フロイト単行本

2008年11月22日 (土)

フロイト著作集2『夢判断』から、1851年の請求書の夢(2)

 前回の続きです。前回取り上げた、フロイト著作集第二巻356頁(新潮文庫現行版で下巻212頁)に紹介されている夢は、368頁(同じく新潮文庫現行版下巻237頁)でもう一度取り上げられていますので、今回は後者の部分の翻訳問題に触れましょう。

『この同じ夢はその最初の部分に、推論の性格を否定することのできない若干の文章を含んでいる。そしてこの推論は決して荒唐無稽とはいわれない。覚醒時のものと見ても一向におかしくはない。《私は夢の中で、市参事会から送りつけられたその書状を滑稽に思った。なぜなら、第一に私は一八五一年にはまだ生まれていなかったのだし、第二にこの書状に関係を持つ私の父はその時分にはもう死んでいたからだ》 この二事実はすでにそれだけで正確なものであるばかりか、かりに私がそういう通知状を受けとったとしたら、やはりそういっただろうと思われる現実の推論とも完全に合致している。以前の分析からして(三六九頁参照)。われわれは、この夢が憤慨と嘲罵とを持った夢思想の地盤から生い育ってきたものであることを知っている。そのうえもしわれわれが検閲の諸動機はきわめて強烈なものであったと仮定していいとしたら、夢の作業は、夢思想の中に含まれているお手本に従って、無意味な推測に対する非の打ちどころなき論駁を行うべき十分の理由を持っていることがわかる。』(著作集369頁、下線は引用者)

 ここで『推論』と訳されているのは『Argument』ですが、独語や仏語でこの語の主たる辞書的意味は『論拠』です。実際、上の引用部分で《 》内に紹介されている夢本文に挙げられた二つの事実は、推論というよりは論拠と言えるものです。

 一方で、『無意味な推測』と訳されているのは、『unsinnigen Zumutung』ですから、『ばかげた言いがかり』ぐらいの意味です。この表現は以下のような事情に対応しています。『この夢は、尊敬すべき一先輩の私に対する批評の言葉を又聞きにきいたのちに見た夢であった。この人は、私の患者のひとりがもう足掛け五年も私に精神分析治療を受けているのにまだ埒があかないのはおかしい、といって私を非難しているというのであった。・・・いったい彼は私よりもてきぱきとやれる医者を知っているのか。この種の病状は普通ならば不治で、死ぬまでそのままであることを彼は知らないのか。なにしろ私の治療を受けているあいだは、この患者の毎日の生活はよほど楽になっているのだから、それを考えてみたって、一生涯の長さに較べたら四年や五年がどうしたというのだ』(著作集357頁)。

 上の引用箇所には他にも、参照先とされている『三六九頁』が、まさにこの文章が載っている頁のことであったり、私が生まれる前に父親が死んだなどという奇妙な内容になっているという問題があるので、以下のように改訳を提案します。

『この同じ夢はその最初の部分に、論拠の性格を否定することのできない若干の文章を含んでいる。そしてこの論拠は決して荒唐無稽とはいわれない。覚醒時のものと見ても一向におかしくはない。《私は夢の中で、市参事会から送りつけられたその書状を滑稽に思った。なぜなら、第一に私は一八五一年にはまだ生まれていなかったのだし、第二にこの書状に関係を持つ私の父は[いま]もう死んでいるからだ》 この二事実はすでにそれだけで正確なものであるばかりか、かりに私がそういう通知状を受けとったとしたら、やはりそういっただろうと思われる現実の論拠とも完全に合致している。以前の分析からして(三五六頁参照)。われわれは、この夢が憤慨と嘲罵とを持った夢思想の地盤から生い育ってきたものであることを知っている。そのうえもしわれわれが検閲の諸動機はきわめて強烈なものであったと仮定していいとしたら、夢の作業は、夢思想の中に含まれているお手本に従って、ばかげた言いがかりに対する非の打ちどころなき論駁を行うべき十分の理由を持っていることがわかる。』(代案)

 さらにもう一箇所、『Argument』という語が以下の箇所に出てきますが、ここも『論拠』とすべきです。

『あの二つの推論はこれを次のような材料に還元することができる。』(著作集370頁)

 上に触れた以外の箇所に出てくる『推論』という語は、原文では『Schluss』に対応しており、上のように置き換える必要はありません。

 参照すべき頁に関しての誤りは、以下の箇所にもあります。

『私の想像するところでは、婦人患者においても彼女らのもっとも早い性的諸衝動中において父親が果たす役割、意想外な役割の発見も同じような態度で迎えられるだろうと思う(三六六頁の解説を参照)。』(著作集370頁、下線は引用者)

 参照すべき頁は、正しくは著作集215頁であり、エディプスコンプレックスという概念の紹介・説明への導入に当たる重要箇所です。これは新潮文庫の現行版でも誤って『233頁』とされていますが、正しくは『上巻の440頁』です 

 以上でだいたい終わりですが、次の箇所について疑問が残ります。

『この先生には学生の講義登録のときに詳しい身もと調べをやる癖があった。生まれたのは? 一八五六年。 -お父さん(訳注 ここはpatreとラテン語になっている)は? これに対して学生は自分の父親の名を、ラテン語の語尾をつけて答えた。そしてわれわれ大学生たちは、この宮中顧問官たる先生は学生たちの父親の呼び名から、学生の呼び名がつねに必ずしも許しそうもないような、なんらかの推定(訳注 その学生がユダヤ系であるかどうかの推定?)を下そうとしているのだと想像した。』(著作集368-9頁、下線は引用者)

 原文を読んだ限りでは、下線部の主語は『先生』のようにも思えます。そうであればこの部分の訳は、『これに付け加えて先生は学生の父親の名に、ラテン語の語尾をつけて述べた』が正しいように思えます(『答えた』とは書かれていない)。しかしここは原文も曖昧に思え、著作集のように解してもよさそうに思えます。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)

2008年11月14日 (金)

フロイト著作集2『夢判断』から、1851年の請求書の夢

 今回も『夢判断』から一つの夢を(フロイト著作集第二巻356頁)取り上げて、主に翻訳について検討します。これもまたフロイト自身の夢とされています。

 夢の本文の冒頭は、著作集では以下のように翻訳されています。

《私は一八五一年、ある発作のために生まれ故郷の病院に入院しなければならなかった。ところが故郷の市参事会からの入院料に関する一通の書状を受け取る。・・・》(以下略)

 この部分が私には話の流れがわかりづらく感じるので、私なりにここを改訳したうえで、夢の全文を紹介します。角括弧内は私なりの補足です。

《私は、一八五一年に、ある発作のために生まれ故郷の病院に入院[Unterbringung im Spital]しなければならなかった際の支払い[Zahlungskosten]に関する一通の書状を、故郷の市参事会から受け取る。私はそれを面白がる。なぜなら第一に、私は一八五一年にはまだ生まれていなかったし、第二にこのことに関係を持ちうる私の父親はもう死んでいたからだ。私は隣室の、ベッドに寝ている父のところへいって、そのことを父に話した。すると驚いたことに、父は[、父自身が]一八五一年に一度酔って、検束ないしは保護を受けたことのあったのを思い出した。それは父がT家のためにはたらいている時分のことだった。私は「ではお父さんもやはり酔っ払ったのですね。その後すぐに結婚なさったのですか」ときいた。私は計算してみると、なるほど一八五六年生まれだということになる。それが、その事件のすぐ後のことだったように思われる。》(フロイト著作集第二巻356頁)

 なお、この中で、『T家』(原文で『Haus T』)とは、王家・王室のようです。これが後の考察(『私は夢の中で自分の父を宮中顧問官にし大学教授にする』著作集358頁)に関連を持ちます。

 さて、フロイトによる考察によれば、この夢では、父親は別のある人物、『尊敬すべき一先輩』の代理となっています。

『夢の序論的部分は隠蔽されてはいるけれども明瞭に、この人が一時は父親がもはや果たすことのできなかった数々の義務(費用支弁、入院)を引き受けていたことを示している。』(著作集357頁)

 ここで、『費用支弁、入院』(Zaglungskosten, Unterbringung im Spitale)の部分は、同じ語が夢の本文に出てきているところが味噌ですから、同じ訳語を選んで『支払い、病院に入院』としたいところです。

 さらに父は、『かつて酒に酔って検束された』という部分でも、もうひとり別の人物の身代わりになっています。つまりそれはマイネルトのことであって、次のような出来事が背景にあったようです。

『この夢は私に彼が話してくれたことを思い出させる。それによると、彼は若いころ、クロロフォルムで自分を麻酔させる習慣に馴染んでしまって、そのために治療所通いをしなければならなかったという。』(著作集358頁)

 ここでの『自分を麻酔させる』(sich berauschen)という部分には、夢の本文で『酔っぱらって』とあった箇所(betrunken)とは別の語が用いられていますが、いずれも『酔う』という意味で共通しており、訳も『自ら酔う』ぐらいにしたいところです。また、『治療所通い』の箇所の原文は『Anstalt aufsuchen』となっており、診療所のほか刑務所など様々な公的施設に入ることを意味しうる表現となっています。すなわち、実際にマイネルトが病院に入ったという事実が、夢では改変されて、『検束された』ことになっているということのようです。ちなみに、これら二箇所には訳文では傍点が抜けていますが本来はフロイト自身によって強調された重要箇所です。

 今回はさらに以下の二箇所を単なる誤訳として訂正しておきます。ひとつめ。

『しかし私がこの夢のこの場面で、私の父にマイネルトの代理をつとめさせることができたのは、父とマイネルトとのあいだに類似点があるからではなくて、夢思想中にある一条件文章の、簡潔だがその意を十分に尽くしている表現があったからである。』(著作集358頁)

『しかし私がこの夢のこの場面で、私の父にマイネルトの代理をつとめさせることができたのは、父とマイネルトとのあいだに類似点があるからではなくて、夢思想中に、ある一条件文章が、簡潔だが十分に表現されているからである。(代案)』

 もうひとつ。

『私が今自分のもっとも信頼している患者の完全な治療を待たせている年月でもある。』(著作集358頁)

『私が今自分のもっとも熟知している患者の完全な治療を待たせている年月でもある。』(代案)

 この夢は368頁でも再び取り上げられていますが、その箇所についてはまた次回取り上げましょう。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)  

2008年11月 3日 (月)

フロイト著作集2『夢判断』から『Non vixitの夢』(2)

 前回に引き続きこのフロイト自身の夢を取り上げます。前回は主に著作集345頁から348頁まで(新潮文庫の現行版では下巻188頁から195頁まで)の内容を取り上げましたが、今回は395頁から401頁まで(同じく新潮文庫下巻293頁から305頁まで)にわたって再検討された箇所を取り上げます。

 前回、この夢に登場する『Revenant』という語が、「亡霊」と「しばらく間をおいて再び来た人」という二つの意味を持っているという両義性が、夢の顕在内容と潜在思考とを結ぶ手がかりになっていることを示唆しておきました。さらに今回の検討箇所では、『beseitigen』という語が、「わきへのける」という意味と「除去する=亡き者にする」という二つの意味を持っているという両義性も重要な役割を担っています。これらは、夢の本文では次の部分に登場します。

『エルンスト・フライシュルも亡霊にすぎず、幻[Revenant]にすぎないとわかって、「こういう人間はひとがその存在を欲しているあいだだけ生存するものであり、こういう人間を他人の願望がこの世から消し去ってしまう[beseitigen]ことも決して不可能ではない」と悟った』(著作集345頁)

 夢のこの部分は、今回取り上げる箇所でも、以下のようにもう一度紹介されています。

『夢の終わりで私は非常に喜んでいて、覚醒時では不可能と思われるひとつの可能性、つまりただ願いさえすれば追い払う[beseitigen]ことのできる亡霊[Revenant]があるという可能性ももっともなことだと考えている。』(著作集395頁)

 ここですでにお分かりでしょうが、著作集の訳文は、原語の両義性が示されていないというだけでなく、同一の語が再登場する際に訳語が統一されていないという点で、フロイトの意図が伝わりにくいものとなっています。

 さて、この夢では、故人である友人Pが登場し、フロイト自身によって睨み付けられて消えてしまいます。以下はこの友人についての記述です。

『二人の助手のどちらもその地位を動かなかったので、若い人たちはいらいらしていた。私の友人ヨーゼフは自分の命が限られていることを知っていたから、時々そういう焦燥の気持ちを口に出して私に告げた。彼は自分の上にいる男と格別に親しい関係を持ってはいなかったし、その男は重病人であったから、その男がどいてくれたら[beseitigt werden]いいがという願望は、「そうなれば自分は昇進する」という意味 のほかに、ある不道徳な副次的な意味をも持っていた。』(398頁)

 ここで『どいてくれたらいいが』は、『片付いてくれたら』すなわち『死んでくれたら』という『不道徳な副次的な意味』を含んでいるということになります。夢では、友人がこの『悪い願望を懐いていたがゆえに私は彼を殺す』(著作集347頁)のであり、かつ、フロイト自身もかつて同じ願望を懐いたことがあったにもかかわらず、『この不届きな願望の罰を、私にではなく、彼に加えている』(著作集398頁)ということのようです。

 そしてこの夢から連想された、幼少期の甥との友人関係について述べられた箇所にも、こうした語の両義性が繰り返し登場します。

『私の友人という友人は、じつは私の最初の友人であったこの甥の化身、「昔我が濁れる目にはやく浮かびし」(『ファウスト』)ことある第一の友人、すなわちあの甥の亡霊[Revenant]たちなのである。』(著作集397頁)

『だから私は、幽霊[Revenant]はひとがそれを必要とするあいだしか存在しないということ、また、幽霊[Revenant]は、都合次第で退場させる[beseitigen]ことができるということはまことにもっともだと思う。つまりこれが、そのために私の友人のヨーゼフが罰せられているところのものなのである。しかしそれらの幽霊[Revenant]は、私の幼年時代の友人(甥)の順繰りに登場してきた化身なのである』(著作集399頁)

『補うべからざる人間などというものはありはしない。見たまえ、どれもこれも幽霊[Revenant]じゃないか。われわれが失ってしまったものは全て、また戻ってくるのだ』(著作集400頁)

『自分の子供たらの名というものは、その時代の流行によって定められるべきではなく、私たちにとって大切な人々を記念するために選ばれるべきだというのが私の意見だった。子供らの名前は子供らを幽霊[Revenant]にする。』(著作集401頁)

 付け加えると、399頁の引用文中、『都合次第で』という箇所は、直訳して『願望によって』とした方が、夢の本文との関連が見えやすいと思います。

 これ以外の問題点に移りましょう。著作集の訳文では、『友』と『敵』という語が曖昧に訳されている箇所がいくつかあります。

『敵対的な、および苦痛的な気持ちの動きが、私が友人の敵を二語でやっつけるあの箇所には重なり合っている。』(著作集395頁、下線は引用者)

 やっつけた相手は友人Pでした。下線部は「私が敵視する友人を」に変更したいところです。次の箇所も同じく曖昧で、とくに一文目の『友人』と二文目の『友人』では意味が変わってしまいます。

『親しい友人と憎むべき敵とは、私にとっていつも私の感情生活の必然的な欲求であった。私はいつも新たにこういう二種類の友人を作った。ごく幼い自分には、たぶんそうだったろうと想像されるように、ひとり二役の友人を作ったり、あるいはまたあるときは友、別の時には敵という役割が幾度か同一人物の上に繰り返されたりするようなことはもはや起こらなかったけれども、同一人物が友人と敵とを兼ねるような友人を見つけ出して、幼年時代の理想に接近しえたことも決して稀ではなかったのである。』(著作集397頁)

 ここはかなりわかりにくいので、全体を改訳しておきます。

『親しい友人と憎むべき敵とは、私にとっていつも私の感情生活の必然的な欲求であった。私はいつも新たにこういう二種類の相手を作った。同一人物が友人と敵とを兼ねるという幼年時代の理想を復元することも決して稀ではなかった。もちろん、ひとりで同時に二役となるとか、友と敵という役割が幾度も同一人物の上に繰り返されたりするようなことは -ごく幼い自分にはありえただろうが- もはや起こらなかったけれども。』

 あとは細かい点ですが、396頁の注で『高飛車な』は原語で『gebieterisch』で、これは副詞として使われているかもしれないのですが、いずれにせよ辞書的意味にも文脈にもそぐわない気がします。『断固たる』(あるいは『断固として』)ぐらいがよいのではないでしょうか。

フロイト著作集 第2巻 (2)

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)  

2008年10月25日 (土)

フロイト著作集2『夢判断』から『Non vixitの夢』

 たまたま最近読んだので、この夢を取り上げます。これはフロイト自身がみた夢で、フロイト著作集第2巻で345頁から348頁まで(新潮文庫の現行版では下巻188頁から195頁まで)にわたって紹介され検討された後、395頁から401頁まで(同じく新潮文庫下巻293頁から305頁まで)で再検討されています。以下は夢の全文です。(なお、夢のストーリーをさらっと読んでも理解しやすいように、それぞれの箇所がどの登場人物を指すか、管理人がかぎ括弧で補足した点がいくつかあります):

 《夜、[私=フロイトが]ブリュッケの実験室へ出かけていると、ドアを静かにノックする者があるので、開けると、フライシュル教授(故人になっている)だった。教授は四、五人の見知らぬひとたちと一緒に入ってきて、二言三言ものをいってから、自分[=教授]の机に座った》 これに第二の夢が続く、《友人のFl.が七月人目に立たないようにしてヴィーンにやってきた。私は路上で、彼がやはり私の友人の(故人となった)Pと話をしているところに出会って一緒にどこかに出かけて、小さな机をかこむようにして向い合せに坐り、私はその机の短い側の前の方に坐った。Fl.は自分の妹の話をして、「四十五分で死んだのだ」といい、それからさらに、「これは閾だね」というようなことをいった。Pがその言葉の意を解しかねたので、Fl.は私に向かって、「己[=Fl.]のことをどの程度君はP君に話してあるのだ」とたずねた。すると私は一種奇妙な感情に襲われ、Pは(何事も知っているわけはないさ、だって、彼は)もう死んでいるんだからとFl.にいおうとした。しかし私は自分の誤謬に気づきながらもNon vixit(生きていなかった)といってしまった。そのあとで私はPを鋭く見つめると、私が見ているうちに、Pは色あおざめ、朦朧となり、眼は病的に碧くなり -しまいにその姿は消えてなくなってしまった。そんなことになってしまったので私は無性にうれしくなり、エルンスト・フライシュルも亡霊にすぎず、幻にすぎないとわかって、「こういう人間はひとがその存在を欲しているあいだだけ生存するものであり、こういう人間を他人の願望がこの世から消し去ってしまうことも決して不可能ではない」と悟った》(著作集2巻345頁、下線は引用者)

 この夢の訳文のなかで、下線部分については、あとの考察との関係から直しておく必要がありそうです。『もう死んでいるんだから』は原文で言うと「gar nicht am Leben ist」、つまり「そもそも生きていないんだから」となります。一方でこれと間違えて口から出た『non vixit』ですが、『vixit』は辞書に載っていて、ラテン語で現在完了3人称単数形で「彼は生きた=今この世を去った」らしいです。私はラテン語についてはよく分かりませんが、この『Non vixit』は「彼は生き終えていない=彼は世を去っていない」、あるいは、「彼はそもそも生きたことがない」といった意味になってしまうのでしょうか。いずれにせよ、だからこそこれが『誤謬』とされているのでしょう。

 つぎに、『エルンスト・フライシェルも亡霊にすぎず、幻にすぎない』の箇所ですが、ここは本来過去形です。さらに、『幻』は原文では「Revenant」つまり直訳すると「帰って来た者」でして、「亡霊」のほか「久しぶりに会った人」も意味します。ですからここの訳は、『[一つ目の夢に出てきた]エルンスト・フライシェルも亡霊にすぎず、[あの世から]帰って来た者にすぎなかった』となります。そしてこの両義性は後の解釈で効いてきます。

 最後に『この世から消し去ってしまう』は、もともと『beseitigen』ですが、これはこの後の文脈のために『片付ける』としておきます。

 さて、夢の本文の翻訳についてはこれくらいにして、今回はこの夢についての考察のうち345頁から348頁での翻訳の問題について取り上げます。

 まず、この夢にでてくる『Non vixit』からフロイトが連想したのは、ヨーゼフ皇帝記念碑の碑文なのですが、その碑文が著作集346頁に引用されています。ここで、訳文では一行目の末尾「vixit」だけが傍点で強調されていますが、二行目の冒頭「non」も、本来原文では同じく強調されています。もともとは横書きですから、碑文の視覚像としては『non』の方が左に見えたことになり、『non vixit』という印象がそこから由来したということになります。

 そしてこの語と関連してフロイトが連想した、幼児期のフロイトと甥との関係について。

『それはまだ満二歳半にもならぬ私の言葉で、「あの子が僕をぶったから、僕はあの子をぶったんだ」というのである。この幼年期のやりとりこそnon vivitをnon vixitに転じしめた原因に違いない、なぜなら幼少期の終わり頃においては「打つ」schlagenという言葉は「靴墨を塗る[ぶんなぐる、手淫をする]」に通じる。夢の作業は、こういう関連を利用して少しもはばからない。』(著作集348頁)

 とりあえず訳しかえると次のようになります。

『それはまだ満二歳半にもならぬ私の言葉で、「あの子が僕をぶったから、僕はあの子をぶったんだ」というのである。この幼年期のやりとりこそnon vivitをnon vixitに転じしめた原因に違いない、なぜなら幼少期の終わり頃においては「打つ」schlagenことを「wichsen」と言う。夢の作業は、こういう関連を利用して少しもはばからない。』(代案)

 これはつまり『vixit』(ヴィクシット)と『wichsen』(ヴィクセン)との音のつながりを利用しているということのようです。じっさい、後者の三人称現在形は前者とほとんど同じ発音になるはずです。夢の作業はむしろこういう関連を利用するのです。

 そしてこの甥との関係から連想をさらに追求している次の箇所に先程の「Revenant」の両義性が関連してきます。 

『私は当時十四歳、シーザー役の甥は当時十五歳だった。この甥は当時英国から私たちの家にやって来ていた。-だからやはりひとりの幽霊である。なぜなら、この甥とともに再び浮き出てきたのは、私の子供の頃の遊び仲間であったから。満三歳になるまで私はこの甥といつも一緒に暮らしていた。』(著作集348頁、下線は引用者)

 ここの『幽霊』にも「Revenant」が用いられています。ここは、『亡霊=再び来た人』という両義性に着目しなければ、なぜ甥が亡霊扱いされるのか理解できないでしょう。もうひとつ、上で『子供の頃の』という箇所には、原文では「最幼児期の」「最初期の」といった表現が付け加えられていますが、これも訳文からは抜けています。

 最後にもう一箇所、問題点を紹介します。

『彼は(夢の結果に表現されている)ある悪い願望をいだいていたがゆえに私は彼を殺すのである。』(著作集347頁)

 『夢の結果に』では何のことかいまひとつよく分かりませんが、ここはむしろ『夢の終わりに』と訳すべきであり、つまり夢の本文の終わりの部分を指しています。ですから『ある悪い願望』とは、夢の中で『こういう人間はひとがその存在を欲しているあいだだけ生存するものであり、こういう人間を他人の願望がこの世から消し去ってしまうことも決して不可能ではない』という箇所に出てくる願望、つまり誰かを片づけようとする願望のことだと分かります。この願望については後の頁でより具体的に示され、再検討されることになります。

フロイト著作集 第2巻 (2) 

夢判断 下  新潮文庫 フ 7-2 

フロイト (著), Sigmund Freud (原著), 高橋 義孝 (翻訳)

2008年1月27日 (日)

社会とは

 私は普通に『社会』という言葉を使うとき、かなり多くの人間から構成されるものを想定しますし、学校の『社会科』で扱われる内容もやはり同様であろうと思います。そのため乳幼児の発達について、まず乳児は両親との関係を結んだのち、次第に人間関係の範囲が広がって、最終的には社会的な関係を持つに到る、というふうに考えがちです。もちろん、社会学などでは家族を社会の最小単位として扱うということはあるのでしょうが、それはあくまで学問的な文脈で、しかもより大きな社会単位と関係づけて論じられることでしょう。

 こうしたなか、フロイトを読んでいて以下のような箇所に突き当たると、多少の違和感を覚えます。

 だから悪とはもともとは、愛の喪失の脅威にさらされることである。愛を喪失することにたいする不安から、人は悪を行わないようにしなければならないのである。その場合には人がすでに悪を実行したのか、あるいはただ実行しようと考えたのは、それほど大きな違いをもたらさないのである。どちらにしても、権威をもつ人に発見されただけで、この危険に直面しなければならないのであり、権威をもつ人はどちらの場合にも同じように振る舞うはずなのだ。
 この状態は『良心の疚しさ』と呼ばれるが、ほんらいはこの名前はふさわしくないものである。この段階では罪の意識はまだ、愛の喪失に対する不安であり、『社会的』な不安だからである。幼児においてはつねにこれ[=良心の疚しさ]は社会的な不安として現れるが、大人の場合にも、父親や両親の位置を、大きな人間の共同体が占めているという違いがあるだけで、結局は同じであることが多いのである。(『文化への不満』光文社古典新訳文庫248頁)

 すなわち、この最後の部分では、幼児が両親から愛されなくなることをおそれるという状況を『社会的』と呼び、一方で、大人になってから大きな共同体を想定するようになっても『結局は同じ』という言い方がされています。この言い回しからは、前者を『社会的』と呼ぶことのほうが当たり前というニュアンスが感じられてきます。一方で、我々の日常的な『社会』という語のイメージからすると、むしろ大人と共同体との関係のほうを『社会的』と呼んで、幼児と両親との関係も『結局は同じ』と言うほうが腑に落ちやすいように思われます。

 振り返ってみると、ここで我々は、精神医学を学んで間もないころ、「『社会恐怖』とか『社会不安』といった語は『対人恐怖』のことを表している、この場合に『social』という語は、『社会』というより『社交』に近い意味と考えるべきである」、と教わったときに少々違和感を感じたのと同じことを再び経験しているように思います。というのは、われわれ精神科医ですら、この『社会的』という語が、精神医学においては主に生身の人間との関係を示しているということを、この『社会恐怖(不安)』という言葉を用いるときを除いてほとんど忘れてしまっているからです。たとえば『社会生活技能訓練』というとき、対人場面の練習だけでなく金銭管理や調理その他の技能訓練も含めることが多いこともその一例でしょう。

 これに対して、「ほかの論文でフロイトも両親との関係から社会関係へ、という論旨を展開している。その場合の『社会』という概念は、国家や世論など抽象化された大集団を念頭に置いている」といった印象を持っている方もあるかもしれません。しかしそれは、フロイトの邦訳本で『社会(的)』と訳されている語には『sozial』以外にも、『gemeinschaftlich』や『gesellschaftlich』があって、抽象的で大きな『社会』を示すときには後二者が用いられること、そしてたいていは片方を『共同体』、片方を『社会』と訳されることから、結局邦訳だけを読むと、『sozial』と訳される『社会』とは訳し分けられず混同されてしまうことからくる印象のように思います。

幻想の未来,文化への不満 (光文社古典新訳文庫 Bフ 1-1)

フロイト (著), 中山 元 (翻訳)

出版社: 光文社 (2007/9/6)

2007年12月26日 (水)

もっと充足されるのを容認すべき欲動

 前回取り上げた『精神分析への抵抗』のなかに書かれていた、「もう幾分か充足されるのを容認すべき」欲動とはどんなものなのでしょう。(今回の話題については、前回の記事の時点ですでに予定しておりましたが、前回の記事にいただいたコメントの中にこの疑問点に触れておられるものがあり、やはり同じところに目を付けるものだなあ、と感じ入りました。)

 たとえば『文化への不満』には次のようにあります。

「・・・そのさい文化が性に対してとる態度は、他の部族なり階層なりをほしいままに搾取できる立場に立った部族あるいは階層がとる態度と同じだ。抑えつけられたものたちが反乱を起こすのではないかという不安から、厳重な予防措置が講ぜられる。現在のわれわれの西欧文化は、こういう発展の極致だ。西欧文化が幼児の性生活の表出を厳禁することから始まるのは、心理学的にはもっとも至極である。・・・けれども、どう考えても許しがたいのは、文化社会が極端に走って、幼児性欲という、簡単にその存在を証明できるどころか、誰の目にも明らかといっていいこの現象それ自体をも否定してしまったことである。また、性成熟期の個体の対象選択は異性だけに限られたし、性器を使わない満足の大部分は倒錯だとして禁止されてしまった。・・・ただし、性器を使った異性間の愛というこの放逐されていないものも、法律で承認された一夫一婦制のものであるという制約によってさらに限定される。・・・
 もちろんこれは行き過ぎである。・・・」(人文書院フロイト著作集第3巻『文化への不満』p463-4を少々改訳)

 他の部族を抑えつけるという比喩にも類似点がありますし、フロイトがこれらを「もう幾分か充足されるべき」と考えていることは間違いなさそうです。『精神分析への抵抗』に挙げられた「もう幾分か充足されるべき欲動」に対応すると考えて良いでしょう。

フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)

フロイト (著), 高橋 義孝 (翻訳)

出版社: 人文書院 (1969/01)

 ところで、クリスマスシーズンも終わりましたが、私は今年ふと「山下達郎の『クリスマス・イブ』の間奏はいったいどの程度『パッフェルベルのカノン』と同じで、いったいどこがどう違うのか」という疑問が頭によぎり、巷で耳にするたびに注意して聞いていましたが、そう何度も聴く機会もなく、未解決に終わりました。来年の課題です。明日は最後の忘年会で、年末年始はさすがにフロイト全集の話題はお休みしてのんびりしようかと思っています。

2007年11月20日 (火)

光文社文庫で『文化への不満』を

 岩波のフロイト全集をはじめ、このところちくま文庫など、フロイトの新訳がちらほらと出版されています。どれもかつて出版されたフロイト選集/著作集/新潮文庫に比べるとはるかに良い訳で、原書や辞書と付き合わせなくても大意は掴めるところがうれしいです。ちょっとした待ち時間などに取り出して数頁ずつ読むことが多いです。

 今は光文社古典新訳文庫の『幻想の未来/文化への不満』から『文化への不満』を読んでいます。『文化への不満』というタイトルが旧訳の誤りを踏襲していたり、アンビヴァレンツの訳語が両価性ではなく両義性になっているところなど、疑問に思う点はありますが、これらは自分の頭のなかで容易に変換可能なので、 不都合はありません。

 さてその中に、「人が何か罪を犯した後に、その罪のために罪悪感を持ったとすれば、それは罪悪感と言うよりもむしろ後悔の念と言うべきだろう・・・だから精神分析で、後悔によって生まれた罪悪感を考慮に入れないのは、適切なことである。これがどんなに頻繁に起ころうとも、その実際的な意味がどれほど大きくともである。」(p263-4)という箇所があり、私自身、重大事件を起こした患者を受け持ったりしているせいもあって、最近読んで非常に印象に残りました。そこへもってきて一昨日、阿闍世コンプレックスについての講演を聴く機会があり、古澤-小此木による理論がまさにこの「後悔によって生まれた罪悪感」を重視していることを知り、これは私にとってさらに印象深い一節になりました。

 しかし実はこのあたりに注目して少し真面目に付近を読んでいったところ、p272の

「また不安は、これらの全ての関係の根底にあって、以上のような批判的な審級に直面するものであり、みずからに罰を与えようとする自己処罰の欲求であり、サディスティックなまでに超自我の影響を受けて、マゾヒスティックになった自我の欲動の発現である」

という箇所に躓きました。不安が何かに直面する、という訳文は明らかにおかしい。結局原書を取り出したところやはり訳に問題があって、私なりに光文社版の文章をできるだけ生かして訳すと、

「また、これらの全ての関係の根底にあるのは、以上のような批判的な審級に対する不安すなわち自己処罰欲求であるが、これは、サディスティックな超自我の影響を受けてマゾヒスティックになった自我の欲動の発現である」

となります。さらにこの直前の文では、

「超自我の要求と、こうした要求を実行しようとする自我の努力のあいだの緊張」

云々と言う箇所がありますが、これは正しくは

「超自我の要求と、自我の志向とのあいだの緊張」

です(内容的にも当然ですが)。結局この新訳は、訳文が平易なのでつい騙されちゃいますが、ここらへんをみるだけでもかなり問題ありそうですねえ。段落や章を勝手に分けちゃっているのも気になります。そういえば同じ訳者のちくま文庫『自我論集』にある『抑圧』は非常に良かったのに『欲動とその運命』の訳はやはりどうにも意味の取れない代物だったことが思い出されます。

 上に引用したp263-4の箇所も調べ直しましたが、そこは大丈夫そうなことを確認して胸を撫で下ろしました。

幻想の未来,文化への不満 (光文社古典新訳文庫 Bフ 1-1)

フロイト (著), 中山 元 (翻訳)

出版社: 光文社 (2007/9/6)

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