモとしていくやり方を取っています。

 まずは1章から次のちょっとした箇所を。

 ウィーンで私がちょっとしたことをお話しした時ある好青年が、「精神病は、器質的なものと思われますか」と質問しました。その際、私は次のように答えました。「その質問はまったく無効なんです。ずっと前から私は心理学と生理学を区別していません。実際、<なろうと思っても、狂人にはなれない>でしょ」と。この言葉を、私はもう太古的と言っていいほどの昔、私の当直室の壁に貼っていました。(邦訳上巻22頁)

 下線を付した部分は、「無効」で間違いではありませんが(原語はperimeです)、「有効期限切れ」「時代遅れ」といったニュアンスを訳さないと、そのあとの文との繋がりがはっきりしないと思います。

 ところでこの質問は、下巻の次の箇所に関係しているように思われます。

 ストラスブールでもウィーンと同じような質問を受けました。私の言うことがかなり分かっていると思われる人々が、最後に私にこう言うのです。「ところで精神病においては、どのように操作するのですか」と。この人のように基本のわかっていない人々の前で、技法のイロハを強調することはもうたくさんです。(邦訳下巻7頁。なお、邦訳では「ウィーンと同じ」ではなく「ウィーンでも同じ」とされている。)

 ここはウィーンで受けた質問を聴衆にとって既知のものと想定しているような言い方です。上巻の箇所は1955年11月16日、下巻の箇所は1956年3月14日の講義ですが、この間もことある毎に仲間内で話題にしたりしていたのでしょうか。(引用の最後の文はかなりの意訳で、だいぶニュアンスは違いますが)いずれにせよ、ちょっと底意地の悪さを感じてしまう箇所です。

 あとは翻訳で気になったのは、上巻14頁に何カ所か出て来る「理解」という語です。原語は、そこまでのヤスパース関連の文脈で「了解」と訳されていたのと同じ語ですし、内容的にもここはヤスパース流の「了解」を話題にしている箇所と思います。

 といった感じで、章ごとに進んでいきたいと思います。

 この年、ラカンは54~55歳ですが、研修医時代を「太古的と言っていいほどの昔」と言っています。私もだんだん当時のラカンの年齢に近づいていますが、なかなか感慨深い表現です。

精神病〈上〉 

ジャック ラカン (著), ジャック・アラン ミレール (編集), 小出 浩之 (翻訳), 川津 芳照 (翻訳), 鈴木 国文 (翻訳), 笠原 嘉 (翻訳)

出版社: 岩波書店 (1987/03)

2017年1月 2日 (月)

今年もよろしくお願いいたします

 あけましておめでとうございます。

 ここ何年か、更新が滞りがちではありますが、過去の記事を読み返すと自分の今後の学会発表のネタが見つかったりして、自分にとってはそれなりに意味深いブログです。

 ここ数年、私の「今年の3冊」、を選んできましたが、昨年もまた、新刊はやはりほとんど読んでいないので、ぎりぎり選んだ3冊を紹介します。

①もっとも崇高なヒステリー者 ――ラカンと読むヘーゲル
2016/3/19
スラヴォイ・ジジェク、 鈴木 國文

②げんきな日本論 (講談社現代新書)
2016/10/19
橋爪 大三郎、 大澤 真幸

③コンビニ人間
2016/7/27
村田 沙耶香

 学生時代、ラカンを理解するためにジジェクを読もうとしていた頃はどうもピンときませんでしたが、ラカンをある程度理解してから読むジジェクはそれ自体が楽しく刺激的でした。

 ②も私の専門分野であるラカンに2箇所で言及されていて、しかも短いながらも精神分析家以上に深くえぐったコメントがさすがと思いました。それ以外の箇所も楽しく読めます。

 芥川賞で話題になった③は、主人公が自閉スペクトラム症ぽい特徴を備えていることで同僚たちの話題にもなっていましたし、私もそういう興味から読み始めましたが、実際のところ、私が知る自閉スペクトラム症の人たちには、異性に対してこの主人公ほど無関心なひとはいないという点がちょっとひっかかりました(みんながあんなふうに異性に無関心だったら、自閉スペクトラム症を起こしやすい遺伝子は子孫ができず淘汰されちゃって無くなってるはず)。まあ、それはそれとして、作品はあっという間に読めちゃうし楽しい1冊でした。

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