« ラカン『精神病』4章再々読(3節) | トップページ | ラカン『精神病』5章再々読(1節まで) »

2021年4月29日 (木)

下田、中ら『初老期鬱憂病の研究』11

 久しぶりに思い出したので、戦前の我が国の下田・中らによるメランコリー論の症例紹介を続けましょう。

初老期鬱憂症 軽鬱状態型 動脈硬化その他の器質的疾患を伴うもの 

症例11 閉経期内分泌異常を伴うもの 富○敏○ 満54歳、女性、酒造業者の妻。

主訴 不眠、心気、憂鬱性思考

家族歴 父大酒家勝気の人、交際家ならず憤怒性あり、母早逝す、同胞8名中2名死亡、患者に性格的に甚だ類似の妹ありという外何等の負因なし。

既往歴 生来健、学業成績優良、245歳の時バセドー氏病に罹り甲状腺の腫脹を来す、1年計りの静養及子宮の掻爬により軽快せりという、近時全く月経を見ざりしが入院前月23日間継続する月経ありしという。性格。勝気、徹底的、責任感強し、信仰家、負け嫌い、我を通す、交際広し。

現病歴 推定原因、養子に対する不満。入院前年冬無暗に寒いといい湯保[たんぽ]を2-3個入れ眠り居たるため上衝[じょうしょう]を来し苦みしことあり、同10月頃某宗教会合に出席気分悪しとて直ちに医師を訪う、血圧190ありと言われ心痛し、その後上衝の為め眼瞼の腫脹及腫瘍を生じ、咽喉痛めることあり、甚だ心気的となり、小事に拘泥す、本年4月より不眠現わる、眠れる翌朝は落着き話も可能なるが不眠の場合は終日不平を漏し家人を当惑せしむ、有ゆる素人療法を試み、その度毎に最初は良く終り悪く遂に失望落胆す、幾度か逡巡せる後遂に8月東京に行きあらゆる大家を訪問くすりを飲むなと言わる、ここに於ても初め1ヶ月計りは元気なりしがその頃より手の脱力感、しびれ感、怔忡[せいちゅう]、咽喉の充塞感等を繰り返し訴うるに至り、子宮筋腫、血圧亢進、胃腸病等順次心痛の対象変遷す、常に朝悪く午後よし、10月下旬東京より帰り悪化、失望落胆し「余病が出たら寝て居られない(不安の為)から死んで仕舞う」等いう、睡眠時間は12時間のことあり6時間位のことあり、食思は良好なりしも最近1ヶ月不進、秘結に傾く。

現在症候 昭和7115日第1回入院

身体的徴候 体構闘士型、体格大、骨格強、筋肉弱、栄養不良、顔面蒼白、四肢に少しくチアノーゼあり、軽度の甲状腺腫を認む。瞳孔やや大その他に眼症候なし、舌やや白苔、凡ての反射機能正常、心音やや濁、血圧145-125、橈骨動脈硬化並蛇行。

精神的徴候 幻覚なく智的に大なる欠陥なし、意識は全く清明、考慮範囲は狭小、悲観的にして「余病が出れば死す」という、時に強度の苦悶性興奮状態を示し、極度の苦痛的表情の間に無表情の挿入あり、感情の表出突風的なれど演劇的誇張的ならず、強度の怔忡を訴え、自制力全くなく、多動不安多弁となることあり。

経過 直ちに持続睡眠療法を行う、スルフォナール全量25gに達せる頃より毎日20時間以上4日間眠る。その後漸次鎮静を来したれど1218日排尿障碍を来し発熱、再び睡眠障碍せらる、尿混濁して蛋白弱陽性なり、トリパフラピンにより下熱、恢復期少しく延びたれど漸次軽快を来し、翌120日入院後2ヶ月半にして全治退院。

再入院 同年818日。

退院後経過良好なりしが3月頃より膀胱炎に罹り、心痛し、腰痛ありしを以って子宮後屈なりとて灸、催眠術などを試み、再びあらゆる素人療法に親しみ前轍を踏む、すなわち3月頃より上衝、眩暈、耳鳴、嘔気、四肢の脱力感、主観的呼吸困難、腰痛、全身の冷感等あり、前同様の興奮を来したれど身体精神徴候共に前回よりは軽度なり。再び睡眠療法を行う、療法の経過中気分の転換性激しく一時ヒステリー性願望譫妄の如き状態に陥り夢の如き事実を真実と考えしことありしが一時的に経過、126日全治して退院せり。

 

本例の如きは初老期鬱憂症、閉経期神経症、ヒステリー症何れにも属するが如き病像を呈しその区別甚だ困難なり。その性格及び内因性らしき沈鬱は初老期鬱憂症に一致し上衝、眩暈、嘔気、耳鳴などの神経性徴候表在性にして、閉経、甲状腺の肥大等を伴う点は閉経期神経症に近似し、家庭的複合体の存在、被暗示性の亢進、徴候中に時に現わるる転換性、誇張的表情及びヒステリー性願望譫妄の状態を呈せる点等はヒステリー症に相当するが如し。

余等は本症例が甲状腺腫を有せる点、体構並びに性格はヒステリー性ならず、家系にもかかる患者なき点よりして閉経期内分泌障碍の為め甲状腺その他の異常を来しために過敏となりヒステリー性反応を呈するに至りたるものにして純粋のヒステリー症或はヒステリー性性格変化を来したるものにあらずと認めんとす。又本症者の性格が全く偏執性性格に一致し、種々の心気性は内因性沈鬱の二次的現象とも考えられ、常に睡眠療法の奏功する等の点よりして本症はその本体を初老期を鬱憂症に存し、症候の変形又は再発の容易なること等は合併症たる閉経期内分泌異常により説明し得べきものなりと思惟す、すなわち本症はヒステリー性徴候を伴う鬱憂症というよりは寧ろ閉経期内分泌障碍を伴う鬱憂症という方妥当なり。

 最後に「偏執性性格」とありますが、これは下田が後年「執着性格」と言い換えたもので、うつ病の病前性格とされます。これとテレンバッハの「メランコリー型」、笠原・木村が両者を参考にまとめて我が国の精神科医の間で最も有名になった「メランコリー親和型」(几帳面と他者配慮を強調し、かつ穏やかな弱力性の人柄を典型とした)との異同が時に議論になります。本症例は「徹底的、責任感強し、勝気、負け嫌い、我を通す、交際広し」など、テレンバッハや笠原の類型に比べて性格にかなりの強力性がうかがわれます。笠原らも「徹底的、責任感強し」に言及しましたが、それは持ち場を守り対人秩序を維持するための努力というニュアンスでした。

 この症例はたしかに「終日不平を漏し家人を当惑せしむ」「繰り返し訴うる」「『死んで仕舞う』等いう」などと、医師看護師からヒステリーを疑われやすそうなところがあります。著者が、体構と性格、家族負因からヒステリーを否定しているというのは、さすがに根拠が弱いと思います(体構、性格と疾患の組み合わせを仮に認めるとしても、例外なしとはいえませんし、家族内に一人だけ患者がでることもあるでしょう)が、ヒステリーは『満ち足りた無関心』という用語で呼ばれるように、身体症状の程度に比べて「治してくれ」という訴えは控えめで、歩けないと言いながら淡々と座っている、といった態度が典型です。この症例は性格傾向からしてもむしろ、躁病的な成分が症状に加わって症状を修飾して「多動不安多弁」などが現れてその一環として治療者通いも繰り返したんじゃないか、というのが、現代から後知恵でみた私の感想です。

« ラカン『精神病』4章再々読(3節) | トップページ | ラカン『精神病』5章再々読(1節まで) »

精神病理学」カテゴリの記事

メランコリー」カテゴリの記事

テレンバッハ」カテゴリの記事

病前性格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ラカン『精神病』4章再々読(3節) | トップページ | ラカン『精神病』5章再々読(1節まで) »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ