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2020年4月27日 (月)

海外ニュース記事から、封鎖中のマルセイユの精神病院の様子

 コロナウイルスによる都市閉鎖以降のフランスの精神病院事情について、ときどきニュース記事を調べていますが、またひとつ見つかりました。

https://www.nicematin.com/sante/dans-un-hopital-psychiatrique-de-marseille-la-crainte-de-l-effet-cocotte-minute-499621

 この記事は病院内の写真がいくつも載ってるのが面白いところで、写真からうかがえる仕草からの印象では、フランスの精神科看護師さんたちは、患者に接する際の仕草が日本の看護師さんたちとはだいぶ違うことがわかります。私の目には、たとえば婦人警官とか、運動部のコーチのような仕草にみえます(あくまで写真での印象ですが)。日本の精神科看護師さんたちはもっと患者との関係性が近いように思います。

 普段は患者がサッカーやボクシングをしているとかいうのも驚きです。日本なら事故予防の名目で許されないでしょう。

 以下、翻訳ソフトも参考に紹介します(ネットで自由に閲覧できる記事は、勝手に翻訳して勝手に紹介しても良いだろうと勝手に思っています)。以前に紹介した記事にも、「圧力鍋効果」というのが出てきました。狭い空間に押し込められることを言うのでしょうか。イケアのマスクを回収・再利用しているという箇所がありますが、その方法も知りたいところです。

 

Dans un hôpital psychiatrique de Marseille, la crainte de "l'effet cocotte-minute"

マルセイユの精神病院にて、「圧力鍋効果」への怖れ

 

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の庭にいる看護師たち(一人はマスクを着け座っている)と女性患者。

 

「治療法が病気よりも悪いものであってはなりません、圧力鍋効果を避けなければなりません」:マルセイユのヴァルヴェール精神病院で、コロナウイルスと戦うための封鎖によって、ケア提供者たちは、開放処遇という原則を、捨て去るのではなく自ら創りなおすよう迫られた。

 精神科医ステファニー・トイ=リオンは、花模様の自家製マスクのかげで、ジレンマをこう要約する:「たちまちのうちに、ケア提供者-ケア利用者の集団活動は危険なものになりました。私たちがいつも守ってきたことの裏返しです!」

 施設は通常、開放的な病院というコンセプトを誇りに思い交流を増やしているが、世界中で何万人もの死者を生んだこのコロナウイルスにより、外界は患者たちにとって潜在的な危険となった。

 

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の看護師たちと男性患者

 

 防護動作、社会的距離、患者の外出許可の終了、家族面会の禁止:ひと月以上前から、シナノキ棟で、ラベンダー棟で、ヒマラヤスギ棟で、そして松の木の間に散らばったおよそ十の病棟のなかで、すべてをコロナウイルスが覆した。これまで症例が検出されていないにもかかわらず。

 施設の公園への外出は、以前は完全に自由だったが、いまやケア提供者の同伴によって最大4名のグループでのみ可能である。

 かつてホールに最大35人を集めたダンスは終了。サッカー場の試合やボクシングも。カフェテリアの本、サッカーゲーム、ピンポンにも近づけない。

「しかし私たちは集団的な時間が存在し続けるよう全力を傾けました。ケアするということは、治療を提供するだけのことではありません」と、ステファニー・トイ=リオンは、スタッフや患者と距離を取って話すことを例外的に許されたAFPジャーナリストに強調した。

 作文の会は、「たとえ私たちが同じ部屋に5名以上居ることができなくても」維持されている、と彼女は続ける。

 

「空しさを癒やす」

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の庭にいる女性看護師と男性患者

 

「難しいのは空しさを癒やすことです」と30代前半のアミナは漏らす[訳注:ファーストネームのみで紹介される人物は患者であろうと思われる]。彼女は他の患者と一緒に芝生の中に座り、野外の「スピーチの会」の際に、「今後」に言及する。この会は対人療法看護師ジル・カーサンティによって開催され組織された集団活動の一つである。

 アリシアにとって「事態はどん詰まりに向かっているわ」。アンナはより楽観的だ:「私はただ息子にキスできることを夢見ているの」と彼女は説明する。「そういう単純なことこそが重要であることに、みんなが納得するよう」願っている。

「私たちは衛生上の制約に圧倒されてはなりません、倫理的な指針を保たなければなりません」と心理士のヴィクトリア・イザベル・フェルナンデスは主張する。「保護するということは、患者たちへ振りかざす権力を不当に得ることではありません」。

 ヴァルヴェールでは、封鎖があろうとなかろうと、1976年の施設設立以来ずっと、身体拘束の実施は廃絶されたままだ。

 

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の庭で患者たちと話し合う女性看護師

 

 しかし譲歩が:この白衣は現在必須である。「私たちの普段の目標は、さまざまな障壁をケア利用者と共に打破することです。いまここでは、私は変装させられたように少し感じます」とステファニー・トイ=リオンは嘆く。

 病院は嵐をやり過ごそうとしている。利用可能な147のベッドのうち、90床だけが埋まっており、何名かの患者はすでに家族に託された。

 自閉性障害の青少年のための専用病棟である『オアシス』では、現在、日中に2人しか受け入れていない。

 年間10,000人近くの患者を抱える主要な活動である外来診療は、自宅でのフォローや遠隔診察へと再編成されている、と施設長ロランス・ミリアは説明する。

 

「士気の喪失」

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院における看護師たちと男性患者の話し合い

 

「しかし、状況が長く続けば、状況はより緊迫していきます。時にはワンルームに住む7人家族もいるのですから」と、青年ケアシステムのソーシャルワーカー、オーレリー・フーロンは説明する:「(封鎖の)第3週の峠は困難でした。彼らが今後どんな状態で見つかるのか私にも分かりません」。

 もちろん、「これらの家族には想像を絶する潜在力があります」とアンジェリック・ババアンは保証する:「しかし私たちは、2001年9月11日以降に高層ビルが崩壊する画像のループを繰り返し見た子供たちのような、一部の患者での心的外傷後ストレスのケースや親の消耗を怖れています」。

 この「壁の外の精神医学」は時おり驚きを提供する。ヴァルヴェールから出て、フランス全体が封鎖されていることに気付かずに、自分の家に引きこもったある婦人のように:「2週間後、彼女はなぜ毎晩20時に窓からいろんな物音がするのかと私に尋ねました」。遠隔診療で彼女をフォローする精神科医アンヌ・パロンバは微笑む。

 

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の庭で

 

 いまだCovid-19に襲われていない県内唯一の精神病院、ヴァルヴェールは息を潜め固唾をのんでいる:「感染症クラスターがここに現れた場合、食い止めることは困難でしょう」と、精神科医のマチュー・パリギは怖れている。

 潜在的な患者を収容するために「Covidユニット」が設置されたのは、リラ棟の彼の病棟だった。およそ10室が準備された。呼び鈴、食事用のテーブル、個人用のテレビ:患者が繭の中に縮こまるのを防ぐためにすべてが考えられているヴァルヴェールではかつてなかったものがたくさん備えられた。

 患者が居ないので、この「Covid」ユニットは、14名単位で新入院者のための緩衝域として今のところ役立っている。遁走して戻るやいなやすぐに隔離されねばばならなかった2人の患者のように。

 

「握手したい」

<写真>

マルセイユのヴァルヴェール精神病院の看護師たちと患者たちの話し合いグループ

 

 ヴァルヴェールでは、封鎖は適応と歩調を揃えている。食堂では、12人のうち6人の料理人を奪われ、近くの高校の調理チームの3人のメンバーが毎日助けてくれる。

 柔軟な対応はまた資材面でも。マロングラッセのメーカーから寄贈された数百枚の保護衣や、ひとりの看護師が回収してきたイケアマスクの山。

 30,000ユーロ以上の購入資金と緊急作業が投入されても、まずは利用不能な在庫品と折り合わなければならなかった:「世界6位の強国がこれほど準備不十分で、FFP2マスクを8時間交換しないように求められるとは思わなかった」とパリギ博士は漏らす。

 その後、一部の納入業者で価格高騰し、たとえば白衣が単価60サンチームから10ユーロになった。「私たちはノーと言いました。理想としてはためらうことなく購入するのでしたが、しかし何でもよいというわけにはいきません」と、副施設長ドミニク・オルシニは説明する。

 5月11日の封鎖解除を待つのは「長い」と、シナノキ病棟の患者、リシャールは説明する。「みんな、外に出て、街をぶらつき、お店や人々を見たいと思っています。彼らに触れて、握手をしたい」。

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コメント

ご無沙汰しております。

今回のCOVID-19も漸く切れ目が見えてきましたが、まだ先のこと、
それもたかだか数か月先のことも読めない、そのような時代になってしまいました。

先祖の人々も、同じような思いで生きてきたのやもしれませんが。

我々、とうよりもわたしめですが、ゼロリスクなる幻想の世界に飼いならされ、
骨の髄まで溶解化した種族には、劇薬なのですが、良薬なのかもしれません。

私も、数百人の患者さんたちを、もう半年以上面会謝絶、外出、外泊原則禁止の中で囲い込んできました。
その瞬間、我々治療スタッフという権力者がウイルスを運び込んでくる加害者、疫病神と化したことを
痛感せざるを得ませんでした。
それ以来は、皆が各々、周囲の同僚、スタッフへの強迫的な健康管理、不信のまなざしを注ぎ続けたのです。

なんとかこれまで乗り越えてきましたが、果たしてこの先、どこまで睨み合いの我慢比べをしなければならないのか、
暗澹たる気持ち、アンヘドニア気味ですが、患者さんたちも治療スタッフも、殺伐とした思いとなります。

この先、様々な行動の制限、いや制約を緩めていくのか、そのテンポ、段取りを、私は虚ろな思いで思案しています。

先生の勤務先では、如何ですか?

 コメントをありがとうございます。
 私の勤務先ではまれにものすごく大胆な行動様式のひとが職員にも患者さんにも居てびっくりしますますけれど、いまだコロナ感染者も濃厚接触者もひとりも発生しておらず、狐につままれたような数ヶ月間を過ごしています。受付にビニールシートが垂らしています。ウイルスを持ち込むとしたらむしろ職員だろうと思ってはいるのですが。面会や外出、外泊は滞っています。安全に暮らせそうな患者さんは退院していただけますが、とくに医療観察法の入院患者さんはそうもいきません。というのは、彼らは退院と共に他の病院に通うことになるので、退院前には外泊しながら通院訓練を何度か繰り返さないと、先方から退院受け入れ許可がもらえません。県をまたいだ入院患者も多く、最近まで外泊どころか日帰りで県境を越えることも困難でしたが、6月からようやく動き出しそうです。
 精神科の症状のあるひとが、感染症の疑いがあるだけで入院させてもらえない、なんてことが人権上の問題になっていますが、今後も、感染状況の変化に対して前もって処遇のポリシーを考えておくなんてことも困難で、個別に、また感染状況によって、必要な処遇を考えることが必要なんでしょう。もともと医療観察法の治療を個別になんとか進めているなか、外野から「人権が問題だからできるだけ開放せよ、観察法はなくなれば良い」「危険な患者だからずっと入院させておけ」「数年経ったらもはや治療不能と判断せよ」などと十把一絡げのコメントをいただくたびにそういう一律的な発想を疑問に思ってきました。

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