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2020年1月17日 (金)

下田、中ら『初老期鬱憂病の研究』10

 前回書いたように、講談社現代新書『日本社会のしくみ』を読んで、我が国のうつ病病前性格論を考え直し始めています。

 この本のはじめの方では、日本では戦後からずっと、大別すれば都市部の大企業型の家庭(=昇進・昇給・転勤の可能性がある家庭)と、非都市部の地元型の家庭があったが、前者のうち有名大学出の中核群はさほど変わっていないが、近年では後者が減って都会の非正規労働者になり、女性や高齢者も家業の手伝いではなくパート就労に出るようになっている、との指摘がありました。また、本の最後のほうには、日本では男性1名の収入だけで家族の生計が成り立つ世帯の割合は全世帯の3分の1に達したことはなかったのではないか、とも書かれています。

 日本の精神医学におけるうつ病発症状況論(70年代が最盛期でしょうか)では、男性はサラリーマン、女性では専業主婦が、周囲の秩序を重んじて几帳面な生活を送っていたなかで昇進や転居といった変化を機に発病するのが典型だとされていました。これは精神医学者たちが、主に大都市の大学病院で働いており、大企業の産業医なども引き受けていたことによって、偏った(上記のように3分の1にも満たない家庭に属する)患者層を診ていたことによるバイアスだったのかもしれない、と思うようになりました。そもそも地元型の人はあまり転居とかしません。

 こういう関心からさいきん読み直している下田・中らの論文は、九州帝国大学で集められた症例で、昭和9年のものですが、ここにはいわば地元型の人が多く収められています。活発でやり手な人が多く、そのせいか男性の場合、性病を罹患した歴のある人が半分ぐらいを占めていて、これはこれで偏った層が集まっているかもしれませんが、今回もそんな一例です。

症例10 動脈硬化を伴うもの 岡○龍○ 55歳、農家、町会議員。

主訴 不眠、耳鳴、眩暈、嘔気、沈鬱

 家族歴 父79歳死[、]酒不用、母は現存7410年前より中風症を患う、兄弟なく、三男一女皆健。従兄弟に資産家にして殊更に倹約する人ありという外精神変質性負因なし

 既往歴 小児期発育良好、生来全く健康、学業成績優良、小児期より性質温順。30年前黴毒を患う、服薬と局所治療により治癒せりという、25歳初婚4年後死別、間もなく再婚家庭円満なり。

 性格 責任感強く、熱中性、世話好き、信用組合長、町会議員にして県会議員に挙げられしことあり、規帳面、円満、交際広く、快活にして時には冗談等云う。

 現病経過 昨年5月頭重、耳鳴あり中風症を恐れ、医に診を乞うも血圧高からざるが故に動脈硬化症にあらずして神経衰弱及耳鼻疾患なりと言われ耳鼻科医院に通院す、著効なし。然るに924日街路に於て突然背後より暴漢に襲われ、右上膊[=上腕]及下膊[=前腕]に二太刀を浴びせ掛けられ重傷を負い直ちに某病院にて手当を受け外傷は治癒せるも右手の運動不全を残して11月末退院、外傷の直後より自己の被害の原因を考え、それが町内に跋扈する所謂親分なることを知り町政の前途に就き大いに苦慮し、ために睡眠障碍を来すに至る、右手運動不全の為め本年226日某温泉治療所に入院、毎日数回右手の温浴をなし身体を温めたるに1週間後より頭痛、眩暈、嘔気、頭部の緊張感起り耳鳴、不眠悪化す、全く無痛なりし左の肩胛及上肢も運動の際疼痛を覚ゆるに至り且又右膝蓋関節に疼痛あり正座し得るも胡座し得ず、外傷以来身体各部に障碍を来すが如き不安を覚え前途に光明を失い、情緒も沈鬱に傾き、床上に屡々反側し、溜息をつき不眠続く、付添人の慰安、家族の見舞、郷里の人々の同情の言葉を聞けば直ちに流涕、少しく込み入りたる話をすれば眩暈、頭痛増悪し、話を継続する能わず、考慮制止、罪業妄想的念慮、怔忡、異常感、秘結などはなし。睡眠療法を希望して当科を訪う、食思不良(量は相当之を摂る)、殆んど不眠、尿毎日一回、尿異常なく、酒不用、煙草以前は毎日敷島三箱[、]近時節す。

 現在症候 精神的徴候。感情沈鬱「何も面白くない」「散歩も嫌である」「何を見ても嫌な気持ちがする」等言い、顔貌は厳粛、苦悩的、自覚的の考慮制止決断力欠乏なきも、思考は常に疾病に固着し思考範囲の極度の縮小を来し、連想やや迂遠にして同時を繰り返し訴え、甚だ心気的にして小事に拘泥す、幻覚、妄想、連想の質的変化なく、意志抑制的にして病床を守って動かず自ら話すことも少し。(略)

 経過 スルフォナール1.5、アダリン0.5及び抱水クロラール1.0臭剥3.0程度の軽度の睡眠療法を行う、不眠は治癒したれど、眩暈、耳鳴、食思不進治癒せず、睡眠療法も無効なりしという悲観的観念生じ更に心気的となり常に病気のことのみを考え溜息をつく、「ふらふらと食欲云々」を口癖の如く言い、一見不関的の如く見ゆるも内心は極度に悲観的なり。

 ザルソフロカノンの連続注射(20cc16回)やや奏功せるも全治せしむるに至らず、10%葡萄糖300.0インシュリン(トロント)7単位の連続注射(インシュリンは12単位まで上昇)14回無効、マグフロン、ネオヒポアポ等試むるも奏功せず、遂に629日入院後約3ヶ月にして全治に至らず退院。 

 本例はその性格、厳粛なる一次的沈鬱、考慮範囲の縮小、種々の神経性訴え等は初老期鬱憂症に一致し強迫考慮を伴う軽鬱状態と考えざるを得ず、然れども患者の訴うる頭重、眩暈、耳鳴、嘔気、食思不進などは脳動脈硬化性のものと考えらる、すなわち頭髪は殆ど白く、一般に老衰の感あり、橈骨動脈は硬化し、黴毒性ならざる肝臓肥大を有し、顔面はやや浮腫的にして常に紅潮し又温泉療法により急に悪化せる点も凡て脳動脈硬化の存在を想像せしむ、血圧は睡眠療法開始後125-79、その後135-80にして正常なるも睡眠療法中及後は一般に血圧下降するものなれば高血圧なしとは言い得ず、而して仮令高血圧なしとするも脳動脈硬化は之を否定し得ざるなり。

 本例の如きも精神的誘導宜しきを得ば自覚的に満足の域まで治癒するは左程困難ならざらんも、睡眠療法失敗に終われりとの印象深く、疾病恐怖強く精神療法に困難を伴えり、すなわちかかる型を治療するに当っては充分なる精神療法的手腕の必要なるを知るべし。

 現代では注目されない、動脈硬化の有無を論点にされていて、その当否について私は評価しかねますが、それにしても、まずは町会議員が、「町内に跋扈する所謂親分」の差し金で「背後より暴漢に襲われ」て「二太刀」浴びせられるなどという出来事の大きさと、それが医学雑誌とはいえ症例報告されるという時代のおおらかさに驚かされます。  

 私はこの例は「厳粛なる一次的沈鬱」に達していたと書かれていますし、「床上に屡々反側」などけっこう重症という印象を持ちましたが、考察では「強迫考慮を伴う軽鬱状態」とされていて、当時と現代との重症度評価の違いも興味深いところです。「考慮制止、罪業妄想的念慮[…]などはなし」だから軽うつということでしょうか。70年代に笠原らが想定した例は外来レベルでしたからもう一段軽症であり、今世紀に入って論じられる新型うつ病はさらにもう一段軽症ですから、それらは下田らの目にはもう鬱憂症には見えないかもしれません。

 この症例は、流涕したりため息が目立ったり変な口癖があったりした点は典型的ではなく(うつ病ではむしろ感情が出てこないことが多く、『悲哀不能』と呼ばれます)、けっこう重症なのに考慮制止もないのはアンバランスで、そこらへんを筆者なら動脈硬化の影響と考えるかもしれませんが、私は暴漢に斬りつけられるといった大きな出来事からくる心因的なうつ病だったからではないかとも思いましたが、いかがでしょうか。

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コメント

お久しぶりです。  お元気そうで何よりです。
管理人先生のご指摘のごとく、今日、普通に読めば外傷体験による精神疾患、
抑うつと不安を伴う、という帰結になると思います。

私も不思議に思うのは、犯人が分かっているのに何故、警察、司法にゆだねなかったのでしょうか。
昭和初期、という時代故なんでしょうか。

それがあれば、経過はずいぶん違ったような気がしますが。

最近、現代型うつ病はあまり話題にならなくなった気がいたします。
今日の社会構造の変化、大卒者が若年労働者の50%以上を占めるといわれる今日、
逆ピラミッドを形成するようになりました。
西欧も押しなべてそうだそうで。

第3次産業、サービス業、営業、販売業、あるいは膨大に生み出された不安定な事務労働者。
熟年世代では大卒が幹部候補だったのが、この先も社会的底辺を彷徨わねばならない、
という若年世代大卒者の延々と続く落胆と怨嗟が、一過性であれど喪失感となっていたのかもしれません。

その喪の作業が、今日終焉を迎えつつあるのかもしれません。
ふと思いついただけの愚考ですが。

社会の秩序を重んじる日本の伝統的価値観、Emmanuel Toddによれば直径家族主義だそうですが、
それは本来「鬱」とは親和性があるのだと思います。

おひさしぶりです。
 たしかに新型あるいは現代型のうつ病はあまり話題にならなくなりました。おっしゃるとおり平成初期はまだ良かったというか、今や喪の作業の終焉もさらに進行しているということかもしれません。
 新型うつ病論には、休職中に遊びに行ったり結婚したりすることがけしからんという批判が感じ取れましたが、今は、長く休職できるような職に就くことすら難しいという気がします。我われ中高年の側も、若者が休職中に大人しく静養に専念するだろうとは思わなくなってきたから、特に新型がどうこうとか話題にしようと思わなくなったのかも。前世紀後半の精神科医がむしろ偏狭だったのか。

 この症例(というかここまでの一連の症例)は、戦前の日本社会は良かった的な物言いへの強力な反論にもなりそうなのも面白いところと思います。

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