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2020年3月 1日 (日)

ラカン『精神病』11章再読

 外出の頻度も減ったこの機会に、ラカンのセミネール『精神病』の読み直しの続きをはじめてみます。

 10章まで手を着けてあったので、今回は11章『原初的シニフィアンの拒絶』です。

また他方、精神分析の本質は軽率にも「エゴ」の補強と呼ばれているものを患者に獲得させるために、或る思考を意識化させることでも、「エゴ」の防衛の逆説から解放することでもありません。(邦訳上巻240頁)

 下線部は原文では「rendre (...) moins paradoxales les defenses d'un ego」ですが、「防衛」が複数であること、paradoxalを辞書で引くと「互いに矛盾する」「相反する」といった意味があるので、そちらを採用します。

また他方、精神分析の本質は軽率にも「エゴ」の補強と呼ばれているものを患者に獲得させるために、或る思考を意識化させることでも、「エゴ」の複数の防衛が互いに矛盾しないようにすることでもありません。(代案)

 次は間違いとはいえないのですが、pouseeという語の訳語選択の問題で私のなじみの語にしてみます。

精神病においては、「エゴ」が危険なものと感じるようなある圧力が現われる、という古めかしい考え方がそこには見出されます。(邦訳上巻241頁)

精神病においては、「エゴ」が危険なものと感じるようなある衝迫が現われる、という古めかしい考え方がそこには見出されます。(代案)

 次も間違いとかではないのですが私にとって読みやすい語順に変えてみます。

自我は、常にディスクールであるこの双生児という写しによって二重になっているからです。(邦訳上巻242頁)

自我は、ディスクールであるこの双生児という写しによって常に二重になっているからです。(代案)

 次です。

問題は、人間が人間の現実へと原初的に接近するとはどういうことかという問題です。もっともそれは、人間にとって相関的であるような現実というものが存在すると仮定してのことですが。私達は、この仮定はいずれどこかで放棄しなくてはならないだろうと思いますが、この仮定は、自体愛というテーマに初めから含まれている仮定です。(邦訳上巻247頁)

 下線部は原文には「この」としかありませんが、邦訳では前段落で話題になっていた自体愛という語が補われています。しかしここは「人間の現実への接近」を指すように思われます。

 次も細かいところですがvocalという語の翻訳です。

昼は現象ではないという限りでの昼、昼は象徴的共示、つまり現前と不在を共示している言葉の根本的交替、を含んでいるという限りでの昼、こういうことへ、フロイトは快楽原則の彼岸という概念を集約しているのです。(邦訳上巻249頁)

昼は現象ではないという限りでの昼、昼は象徴的共示、つまり現前と不在を共示している発声の根本的交替、を含んでいるという限りでの昼、こういうことへ、フロイトは快楽原則の彼岸という概念を集約しているのです。(代案)

 次は細かくいくつか手を入れますが、中でも最後に下線を入れた箇所(原語はmeme)が重要と思います。

 この原初的な身体の内部でこそ、シニフィアンによって既に句読点をうたれ構造化された現実世界が構成されるとフロイトは考えています。フロイトが余すところなく記載していることは、すでに構成されているこれらの対象と表象の結びつきです。主体による、現実の最初の理解は実在という判断であり、その本質は「これは私の夢や幻覚や表象ではなくて、対象なのだ」ということです。
 それは、内部のものを外部のものによって試すこと、ーこれは私ではなくて、フロイトの言葉ですー 言い換えると、対象の再発見の中で主体が現実を再構成するということです。対象は捜索の中で再発見されるのですが、対象そのものが再び見出されるのではありません。(邦訳上巻252頁)

 この原初的な身体の内部でこそ、シニフィアンによって既に区切られ構造化された現実世界が構成されるとフロイトは考えています。フロイトが余すところなく記載しているはたらきは、すでに構成されているこれらの対象と表象の比較です。主体による、現実の最初の覚知は実在判断であり、その本質は「これは私の夢や幻覚や表象ではなくて、対象なのだ」ということです。
 それは、内部のものを外部のものによって試すこと、ーこれは私ではなくて、フロイトの言葉ですー 言い換えると、対象の再発見の中で主体が現実を構成するということです。対象は捜索の中で再発見されるのですが、同じ対象が再び見出されるのではありません。(代案)

 次は、すぐ後ろの箇所です。

これがフロイトが『否定』というテキストにおいて説明している、実在の判断に対する配分の判断の先行ということに前提とされている点です。フロイトの論述には、良いものと悪いものとの原初的な二分がみられますが、この悪いものは、原初的シニフィアンの拒絶として説明する以外に理解のしようはありません(邦訳上巻252頁)

これがフロイトが『否定』というテキストにおいて説明している、実在の判断に対する属性の判断の先行という奇妙なことに前提とされている点です。フロイトの論述には、良いものと悪いものとの最初の二分がみられますが、それは、原初的シニフィアンの拒絶として説明する以外に理解のしようはありません(代案)

 上の最後の下線は原文では代名詞で、訳者が内容を補足した箇所ですが、「それ」という代名詞が「悪いもの」を指すのか「最初の二分」を指すのか構文的には決めがたく、「それ」に戻しました。134頁も参考になるかもしれません。

 次は、訳者がおそらくフロイトのテキストを参照してあえて変更している箇所です。

現われるや否や消えてしまう本質的に束の間の「知覚(Wahrnehmung)」と、意識のシステムの構成との間には、「記載(Niederschrift」があり、それも三つあるということです。(邦訳上巻257頁)

現われるや否や消えてしまう本質的に束の間の「否定(Verneinung)」と、意識のシステムの構成との間には、「記載(Niederschrift」があり、それも三つあるということです。(代案)

 フロイトの書簡には「否定」という用語はありませんから、たしかにラカンの言い間違いか速記録の間違いではないかと思いたくなるのですが、このセミネールの正規出版以降に制作され誤りを訂正しようとしているいくつかの非正規版をみてもみなVerneinungと表記されています。ここは、ラカンがあえてフロイトの否定概念を自分なりに使用している箇所だということでしょう。フロイトのテキストに戻ると、「知覚」と「知覚記号」の間に「否定」があるというふうにラカンが考えているのであろうと思われます。これは261頁でもう一度出てきます。

 次はabandonner la partieという成句の訳です。

それはさらに、我々が大抵の場合シニフィエの一部を放棄している理由でもあります。(邦訳上巻259頁)

それはさらに、我々が大抵の場合、勝負を投げる理由でもあります。(代案)

 次です。二箇所ありますが、二つ目はaccuser le coupという成句の訳です。

一見単一なディスクールと見えるものが、実はある力動を含んでおり、しかもその力動は私達の手を逃れた秘密のものだということです。「否定」とは、ある患者が彼の夢に関して「それは私の父ではない」と言って強調している点にのみ認められると考えるのは誤りです。誰もがそれはどういうことか知っています。患者は解釈の一撃を不当だと責めるのですが、結局はそれは自分の父だと言うことになります。(邦訳上巻260頁)

一見ディスクールの簡略化と見えるものが、実はある力動を含んでおり、しかもその力動は私達の手を逃れた秘密のものだということです。「否定」とは、ある患者が彼の夢に関して「それは私の父ではない」と言って強調している点にのみ認められると考えるのは誤りです。誰もがそれはどういうことか知っています。患者は受けたショックをあらわにし、結局はそれは自分の父だと言うことになります。(代案)

 次の箇所で、「知覚」や「知覚記号」と「否定」との関係をラカンがどう考えているかがはっきりするように思います。

彼は書簡五二で、原初的「否定」は、すでに最初の記号化、つまり「知覚記号(Wahrnehmungszeichen)」から成り立っているということをはっきりと認めています。(邦訳上巻261頁)

彼は書簡五二で、原初的「否定」は、すでに最初の記号化、つまり「知覚記号(Wahrnehmungszeichen)」から成り立っているということをはっきりと認めています。(代案)

 最後に。この章の翻訳上、細かいことを追加しますと、一節の最後の段落のうち、終わりの二文は原書では別の段落です。それと、258頁で何度か「喜び」という語が出てきますが、これは他の箇所でふつう「快」とか「快感」「快楽」と訳されてきた語です。

 今回はのんびり細かく読み直してみました。

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