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2020年12月

2020年12月31日 (木)

今年の3冊

 ふつう、「今年の3冊」というと、たくさん読んだ中からベストスリーを挙げるのでしょうが、私の場合、その年に出た本をその年のうちに読み切るということがほとんどなく、今年はどうにかステイホームで3冊ちょっと読めたので何年ぶりかで挙げてみます。

1 ジャック・ラカン『精神分析の四基本概念』(上下巻)岩波文庫

2 兼本浩祐『発達障害の内側から見た世界』講談社選書メチエ

3 鈴木宏昭『思考バイアス』講談社ブルーバックス

 1は何度も読み返した名著ですが、文庫になって体裁も文体も読みやすく、今年もまた何度も読みました。ラカンといえば言語にばかり注目したと思われがちですが、眼差し論や精神分析技法など幅広く語っていて、どこもかしこも面白い。2は、著者が自身をネタにこのテーマで本を書く気になったことそのものがすごいことです。この自虐テーマが当てはまりそうな精神科医はたくさんいますが、実際に書くのは精神病理の分野では兼本先生ぐらいでしょう(児童精神科医なら本田先生がご自身のことにソフトに触れたりしてた気がしますが)。3は、我われが妄想患者さんの陳述で普段接しているような誤りや勘違い、思い込みが、精神病の有無にかかわらず一般にもたくさんの場面で発生する現象であるということに気づかされ面白く読みました。認知心理学の本はあまり読まないのですが、ブルーバックスに入って新書の棚にあったおかげで手にすることができ内容も平易でありがたいことです。

 内海健先生が2冊出されましたが、まだ手にできていません。来年早々に読んでみたい2冊です。

2020年12月30日 (水)

シュナイダー『臨床精神病理学序説』

 古い小さな本ですが、なんと原書第二版(1936年)が手に入ったので、さいきん邦訳と比べながら拾い読みしています。

 邦訳も同じ第二版を底本にしているようですが、かなり自由に訳出されていて、段落の順番を変えたり省略したりが連続するので見比べづらいんですが、それだけなく、どうもシュナイダーのほかの著作(後年の主著『臨床精神病理学』)から一部をもってきて勝手に挿入していると思われる箇所が多いのが気になります。

 たとえば、妄想という項はこの訳書では45行からなるのですが、うち20行以上(半分弱)が、主著からの借用です。逆に、省かれている部分もたくさんあるので、かさ増しに使っているわけでもなさそうです。

 勝手に挿入された箇所が、忠実な引用であればまだしも、要約したり改変したりしているのが腹立たしいところです。なかでも、幻覚について挿入された次の箇所は大問題です。

精神分裂病の診断に重要なのは思考化声であって、患者は自分の考えることが聞こえるという。また自分の考えと言い合いをする声が聞こえることもあり、自分の行為が声で注意を受けることもあるが、何れも精神分裂病に特有な症状である。(102頁)

 この段落はまるごと原書にはありませんが、同じ本の中によく似た箇所がある(訳書なら160頁)のでそこから取ってきたのかもしれません。ところが、そちらの箇所でも別著でもシュナイダーは決して「自分[=患者自身]の考えと言い合いをする声」が統合失調症に特有だなどとは言っていないのです。シュナイダーは、「複数の声同士が話し合い、議論する」形の幻聴を統合失調症特有のものだと一貫して主張しています。訳書160頁のほうでは正しく「言い合いの形式の声」となっているので、なおのこと、訳書がどうして102頁だけ間違ったのか謎すぎます。

 邦訳102頁が示している「自分の考えと言い合いをする声」は、統合失調症では非常に多く発生する症状だということもあって、わが国の精神科医の一部は、シュナイダーはこちらのことを言っているのではないかと誤読したり(ひょっとしてこの古い本の翻訳が、こういう間違いを育んできたのかもしれませんが、シュナイダーの原書を読むと、患者の考えと幻聴との間の対話を指しているようには決して読めません)、「シュナイダーが複数の声の言い合いのことを述べているのが確かだとしたらシュナイダー説に訂正を加えるべきだ」と主張したりしているのですが、シュナイダーは統合失調症に高頻度にみられる症状を挙げたのではなく、診断の決め手となる特異的な症状を挙げたのですから、そうした我が国の説はどちらも間違いです。

 しかも、シュナイダーに従えば、対話性幻聴と呼ばれる現象では、声と声とが相手に答えたり反論したりの話し合いをしていなければならないようであるので、複数の声であってもめいめい勝手に話しているようだと該当しないともいえ、非常に狭い範囲の症状を指しています。ミルクボーイの漫才が幻聴で聞こえたら見事に該当しますが、今年のM1の漫才の多くは該当しないかもしれません。

 ほかにも、この邦訳書では、性行動の異常に関する部分がごっそりと省略されています。同じ訳者は、ヤスパースの『精神病理学原論』の訳では遺伝に関する箇所をごっそりと省略していました。どちらも訳者にとって興味がなかったのだろうと推察されます。

臨床精神病理学序説 新装版 
クルト・シュナイダー (著), 西丸 四方 (翻訳)
出版社 : みすず書房; 新装版 (2014/7/5)

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