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2018年3月23日 (金)

ラカン『精神分析の倫理』8章再読

 今回は8章『対象と<もの>』の翻訳の検討です。

 まずはフロイトの『草稿』の読解部分から、以下の箇所を。

心的組織化が、すなわち「Φ」という生命体の最初の下書きが出現するのは、この「快楽自我」においてです。後の進展を見ると、この「Φ」はすでに「表象代理Vorstellungsrepraesentanzen」の機能によって支配されていることが分かります。(邦訳上巻152頁)

心的組織化の、すなわち組織体「Ψ」の、最初の下書き出現するのは、この「快楽自我」においてです。後の進展を見ると、この「Ψ」はすでに「表象代理Vorstellungsrepraesentanzen」の機能によって支配されていることが分かります。(代案)

 邦訳は、「organisation組織化」と「organisme組織体」を訳し分けようとして後者を「生命体」とした結果、原文の「Ψ」を誤植と思ってしまったのでしょうか。
 なお、『草稿』を読むと、「Φ」とはいまだ精神の外部にある感覚神経のようなものと考えられます。心的組織化の下書きは「Ψ」からはじまるという、ラカンの解釈通りで間違いないと思います。

 次も『草稿』に関連した箇所です。

快楽や、組織化され統一化された性愛的傾向だけでは、生きた有機体や生の逼迫・欲求、すなわち心的発展の中心を作り出すことはできません。(邦訳上巻156頁)

快楽や、生の組織化し統一化するエロス的傾向だけでは、生きた組織体を、また生の様々な逼迫と欲求を、心的発展の中心とすることはできません。(代案)

 最初の下線部は、直訳に戻すとよく分かりますが、生の欲動のことでしょう。二つ目の下線部は、「faire ... de...」(…を…にする)という熟語と取ってみました。

 次はラカンが最終戦争の兵器について何段落かにわたって述べた直後の箇所です。

「操作的」という語からの連想でちょっと脱線しました。(邦訳157頁)

 「操作的」の原語「operationnel」には、「軍事行動に関する」という意味があることを指しているのでしょう。

 次は、シュテルバとクラインの昇華論を紹介し、いずれも不十分とした直後の箇所です。

これら二つの定式を見ると、口先だけの解決 -それは、意味が空っぽということですが- に満足しない人なら誰でも、何が倒錯において問題なのかもう少し詳しく問う気になるでしょう。(邦訳上巻166頁)

これら二つの定式を見ると、口先だけの解決 -それは、意味が空っぽということですが- に満足しない人なら誰でも、何が昇華において問題なのかもう少し詳しく問う気になるでしょう。(代案)

 最後は代名詞の指す内容に関してです。文法的には、岩波版邦訳のままで正しい可能性もなくはないのですが。

教養人のサロンで礼節の規則が練り上げられ、そのお陰で対象が特別な位置へと引き上げられたのです。この礼節の不条理な性質を詳細にお話ししたいのです。(邦訳上巻167頁)

教養人のサロンで礼節の規則が練り上げられ、そのお陰で対象が特別な位置へと引き上げられたのです。この引き上げの不条理な性質を詳細にお話ししたいのです。(代案)

 この章については以上です。

 倫理と宮廷愛が並行して論じられるところがなんともスリリングに感じられるのですが、みなさんにはいかがでしょうか。

精神分析の倫理 上
出版社: 岩波書店 (2002/6/26)
ジャック・ラカン   (著),‎ ジャック・アラン・ミレール (編集),‎ 小出 浩之 (翻訳)

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